第4章:消えたジータちゃん

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  • 5596字

 お兄ちゃん。ベアトリクスがまだ彼をそう呼ぶ事に、一度固まりかけた決意が再び溶けて流れ出してしまった。
 俺は復讐に盲目になりすぎていたのだ。復讐を果たし、月の脅威を退けたその事自体に後悔はしていない。けど、復讐をしたところで俺の家族は戻って来ないし、その為に費やしてきた時間や労力も、今後の人生でどのくらい役に立つのだろう。
 結局俺は、ただの戦闘マシーンなのだ。それも、フラメクの力を借りているだけの。
「また眉間に皴が寄っているぞ」
 イルザに含み笑いをされ、苛立ちを隠すように席を立つ。甲板に出れば、ドランクが少女二人を連れて町の方へ歩いていた。
 あの男に勝てる気がしない。生身での戦闘能力も、実家の太さも、教養も、精神力も、リップサービスも――ドランクに既に相手がいる事だけが救いだ。
 結局俺には何一つ残らなかった。俺がベアトリクスにしてやれる事は、共に家族を失ったという過去の傷の舐め合いだけだろう。共に「敵」を倒す事を目的としてきたその時は良かったが、今更――
「こんなとこで何してんだ? 何か見えるのか?」
「……ベアトリクス」
 茶髪を揺らして、覗き込んでいた顔を引っ込める。
「お前こそ何をしに来た」
「そんな言い方は無いだろー! ローアインがお菓子作ってくれたから呼びに来たんじゃないか」
「そうか。後で行く」
 一旦はそれで踵を返したベアトリクスだったが、すぐに足を止める。
「ユーステス、最近何か悩んでるよな」
 お前の所為だ、とは言えまい。そうだな、と茶を濁す。
「少し……今後の事をな」
「そうだよなー。ジータはこのまま騎空団の仲間になってくれても良いって言ってるけど、別に騎空士になりたい訳じゃないしなー」
 ベアトリクスも俺に倣って欄干に身を預ける。
「……お前はこの艇を降りるつもりなのか」
「まあ、結局は一緒に旅をさせてくれって思うかもしれないけど、一旦は降りて普通の仕事とかしてみようかな、と。……ほら、私は子供の頃に組織に保護されたし、その前も貴族の屋敷で暮らしてたから、世間の事何も知らないからさ」
 意外だ。何も考えていないお姫様かと思っていたが。
「普通の仕事がしたいのか」
「そうだなー。接客も楽しそうだし、誰かの弟子になって菓子職人になるのも良いかもな。お前も求人情報誌読むか? カタリナが町で貰ってきて――」
「貴族の暮らしに戻りたいとは思わないのか?」
 ベアトリクスが目を見開いて口を噤んだ。
「村ごと滅ぼされた俺とは違って……お前は別の屋敷に住んでいた親戚は生き残っているし、いざという時の後見人として指定されていた交流のある家だってあるだろう?」
「……これ聞いたら、ユーステス、絶対気を悪くする」
「言ってみろ」
 噛み締めた唇を緩ませて、漏れ出た言葉は確かに俺の心を抉った。
「あのまま貴族の娘として育ったとしても、私は今ほど幸せになれた気がしない」


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