第13章:滅亡と逃亡

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  • 2606字

 フェリックスは壊された扉をくぐり、第二抽出室へと入り込んだ。
 マーカスはアルバート・トランケルが死んだ後、急ごしらえのこの部屋に移された。この椅子はマーカス専用に設計されたらしく、地下の第一抽出室にはもっとシンプルな拘束台が設置されている事を、フェリックスは透視する。
(…マーカスがあれ程になるまで、この星ごと滅ぼす程の力を暴発させるまで、人間はどうやって彼を追い詰めたんだろう)
 知りたいと思う心と、知らずにいたいという心が揺れていた。結局、フェリックスは力を使ってコンピュータを起動させ、マーカスが受けた拷問を確かめる事にした。
「精神破壊…幾何学的パターンを視覚的に、或いは直接電気信号として脳に取り込ませ本能的な恐怖を増幅させる…」
 フェリックスは驚いた。人間は遂に科学的で無機質なものを使って人間を人間たる感情をコントロール出来るようになっていたのか。
(魔法を使って逃げようとするマーカスを封じるには、まず精神的に廃人にするしかなかったのか…)
 その後に行われた様々な外科手術や投薬は、それに比べればまだマシだった事を祈るのみだった。
 記録を読み進めると、記憶を書き換える操作も行われていたようだった。フェリックスは魔法でも出来ない事を科学が可能にした事に驚きつつもそれで納得し、コンピュータをシャットダウンする。
「生かさず殺さず…全く感服するよ。人間はマーカスを絶対殺しはしないけど、同じ人間扱いもしないからね」
 年を取らず不思議な力を使う人間を忌み嫌い虐げる…マイノリティに対するマジョリティの反応はどの時代もどの宇宙でも大して変わらない。
 フェリックスは顔を上げる。彼が此処へ来た目的はマーカスが書物からどんな仕打ちを受けたを知る為ではない。
「さて…地下を破壊して、二人を探すか」
 しかし、やはり部屋の中央の椅子が目に入る。思い出さずにはいられない。
 そして…もう我慢の限界だった。
(これを最後の仕事にしよう…ティムの言う事が正しかったんだ)

「マーカス! くそっ、しっかりしろマーカス!!」
 フェリックスが魔法で第二抽出室へ侵入した時、運良く研究者達は出払っていた。部屋には、傷だらけの膚を隠す事も出来ずに横たわっているマーカス。
「ヴィクトー!!」
 本名を呼んでも反応が無い。ただ気持ちの悪い笑みを浮かべ、虚ろな目で天井を見ている。
 フェリックスは一先ず拘束されている手足を自由にしてやり、近くの椅子にかけてあった白衣で彼の身体を包んでやった。これだけ衰弱していても立てるという事は、力の使い方は忘れてはいないらしい。
(マーカスの力とは別のも寄生しているな。アルバート・トランケルのものか…)
 普通は近くに別の適合者が現れれば、一時的に寄生している力はそちらに移る。マーカスが敢えて自分の体内に留めているのか、書物が此処へ適合者を寄越すつもりがないのかは判らなかったが、一先ず彼を正気に戻してやるのが先決だ。
「アリスが処刑されて…あんたが尻拭いに行ったって噂だったから心配だったけど、ここまで酷いとは」
 話しかけるもマーカスは相変わらず時折口からクスクスという笑いを漏らしているだけだ。どうしたものかと迷い、もしかしたら、と思ってフェリックスは魔法で声を変えてみた。
「お兄ちゃん」
 マーカスの視界の外に回り込み、彼の義妹であった少女の声を真似る。
「しっかりして! 戦火はもうすぐこの街にも広がるよ! お兄ちゃんは戦争を止められるでしょ!?」
「戦争…」
 愛した人の声にマーカスの口からやっと言葉が出た。フェリックスはホッとして見守る。
「ルークリシャ…」
 俯き気味だった顔を上げる。
 その時、彼の目に何が映っていたのかは、解らない。ただ、マーカスに精神的なダメージを与える為、或いは彼を人間兵器化する為に書き換えられた記憶だったのだろう。
「ルークリシャ、許せ……いや、許すな…許さない、許さない!」
「ヴィクトー?」
 自分の声に戻してフェリックスは彼の体に触れる。マーカスは手の指を奇妙に閉じたり開いたりしながらぶつぶつと呟いていた。
「ヴィクトー! どうした!?」
「許さない!!」
 まるで断末魔の様な叫びだった。その反響が部屋の中に霧散すると、静寂が下りる。
 数秒後、微かながらガシャン! という機械が潰れた音がした。フェリックスは只ならぬ不安を感じ、マーカスの腕を掴んで建物の屋上へと魔法で瞬間移動する。
「何だ…?」
 フェリックスはマーカスの拘束装置が外れた事に気付いた研究者達の追手を心配したのだが、それは杞憂だという事を知った。
 街中で人間が倒れていた。大人も子供も、男も女も、全て。リードに繋がれた小犬がピクリとも動かなくなった飼い主の周りを回りながら悲痛な声を出していた。また、この星ではもう自家用車の文化は廃れていたようで、唯一この近辺を走っていたと思われる輸送用トラックが一台、真正面から道の脇の看板に突っ込んでいた。先程の音はあれだろう。
「フェリックス…」
 何が起こったのか必死で考えていた所に、隣から弱々しい声がする。マーカスが気を取り戻しつつあった。
「俺が殺したのは、誰だ…?」
 自分の首を締めるように手を添えながら尋ねる。フェリックスは答えた。
「あんたが今、名乗ってる名前の奴だろ」
「マーカス…そうだ、そうだよな…」
「そんな事より」
 フェリックスはマーカスに下を見る様に言った。ショックだろうが言わない訳にはいかない。
「寄生してた力が消滅してる。街の人間は、全員死んだみたいだ」
「……俺がやったのか?」
「俺じゃない。だったらあんただ」
 アルバート・トランケルは賢者の力を使って自身の魂の一部を肉体から分離させていた。マーカスが溜め込んでいた力が暴走し、周囲の人間の肉体と魂を分離したのだろう。アルバートはマーカスの魂の分離には失敗したが、本来、書物の力、対抗する能力を持たない者の魂を操る事など、賢者ならば造作も無いのだ。
「嘘だ…嘘だろ!?」
 マーカスはフェリックスの静止を振り切って姿を消した。生き残りが居ないか探しに行ったか、この現実を受け入れられずに逃げたのだろう。結局、彼は自分の為に犠牲者を出すどころか、彼自身が大勢の人間を殺す結果になったのだから。
「…この分じゃ、『使徒』も巻き添えかな」
 残されたフェリックスは、宿るべき肉体を失った魂達を『精神界』に導く為に、歌う。

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