第8章:無意識の防衛

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  • 3264字

「名前なんての?」
「メリッサよ。名字は忘れちゃったわ」
「きっれーな髪だな」
「ありがとう。たまになら切って売っても良いわよ」
「ネスターは何てプロポーズしたんだ?」
「『俺の妻にならないか』って」
 襲撃から引き上げ、野営地に戻ってくると、仲間達はメリッサの美貌に[たぶら]かされ、彼女を囲んで質問攻めにしていた。
 今日の襲撃でかなりの数の捕虜が手に入れられたのと、もしかしたらメリッサはネスターだけではなく自分とも関係を持ってくれるかもしれないという期待もあり、仲間達はメリッサを売らずに手元に置いて置く事に賛成の様だった。
 一部を除いては。
「もう一度考え直せ」
 ネスターに反対しているのは、先程のジョンだ。
「あれの力は尋常じゃない。歳だって誤魔化してるかもしれない。このグループを乗っ取られるかもしれねえ」
「まあまあ、落ち着け」
 テッドが仲裁に入るが、その顔はどちらかというとジョンに賛同している風だ。
「俺はあの子に悪意があるとは思わねえが…ちと若すぎやしねえか?」
 それはネスターも懸念していた。メリッサとヴィクトーは十程しか離れていない。メリッサはともかく、まだジャクリーンを失った傷も癒えていないであろうヴィクトーが彼女を母と認めるだろうか。
 此処でネスターははて、と思い至る。そういえば、ヴィクトーは一度も母を焦がれてぐずった事が無いな、と。
 もしかして母親が必要だと思っていたのは自分のエゴか?
「…とにかく、捕虜をそのまま妻にしちゃいけないルールは無いだろ?」
 ネスターがそう言うと、二人共黙り込んだ。上下関係に厳しくないとはいえ、今はネスターが頭領であり、最終判断は彼に委ねられているのだ。
「メリッサ」
 ネスターが呼ぶと嬉しそうに輪の中心で立ち上がる。彼女も喜んでいる様だし、今更「やっぱりお前も売る」とは言えまい。
「俺の家族に会ってくれ」
 抱き合った時に返り血が着いたワンピースから、適当に盗んだ女物の服に着替えさせ、ネスターの馬車へ。仲間達はネスターの結婚祝いと称して酒を飲み始めていた。
「家族って事は再婚なの?」
「勘が良いな。そうだ。あと弟も居る」
 前妻の事について訊こうとしたメリッサを遮り、詳しい事情は後で説明すると約束する。
「これが俺達の馬車だ」
 扉を開けると、中でマーカスがヴィクトーのお守りをしていた。
「おとうさんおかえり!」
「お帰り。何か騒がしいけど…!?」
 二人は盗品の中にあったパズルを解いて遊んでいた。二人共入り口を振り返らずに挨拶したが、ネスターではない気配も感じたマーカスは顔を上げる。
「それ誰?」
 マーカスの言葉にヴィクトーもネスターの隣に佇む少女を見た。
「襲った奴等に捕らわれてた。結婚しようと思うんだが」
 マーカスは立ち上がる。二人に近付き、その顔をまじまじと見た。
「メリッサよ。よろしく」
 弟が意外と歳が離れている事、そして息子の方が思っていたよりも大きい事にどぎまぎしつつ挨拶したが、マーカスは無視して兄に尋ねた。
「本気かよ」
「本気だ」
 マーカスは頭をワシャワシャと掻き毟った。
 マーカスだって、ネスターが再婚するかもしれないという事は想定していた。だけど、こんな若くて、しかも盗品の女だなんてあんまりじゃないか? ヴィクトーだって、そして自分だって、ジャクリーンの事についてまだ気持ちの整理がついた訳じゃないのに。
「居た居た。マーカス」
 四人とも黙っていると、仲間達が馬車を訪ねてきた。
「馬車が手に入ったからさ、お前、好きなの選んでそっちに移れよ。いずれヴィクトーが大きくなったらお前が今使ってるとこに入れれば良いし、お前も兄貴がヤッてる声なんて聞きたくねえだろ?」
 いやらしい笑いを浮かべながら話す仲間に苛々しつつも、兄と女の顔を見るのが嫌でマーカスは馬車を降りた。ネスターはマーカスがメリッサを歓迎しなかった事を感じ取りつつも、扉を閉めて残されたヴィクトーに向き直る。
「ヴィクトー」
 しゃがんで呼ぶと、ヴィクトーはメリッサの方を気にしながら寄って来る。抱き上げて自分はベッドに腰掛け、メリッサには椅子を勧めた。
「ヴィクトー君ね。いくつ?」
 ネスターの服にしがみつき、反対の手で三本の指を立てる。正直メリッサも困惑していた。
「…歳が近過ぎるのは解ってる」
 ただでさえメリッサは十四歳で、子供を産めるギリギリの年齢…いや、まだ早過ぎる子供なのだ。
「ううん、それは良いの…」
「?」
「違うの…私、子供産んだ事あって…すぐに死んじゃったんだけど、ちょっと思い出して」
 空気が重くなるのを嫌がったメリッサは、無理矢理に笑顔を作ってヴィクトーに手を伸ばした。
「今日から私が貴方のお母さんよ」
「おかあさん?」
 ネスターがメリッサにヴィクトーを抱かせようとしたが、ヴィクトーが強い力でネスターの服を握っているので一旦やめた。ヴィクトーはしきりに首を振っている
「どうしたヴィクトー?」
「おかあさん…」
「………」
 ネスターはヴィクトーの頭をポンポンと叩く。これまで何も言わなかったが、彼がジャクリーンが居なくなった事にショックを受けていない訳がない。今更だが、彼にその死を説明し、弁明しようとした。
「ヴィクトー、前のお母さんの事なんだがな…」
「前のおかあさん?」
 ヴィクトーはネスターを見上げて首を傾げる。ネスターも心の中で首を傾げた。まるで、「おかあさん」というものの存在を理解していない様な尋ね方だったからだ。
「水色の目の…」
 ネスターがジャクリーンの特徴を言うと、突如ヴィクトーは金切り声を上げて泣き始めた。
「悪かった!」
 忘れていたのなら思い出させない方が良かった。そう後悔するネスターの耳に入ったのは、聞き覚えのある言葉だった。
「おれはおとうさんだけのこどもだよ!」

 明くる日の昼頃、メリッサをベッドに残し、ネスターは仲間と見張りを代わる。
「どうだった?」
 夜の営みならぬ朝の営みの事にしか興味の無い仲間の下衆い質問に、ネスターは苦笑する。
「光る髪が邪魔で集中出来なかった」
 実際、ヴィクトーの事が気掛かりで、ネスターは彼が寝付いた後もメリッサを一人で眠らせて自分はヴィクトーの側に居たのだ。
(無意識に魔法掛けてたのか…)
 馬車の上で見張っていると、メリッサが起き出してきて梯子を使ってネスターの隣へ。
「あの子の魔法、解かなくて良いの?」
「……」
「前の奥さんの事、聴かせてくれる?」
「前妻はヴィクトーを虐待していた」
 森の中に注意を払ったまま、答える。
「勢い余って殺しちまったんだが…あいつの目の前で。忘れてるのなら、その方が良いのかもしれない」
「忘れてるんじゃないわ。記憶が封じられているのよ」
 メリッサの的確な訂正に、ネスターは無言で返す。
「…というか、寝てろよ」
「そんな急に昼夜逆転生活出来る訳ないでしょ」
 メリッサは頬を膨らませた後、不安そうな顔をした。
 メリッサは、この世の中には三種類の人間が居る事を知っていた。
 一つは、普通の女。自分の美貌に嫉妬して嫌がらせをしてくる人種。
 二つ目は、普通の男。見てくれに騙され、自分の機嫌を取ってくれる人種。一応、ネスターもこのカテゴリーに入れている。
 最後に、賢い者達。自分の魔力の強さを恐れ、忌み嫌い、関わり合いを避けようとする人種。
 メリッサの両親や、ネスターとの結婚に反対したジョン、そして。
「…あのヴィクトーって子、私と同じ臭いがするわ。訓練すれば彼もきっと優秀な魔法使いになる」
「そう思う?」
 息子が褒められたと思ってメリッサの顔を見たネスターは、眉間に皺を寄せている彼女に怪訝な顔をした。
「だから解るのよ。あの子は私の事を怖がってる。力と力のぶつかり合いは良い結果を出す事もあれば壊滅的な事態を引き起こしかねないわ。本能的に私と触れ合うのを避けているのよ」
 そして目を伏せる。
「私、自信無い」
「メリッサ…」
 ネスターは彼女の肩を抱いた。
「別に無理しなくて良い。連れ子なんだし、上手くいかなくてもお前を追い出したりはしないから」

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