第1章:白の亡霊

  • PG12
  • 5582字


 十七歳の誕生日だった。
 僕は一人、薄暗い世界を歩いていた。寂れた住宅街の奥には、小汚い用水路が流れている。それに沿って続く道を、何の当ても無く進んでいた。
 お腹が空いた。その時の僕にはそれしか考えられなかった。両親はあまり僕の誕生日を祝ってくれる方ではなかったけど、それでも一年前の誕生日には、普段通りの豪勢な食事が並ぶ食卓に座っていたのに。
 あの家に戻るくらいなら、飢え死にした方がましだ。
 しかしそう思っていたのもこれまでだ。流石に死にそうな程空腹に苛められれば気も変わる。どうしてあの世界を棄ててしまったのだろう。
 いや、そんな事はどうだって良い。今はとにかく何か食べないと。
 世間知らずな僕は未成年という事もあり、家出をした後ろくな仕事にありつけていなかった。それに、名乗ればあの館の人間に見つかってしまうかもしれない。本名を隠匿すれば周囲からは白い目で見られ、まともな店では門前払いを食らった。孤児として保護されそうになったら、その町を後にするしかなかった。
 所々剥げた道の舗装から、雑草が生えている。食べられない事は無いだろうが、なんだか嫌な予感がする。まともに消化できる物なら何でも良い、何か無いか?
 そうだ、魚とか。用水路は下水ではないようだし、何か棲みついた生き物が居ないか?
 そう思って身を乗り出した僕は、もう自分に傾いた上半身を支えるだけの力も残っていない事を知らなかった。

「目覚めた? 危ない所だったねえ」
 気が付けば温かい布団に[くる]まれていた。柔らかいベッドの上に寝るなんて何ヶ月ぶりだろう。
 僕に声をかけた人物は、中肉中背のエルーンの男だった。まだ若く見えるが、その髪は真っ白だ。カチャカチャと食器の音をさせている。
「水路で流されてたんだよ、君。何か飲む? それとも食べる?」
「……食べる」
 振る舞われたパンと紅茶を無心で腹に収めた。彼は僕の飢えが満たされるまで棚から幾つも食べ物を持って来てくれた。
 言うなれば、命の恩人だった。
 そんな彼を、僕は――

「……おい、落ちたぞ」
 スツルムはドランクの手から滑り落ちた手紙を拾い上げた。目の前でぴらぴらさせると、我に返ったドランクがものすごい形相でそれを奪い取る。
「あ、ごめん……」
 スツルムが不機嫌そうな顔になったので、慌てて謝る。そしてこう告げた。
「あのさ、僕ちょっと用事が出来ちゃって」
「そうか」
 別に単独行動は珍しくない。スツルムはいつもの様に、待ち合わせの場所を指定する。
バルツ[ここ]で待っていて良いか?」
「待ってなくて良いよ」
 言われた言葉の意味が解らなかった。振り向くと、ドランクは旅の支度をしている。
「暫くかかるのか?」
「多分」
「わかった」
 ドランクは用意が出来ると、足早に港へと向かう。
「……今回ばかりは、悪戯であってほしいなあ……」
 そう呟いて。


このサイトではクッキーを使用しています。
詳細