第1章:盗賊の少年

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  • 2537字

 彼は代々続く盗賊の両親の元に生まれた。
「名前はマーカス・レナードにしよう」
 頭領である伯父に立派な名前を貰った。
「おいでマーカス。俺の玩具あげよう」
 両親だけでなく、十も年が離れた兄にも可愛がられて彼は育った。マーカスは、彼が居たグループの中で最年少だった。
 ずっとこんな風な生活が続くのだと思っていた。

 最初の悲劇は俺が物心付くか付かないかの頃に起こった。
「よく聴けマーカス」
 家族向けの大きな馬車の中で、兄のネスターがマーカスを椅子に座らせて言った。兄自身は、深刻な面持ちで両親のベッドに腰掛けていた。
「さっき連絡があったんだけど、親父もお袋も近くの国の衛兵に見つかって殺されたらしい」
 マーカスはその言葉の意味をちゃんと理解出来なかった。それが判ったのか、ネスターは平易な言葉でもう一度、その意味だけを伝える。
「もう二人共帰って来る事は無いんだ。これからは、カール伯父さんや、他の大人の言う事をよく聞いて暮らすんだよ」
 以来、マーカスは言われた通り、周りの大人達に従って生きてきた。マーカスがどんどん盗賊らしくなる一方、ネスターの方は時折盗みを手伝う以外は、盗品の整理や食糧の調達としての狩猟に従事していた。それ以外の時間は殆ど馬車の中に引き籠もり、グループの中で一番白い肌をしていた。
 それから何年もしない内に、兄はグループ内で浮いた存在になってしまったのだと気付いた。尤も、マーカスに兄が小さい時の記憶は無いので、元々こういう子供だったのかもしれないが。
「ネスター!!」
 当時、よくマーカスと兄の馬車に遊びに来る少女が居た。
「今日は何の用?」
 部屋で静かに本を読んでいた所を邪魔され、兄が溜息を吐く。
「私に向かってその口の利き方かい? 父さんが目を掛けてくれなきゃ孤児[みなしご]のくせに!」
 言って彼女は抵抗しないネスターを椅子から引きずり下ろす。
「ジャクリーン、本を返せ」
「やーだよっ。ほら、ジョアンナ!」
 彼女はカール伯父の娘、つまりはマーカス達の従姉で、ネスターよりも二つか三つ上だった。男兄弟は何人か居たが、彼女はいつも唯一の妹であるジョアンナとつるんでいた。
 投げられた本を受け取ったジョアンナは、「これ、燃やしとくから」と言って踵を返す。ジャクリーンもケラケラ笑いながら馬車を去った。
「兄貴?」 
 マーカスは昼寝をしていた所を物音で起こされ、馬車の奥から姿を表す。ネスターは彼に微笑みかけると、倒れた椅子を元に戻した。
「なんでやり返さないんだよぅ」
 マーカスは周りの大人達がネスターに言う事を真似して言ってみた。ネスターは違う本を取り出しながら答える。
「もう一回読んだ本だから、良い。それに、ジャクリーンは女だから、俺がやり返したら怪我するだろ」
「とか言ってーカール伯父さんが怖いんじゃないのかー?」
 まだまだモノマネを続けるマーカスに腹を立てた様子も無く、ただ兄は、「そうじゃない」と言いたげな顔をしていた。

 それからまた幾年も立たない内に、年頃になったジャクリーンに縁談が持ち上がった。
 一族で盗賊業を営んでいる関係上、どうしても一族以外の異性と巡り合う機会は少ないのだが、同じグループ内で結婚すると血が濃くなってしまう。出来るだけ血を薄めようと、近々別のグループと合流し、その時に彼女に相手を選ばせる事となった。
「テッドのグループが近くに居るらしい。あそこはラザフォード一族以外の人間も多い三流の一派だが、若いのが多いから一人くらい気に入るのが居るだろう」
 食事の席でそう言う父親の言葉に、ジャクリーンはフンと鼻を鳴らしただけだった。
 次の日の夜、予定通りカール伯父の一派はテッドの一派と合流した。
「やあやあ。お元気そうで」
 テッドは、背の低い人間が多い一族の中でもこれまた一段と背の低く、若禿の男だった。その上「三流」と一蹴されていれば、プライドの高いジャクリーンが気に入る筈がない。他の若僧も同様だ。
 尤も、結婚を嫌がっているのはジャクリーンだけではなかった。
「いやーマーカスも大きくなったなあ。この前会った時はミジンコサイズだったのに」
「ミジンコは言い過ぎだろ」
 マーカスとネスターは、テッドと幾人かの仲間に連れられて狩猟に出ていた。今晩の食材を射止める為、そしてマーカスに銃の扱いを教える為だ。尤も半分くらいは単にカールに見咎められずにお喋りをしたいだけでついて来ているが。
「しっかし、求婚されたって困っちまうよなあ」
 テッドの仲間の一人が、カール伯父達が居る場所から十分離れた事を確認して言った。ジャクリーンの我儘っぷり、凶暴っぷりは、他のグループにも広まっているくらいだ。
「ああ、醜男[ぶおとこ]に生まれて正解だったぜ」
 テッドがライフルを構えながら同意する。位置を固定すると、マーカスにスコープを覗かせた。
「婿に取られるのか嫁に押し付けられるのか分からねえが、ジャクリーンの方から辞退してくれねえかなあ。あ、お前等、この話はカールのお頭やジャクリーン達には内緒だぞ」
 念を押してからテッドはマーカスにライフルを委ね、しっかりと構えさせる。
「まだ居るか?」
 テッドが訊いたのはスコープの中で草を食んでいる鹿の事だ。マーカスが答えると、撃てと言った。マーカスは反動に逆らってその場にしっかりと足を踏ん張る。スコープの中の鹿が血を吹いて倒れた。
「やったか?」
「おう」
「テッドは投げるのは下手だがどうしてライフルを教えるのは上手いかな」
「テメエは一言余計だ」
 皆でやいやい言いながら仕留めた獲物の元へ。鹿の足を縛り上げて運べる様にすると、帰り際、テッドが尋ねた。
「次はネスターか? お前ももういい歳だろ?」
 この時ネスターは、中性的な顔立ちの美少年に育っていた。盗賊の服を脱ぎ捨て、時々仲間に殴られたり突き飛ばされて付いた傷が無ければ、何処かの御曹司と言っても通りそうな気品のある顔立ちだった。
「十八だよ。でも、別に結婚したいわけじゃない」
「まあ、男は少々年食っても大丈夫だからな」
「テッドのお頭だってうかうかしてたら三十路越えちまうぜ?」
 ハハハ、と笑いながら来た道を戻る。ネスターは黙って、またもや「そうじゃない」と言いたげな顔をしていた。

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