第10章:私が貴方を許す

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「ルークリシャ!」
 ヴィクトーは慌てて会場に戻ったが、そこに彼女の姿は無かった。
 彼女だけではない。他の参加者の姿も無く、ただ使用人達が粛々と後片付けをしていた。もう部屋に戻ったのだろうかと踵を返したヴィクトーに、親切な使用人が教えてくれる。
「妹様なら、国王がお連れになられました」
 案内された部屋では兄の心配をよそにルークリシャが黄色い声を上げていた。
「可愛いー♥」
 城の一室、どうやらもう着なくなった服ばかりを集めて保管している物置に二人は居た。ノックをして入って来たヴィクトーを振り返り、ルークリシャは満面の笑みだ。
「お兄ちゃん! 見て、本物のお姫様みたい?」
 どうやらドロシーの着ていたドレスを着せてもらっていたらしい。駆け寄る妹の姿に一先ず安心し、彼女を抱き締める。
「どうしたの? 喧嘩でもした?」
 明らかに顔色の悪いヴィクトーにドロシーが声を掛ける。ヴィクトーは首を横に振り、何も無かった顔をしてルークリシャを離す。
「ドロシーのお古か? 色白じゃねーと似合わねーな」
 ルークリシャは憤慨したがヴィクトーは構わず続ける。
「他の奴等は?」
「疲れたからって先にお休みよ」
「無事なんだな?」
「…どういう事?」
 怪訝な顔をするドロシーに、ヴィクトーは慌てて誤魔化す。
「なんでもねえ。じゃ、俺も寝るかな」
 安心したら急に眠くなってきた。あの黒い箱の事が気掛かりだが、フェリックスがどうにか対処しておいてくれるだろう。指示に従わなければ害を成すとは言っていたが、まだ何かしらの指令を下された訳でもない。
「…良いわよ。後でティムに訊くから」
 ドロシーは溜息を吐く。ヴィクトーはルークリシャに着替えて出て来る様に言うと、先に部屋を出た。
「私はもう着ないし、好きなの持ってく?」
 鏡の前で名残惜しそうにしているルークリシャにドロシーは言った。
「良いんですか!?」
 ルークリシャは顔を輝かせたが、直ぐに我に返って断った。
「っでも、これコリンズの人達のお金で作った物だし、お兄ちゃんには『何処に来て行くんだ?』って言われそうだから…」
 元のブラウスに着替えて部屋を出る。ヴィクトーは扉の横で待っていた。
「何しょげてんだよ。そんなにドレス欲しいのか?」
「だってー綺麗だったんだもーん」
 ヴィクトーは口を尖らせるルークリシャの背中を叩く。
「結婚式で着る時まで楽しみにしとけ」
 その言葉の真意を勘ぐってルークリシャは頬を赤らめる。
 部屋に戻る前に、ヴィクトーは隣の部屋、フェリックスとブルーナが泊まる部屋のドアの前で立ち止まった。安否を確かめる為にノックするかどうか悩み、ややあって声を掛ける。
「ブルーナ?」
 返事は無かったが、きっともう眠っているのだろう。第一、声も上げられぬ程の状態までやられているなら部屋に入ったって手遅れだし、優れた魔法使いであるブルーナがそう簡単に誰にも気付かれずに死ぬ様な事は無いだろう。必ず助けを呼ぶ魔法か何かを使う筈だ。
「お兄ちゃん?」
 ルークリシャが不安げな顔で見上げる。
「…や、何でもない」
 自分達の部屋に入って少し休憩し、隣の部屋にフェリックスが帰ってきた音を確認してから順番に入浴する。
(いよいよか…)
 ヴィクトーの後に風呂に入っていたルークリシャは、とうとう兄の口から真実の全てを聴けるのだと複雑な気持ちで湯船に鼻まで浸かっていた。入浴剤を入れた湯にブクブクと泡を立てながら考える。
 一先ず解っている事は、ヴィクトーは泣く子も黙る大盗賊、ラザフォード一族の生まれだという事。ただそれだけだ。
(まさか、真実を知ったら口封じに殺されちゃうとか、ないよね…?)
 そんな厨二病的心配をしながら風呂から上がると、ヴィクトーは寝室で刀の手入れをしていた。
「使ってないのに毎日磨いてるの?」
「ん? ああ、エリオットに貰ったやつだし」
 手短に答えると再び手入れに集中する。ルークリシャも髪の毛を乾かしたりして時間を潰していると、手入れを終えた兄が彼女を呼んだ。
「何から話せば良いのか」
 ヴィクトーはベッドの上に胡座をかいて頭を掻く。とにかく言わなければいけない事が多すぎる。
「ラザフォード王国の建国の話からか?」
 ルークリシャはその隣のベッドに、湯冷めしない様に布団を被って横になった。
「えー、歴史の話は良いよう」
 ラザフォード王国。かつてラザフォード一族が統治していた時代の事は、無関係では無いだろうが聴き始めたら夜が明けてしまいそうだ。
「お兄ちゃんがどうしてパパの養子になって、どうしてお腹に傷があって、どうしてコリンズ女王を誘拐しかけたのか解ればいいよ最低限」
「そうか」
 ヴィクトーは明かりを消すと自分も布団を被った。では、自分のこれまでの人生について語る流れか。
「昔々、盗賊の男の子が居ました」
「なんで物語風なの?」
「良いから黙って聴け。男の子には盗賊のお頭の父親と、若くて綺麗な継母と、四つ下の腹違いの弟が居ました」
「弟居るの!?」
 黙って聴けと言ったのに、ルークリシャは聞く耳を持たない。
「今どうしてるの?」
(お前もよく知ってる奴だけどな)
 これではなかなか話が進まなさそうだと呆れつつもヴィクトーは答える。物語口調も面倒になってきたので、いつもの口調に戻す。
「外国に居るが元気だ。そんでだな、弟はアルビノだったんだ」
 ルークリシャは続きを促すような視線を送ってくるだけで、特に驚きもしなかった。
(当たり前か。その為のティムの改革だったんだし)
 ヴィクトーは理由を補足しながら話す事にした。
「アルビノは、お前も迷信で聞いた事があるかもしれないけど、昔は食材として扱われていた。弟は仲間に殺されるんじゃないかと、親父はいつも心配していた」
(本当にそうか?)
 ふと、初めて疑問に思う。父親は何故あんなに心配していた? いくらアルビノでも、一派の頭領の息子なんて、誰も手出ししないのでは。
 それでも、ヴィクトーはまるでエドの死を確信しているかの様に怯え、下の息子を目の届く所に常に置きたがった父親の姿を思い出す。
「それで、ある時弟を遠くへ逃がす機会が来た。俺は詳しい事は知らないが、親父の企みの結果として、弟は無事に逃げた」
「良かったね」
 殺す殺さないのおぞましい話に入り、緊張していたらしいルークリシャのほっとした一言。
「だが俺と叔父を除いて一派の全員が死んだ。ウィリアムズの兵に殺されてな」
 ルークリシャが息を飲んだ。真っ暗な天井を見つめて話をしていたヴィクトーは、彼女に笑いかける。カーテンの隙間から射し込む月明かりで、互いの顔くらいは見える。
「知ってるだろ? ラザフォード殲滅作戦だ。俺はその時予めこの国に逃されてたのを、そうと気付かず誘拐を働いた。ドロシーを連れて国外に逃げようって時に作戦の知らせを聞いて、のこのこ戦場に戻っちまった」
 ルークリシャの瞳が濡れている。ヴィクトーは再び上を向いた。
「もうやめるか? ここからはもっときついぞ」
 姿も名前も知らないヴィクトーの仲間の死に一々涙しているような柔い心では、この先涙腺が涸れるか部屋が水浸しになるかのどちらかだ。
 だがルークリシャは目元を拭うと「聴く」とだけ答えた。
「…俺も殺されかけたけどエリオットが庇ってくれたお陰で命拾いした。それから色々あって結局養子縁組をして。エリオットが居なけりゃ今の俺は生きてもいなかったかもしれない。本当に感謝してる」
 言いながら右手を天井に向かって伸ばす。この手でエリオットを刺した事がある、というのは、今日の所は省略しよう。最低限、彼女が知りたい事には入っていないし。
「でも親父の所為で仲間が死んだ。俺と弟は裏切り者の息子として他のラザフォードに命を狙われる身になった。そうだと知ったのはもっと後だけどな。で?」
 ヴィクトーはルークリシャに確認する。
「養子の話と誘拐の話はしたな。あと何だったっけ?」
「お腹の傷の話」
 泣き止んだルークリシャが答える。
「あーそれそれ」
 ティムの計画の話をするのは難しい。その目的もだが、その結果ヴィクトーがした事もだ。
 だが、黙って隠し続けるつもりもなかった。
 暫く黙って頭の中を整理すると、ヴィクトーは話を再開した。
「…高校生の時にな、大掛かりな悪戯をしたんだ。ティムが発案して、俺やブルーナやドロシー達はそれに巻き込まれる感じだったが、俺等は子供なりに本気だった」
「うん?」
 ルークリシャには話の筋が掴めない。
「本気で現状をどうにかしようと思ってた。ティムの思い通りって訳にはならなかったが、ウィリアムズは前よかはまともな国になった」
「それが女王様が言ってた計画?」
「ああ。それで…」
「お腹の傷…」
「解ってるよ。それで…」
「そうじゃなくて」
 突然ルークリシャが制止する。何事かと振り向くと、彼女は唐突に何かに気付いた顔をしていた。
「パパのお腹の傷。もしかしてあれ、お兄ちゃんが刺したの?」
「なんで判るかな」
 先程その話は飛ばした所なのに。
「パパは軍人さんだったから体に傷はいっぱいあったけど、あの傷だけ何処で付けたか絶対教えてくれなかった。お兄ちゃんはなんで…」
 そのままブツブツと独り言の様に推理している。流石、ローズバッドの娘なだけあって、普段は馬鹿やってるがこういう時の頭の回転は速い。ヴィクトーが何も言わずとも真実に辿り着きそうだ。
「…パパが殺したの?」
 誰を、とは言わなかったが、彼女が考えている事は事実に違いない。
「…その話はエリオットとの間でとうに終わってる。続きを聴け」
 ルークリシャはヴィクトーが否定しなかった事にまた泣き始めたが、ヴィクトーの中ではもうその敵討ちは終わっている。構わず続けた。
「計画の最中、ラザフォードに命を狙われてる事を知った。昼に話してたラザフォードの歌の話、覚えてるか? 俺は叔父に操られて弟を殺す為に計画そっちのけで動き始めた」
 一旦切り、ルークリシャがちゃんと聴いている事を確認して、また口を開く。
「全部話すと長いからまた結論だけな。俺は叔父を殺す様に親友に魔法をかけた。だけど、ウィリアムズに定住する時に歌を歌ったらその命令で成された事が自分に跳ね返ってくる魔法をかけられてた。この傷はその魔法の発動で付いた傷だ」
「…叔父さんは死んだの?」
 ヴィクトーは暫し閉口する。彼女との関係は、今日限りで終わってしまうかもしれない。これから残りの人生は、自分を人殺しと罵りながら生きていかねばならないかもしれない。
 それでも、ルークリシャとの関係をもう一歩踏み出す為には、隠してはおけない事柄だった。
 人殺しだと知っても、君は自分を愛してくれるか、と。
「…俺が止めを刺した」
 ヴィクトーは言った後、怖くてルークリシャの顔を見る事が出来なかった。真っ暗な天井を睨んで彼女の出方を待つ。
 しかし一向に彼女は話し出そうとも動き出そうともしない。痺れを切らしてヴィクトーは起き上がった。
「何か言えよ!」
 苛立ちを抑えられず枕元の棚を叩く。しかし自分は何に苛立って、何に焦っているのだろう。彼女に何と言ってもらいたいのだろう。
「俺はパパの左腕を不自由にした、盗賊のラザフォードだぞ!? その上親しい人間に殺人を命じたり自分で肉親を殺した殺人鬼だ!」
 ヴィクトーは叔父の事を愛していた。父親よりも自分の事を可愛がってくれていた叔父だ。そんな人をヴィクトーは殺す事が出来た。彼の死と自分が殺人を犯した事を忘れた日は無かった。
「でもお兄ちゃんはパパを許したんでしょう?」
 ルークリシャはただ静かにそう言って彼の言葉を遮った。身を起こし、ヴィクトーに向かい合う様にして座る。
「お兄ちゃんは誰かにまだ責められてるの?」
 ルークリシャの考え方を、ヴィクトーは直ぐには理解出来なかった。
「許す許さないの問題じゃねえよ。殺人は絶対悪だ」
 それに、ヴィクトーは自分を許せなかった。
「じゃあ、私は最初から罪人の子供だね。パパは戦争の時にもっと沢山の人を殺したって言ってたよ」
 それは事実だったのでヴィクトーは返す言葉が見つからない。ルークリシャは続けた。
「許されたり償ったならもう罪じゃないよ。だから、誰もお兄ちゃんの事を許してくれなくても、私は許す」
「…俺の事が怖くないのか?」
「どうして?」
 ルークリシャはキョトンとした顔で尋ね返した。
「お兄ちゃんは私やパパ達を見境なく殺す訳じゃないでしょ?」
 エリオットが戦ったのは国民を守る為、ヴィクトーが叔父を手に掛けたのは弟の命と天秤にかけた結果だ。
 彼女の言葉をどう捉えどう対処して良いのか判らず、泣きそうな顔になっているヴィクトーの頬を、ルークリシャは手を伸ばしてそっと包む。
「そういう人なら私は許せるよ」
 ヴィクトーはその手を取った。最後に一つだけ、尋ねる。
「さっきも言ったが俺は命を狙われてるし、ラザフォードだとバレれば世間からは少なからず冷たい風を受ける。実際受けてきた」
 ヴィクトーは迷いを捨て、ルークリシャの目を真っ直ぐに見て言った。
「必要があればこれから先もこの手を汚すかもしれない。それでも俺を選ぶか?」
 ルークリシャはしっかりと頷いた。ヴィクトーは彼女を抱き寄せると、そっとその唇に自分の唇を重ねた。

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