第5章:穏やかな海が見える場所
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かくしてフェリックスは真っ先に兄妹の所に辿り着いたのだが、事態はヴィクトーの方が深刻だった。達磨浮きが出来るルークリシャにアレックスが来るまで待つ様伝え、フェリックスはヴィクトーを引っ張って岸に戻る。
「…ったく…」
黒く染めている濡れた髪を払いながら、引き揚げたヴィクトーを見下ろして溜息を吐く。
「泳げないくせに助けに行くなこの馬鹿!」
と言ってヴィクトーの腹を殴る。御安心を。少々扱いが荒いが水を吐かせただけである。
「ほっときゃ起きるよ。そんな何分も沈んでた訳じゃないだろ?」
フェリックスはヴィクトーの肺の水を抜き終わると、自発呼吸を確認した上で気道を確保して寝かせ、心配気かつ興味津々に見詰める子供達にそう言った。
ルークリシャの治療はより易しかった。少しマッサージをしただけで彼女は快復し、間も無くヴィクトーも目を開けた。
「は…」
ヴィクトーと目が合ったルークリシャは、声にならない声を出す。
「おう、無事だったか」
「…うわあああああん!」
「おお!?」
突然大声で泣き出したルークリシャにヴィクトーが腰を抜かす。フェリックスはヴィクトーが上体を起こすのを手伝い、それから凄みを効かせて言った。
「さっき気絶してただろうからもっかい言う。泳げないくせに助けに行くな」
キラキラ光る紅い瞳に怯える様に、ヴィクトーがこくこくと頷く。フェリックスは少し口調を丸くして続けた。
「…ルークリシャちゃんを心配させるな、馬鹿」
ヴィクトーはルークリシャを見る。彼女の腕を手繰り寄せて、その頭を撫でた。
「ところで、俺普通にズボンも下着もずぶ濡れなんだけど」
「あれ? 水着じゃないんだ?」
アレックスが尋ねたが、兄が単身で祖父の家に寄るとは確かに考えにくかった。
「じゃあ私が魔法で乾かす」
「ずるいぞルイーズ」
「しょうがないわね、じゃあパンツはジュリアスに譲ったげる」
「そういう中途半端なのはやめてくれない?」
「じゃあ、右が俺で左がルイーズ」
「頼むからそう魔法が衝突しそうな事しないでよ…」
びしょ濡れのまま、自分の股間が燃え上がらないか心配するフェリックスを見たナオミが一言。
「みずもしたたるるいいおとこ」
「ナオミ、その言葉何処で覚えたの…」
「ハハッ。てめーらの子供は揃って難しい事を知ってるな。血か」
「私もお兄ちゃんみたいに賢くなれる?」
その質問にヴィクトーはギョッとした。
(…血が繋がってない。俺には似ない)
だが彼女はその事をまだ知らない、筈。
「…ママみたいに賢くなれるよ」
そう誤魔化した答えに、彼女は苦笑した。少なくともヴィクトーにはそう見えた。
「俺はもう大丈夫だから、泳いで来いよ」
ルークリシャは首を振ると、ヴィクトーの胸に頭を預ける。
ヴィクトーは視線を上げた。煌めく陽射しの下、海はすっかり凪いでいた。