第4章:空から降ってきた王子様

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  • 4865字

 その日、妹は体調が良いからと、一人で崖の方まで遊びに行っていた。昼近く、暑くなってきたしもうすぐ昼食だからと、私が迎えに行った。
『あ、お姉ちゃん!』
 見事に咲いた花々の中に座った妹は、足音に気付いて振り返る。私も声をかけようとして、その隣に見知らぬ誰かが立っている事に気が付いた。
『お前は……?』

『風に流されるとは、また不運な事で』
『いえ。こんな綺麗な島に不時着出来たのは幸運ですよ』
 事情を聴き、とりあえず屋敷に連れ帰った。彼は侯爵家の長男で、士官学校に通っている。長期休暇に入り、近くの島々を回りながら家に戻ろうと騎空艇で飛んでいた所、強風で進路を選べなくなりこの島にやって来たと言うのだ。
『田舎ですからねえ。ご覧の通り家も没落寸前で。大したおもてなしは出来ませんが、必要なものがあれば気兼ねなくお申し付けください』
『ありがとうございます』
 没落しかかっているのは、父上が領民やお金に甘いからだろう? とは、客人の前では口に出さないでおく。
『ところで、崖の下に古びた騎空艇のような物がありましたが……』
『崖の下? ああ、セレストですな』
『セレスト?』
『この島と契約している星晶獣です。大人しいやつでしてね。滅多に起き出してこないんで、伝承なんかも村人達はもう忘れてしまっているんじゃないでしょうか』
 はっはっは、と父は暢気に笑う。エルーンの少年と妹も笑ったが、妹は途中で咳き込んでしまった。
『フィラ!』
 発作の時の薬を吸わせる。幸いすぐに落ち着いた。
『ネモフィラ様、ご病気で……?』
『ええ。――病です』
 それは当時、不治の病だった。発症からの平均余命は十年ほど。五歳で発症した妹の成人は絶望視されていて、本人もそれを受け入れていた。
『――病!』
 少年は何故か顔を輝かせる。怪訝な顔をした私達に説明した。
『実は最近、うちが出資している製薬会社が新薬を開発したんです』
『なんと!』
 父母は顔を輝かせたが、今度は少年の方が表情を曇らせた。
『ただ、治験が終わっていないので、お売りする事はまだ出来なくて』
 肩を落とした両親に、少年はとある提案をした。
『……ネモフィラ様を私に預けていただければ、責任を持って私の家で治療致しますが、如何でしょう?』
『ネモフィラを、別の島に?』
『ええ。先程も言った通り、現在は治験という目的でしか新薬を使う事は出来ません。そして治験は、国が定めた方法で患者を観察・管理する必要がありますので、此方に医師や薬を都度お運びして投薬するのは、現実的ではありません』
『……そのお薬を使えば、治るんですか?』
 妹の問いに、少年は正直に答えた。
『今の所、従来の薬よりも有意に薬効があるという事は解っています。ただ、どんな副作用があるか、本当にそれで完治するのか等は不明です』
 妹はそれを聞いて、にっこりと笑った。両親に振り向く。
『私、そのお薬試してみたい。駄目かしら?』
『フィラ……』
 お前、本当にそのリスクを理解したのか? 薬だって本当に効くのかも解らないし、騎空艇だって風に流されるような代物だ。無事に彼の家まで辿り着けるかどうかさえ、確信が持てないのに、どうして。
『失礼致します』
 そこに少年の従者がやって来る。
『先程不時着した際に、騎空艇に損傷が』
『参ったな。この島の職人をご紹介いただいても?』
 後半は私の父に問う。
『ええもちろん。修理が終わるまで、――様も使用人の方々も、この屋敷でお過ごしください』
『痛み入ります。……ネモフィラ様』
 少年は再度フィラの目を真っ直ぐに見て、言った。
『この島を出たら、貴女は長生き出来るかもしれませんが、もう此処には帰って来れないかもしれません。もちろん、最後は貴女が決める事です。騎空艇が直るまで、じっくりお考え下さい』
 その言葉で私は思ったのだ。こいつは、フィラを帰す気が無いんだ。
『ネモフィラ様は聡明でいらっしゃいますから、いかなる判断もお間違いにならないでしょう』
 私は拳を握り締めた。あの崖で何を話したのかは知らないが、妹はまだ幼いんだ。その気にさせて、丸め込んで、そのまま嫁にでも取るつもりなんだろう。
『……お姉ちゃん?』
 無言で部屋を辞した私の背を、妹の声だけが追いかけてきた。


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