空と月と鳥と

  • G
  • 1124字

 朝、月を見た。
 西の蒼い雲一つ無い空に、ぽかんと浮いた月を見た。ついこの前満月だったので、右側が少し無かったが、丸い月だった。
 私は思った。誰がこんな月にしたのか、と。
 太陽の光に消えかけた月は、顔色を悪くし、電車が動いているのでしょっちゅう鉄塔やビルの陰に隠れた。
 昔の月はこうではなかった筈だ。
 昨年の夏に天文部の合宿で山へ行った。その時の月はもっと欠けていたが、太陽に負けず劣らず輝いていた。
 月が悪いのではない。空気が悪いのだ。
 土曜日頃から気にかかることがある。外に出ると息ができない。大通りから離れた、住宅街の間の路地さえも、排気ガスで汚染されてしまったようだ。
 私の乗った電車は河を渡ろうとした。鳥が番で羽ばたいていた。
 私には彼等が空中に止まっているように見えた。
 彼等がどんなに翼をパタパタさせても、この、人類の作り出した五月蝿い箱には勝てない。
 理不尽だ。理由も無くそう感じた。
 我々は何かを忘れたか、亡くしたかしてしまっているのに、それにすら気付いていない人間が山程居る。横に立っているセーラー服のお姉さんも、解った様な口調で政治について議論しているまだ若そうなおじさんも、女子高生並みにデカイ声で喋るオバサンも、誰も本当のことなんか解っちゃいない。
 私もそうだ。
 河を渡ると線路は地に降り、月はますます見えなくなった。

 世の中便利になったものだ。昨日オーストラリアからパソコンにメールが届いた。
 僅か数分、数秒で、世界中の何処にでも繋がる。
 遠い所の景色を見るのに自らの足を動かす必要は無い。
 その便利さを否定するつもりは無い。私も、文明の利器にあやかって楽をしている人間の一人。
 しかし我々がそのために払った代価は大き過ぎた。

 空を見ると思う。勉強だ、金だ、新技術だというものに、意味など無いと。体裁や見栄、プライド等も、この宇宙の色の前では無に等しいほど価値が無い物だ。
 我々はただ生きて、この宇宙の行く先を見つめていれば良い。この空の行方を。
 だけど私達人間だけは、この地球の進化の中で、何時だったか、その目的を忘れた。自然に生まれて、子孫を残すためだけに生き、生きるためだけに他者を殺し、また殺されるか、あるいはこれもまた自然な理由によって死に逝く。これほど自由で、平和で、平等で、秩序の保たれた世界は無い。
 我々が目指している理想郷は、あくまで人間のための理想郷であって、地球のための理想郷ではない。
 もうすぐ地球は死ぬだろう。その様子を、月は上から眺めることしかできない。それどころか、人間達が自分に移住してくるかもしれないと冷や冷やしていることだろう。
 あなたが喋れたらいいのにね。
 そして私は電車を降りた。

このサイトではクッキーを使用しています。
詳細