第11章:約束

  • G
  • 3703字


 必ず、僕が。

 清光は風呂場でシャワーから湯を出しっ放しにしたまま、項垂れて足元を流れて行く水を眺めていた。
 清光は現世に行くのが好きではない。あそこに行くと、色々良くない噂を聞く。
『上司と会って来るから清光は買い物でもしてて』
 審神者同士の会合に付き添い、とは言え、実際に審神者達が重要案件を交換する場に刀剣が入る事は滅多に無い。
 審神者の下につく者とはいえ、所詮は付喪神。審神者の霊力や統率能力次第で謀反が起こる可能性もある。歴史修正主義者と直接[まみ]える事のある自分達に、政府が警戒して機密情報を渡さないのは自然な事だ。
 しかし、万屋に行けば他の拠点に住まう付喪神達との接触がある。
『……の所、審神者が神隠しだって』
『本当に? 皆どうなったの?』
『刀解されて政府お抱えの付喪神になったみたいだよ』
 そして、こういった噂に触発され、ある事実を思い出す事も、出来ればしたくない。
「政府お抱え、ね」
 一度審神者の力で喚び起こされた付喪神は、戦いで傷付き、仮初の世に留まる事が出来なくなった場合を除き、審神者が居なくなったり刀解を行ってもその霊体は政府の高位の審神者に引き継がれるのだ。政府直属となった付喪神は、多くは未熟な審神者をサポートする為に鍛刀の際に各本丸へと送り込まれる。
 清光も、その一人だった。
『主っ…!』
 板張りの床の上に横たえられた清光は、傷だらけの腕をかつての主に伸ばした。
『俺っ…まだ戦えるよ! …お願い、ちょっとだけ霊力分けてくれたら…』
 その腕は紅を塗った唇の端を心なしか上げている審神者には届かない。清光が力尽きて腕を落とす。水色の羽織はあちこちが破け、血で汚れて元は無地だったとは思えない程だった。
『あなたに分ける霊力があったら、新しい刀剣を呼ぶ方が有益だわ』
 審神者は今度こそ笑った。
『いっそ、昔と同じ様に壊れて帰って来れば良かったのにねえ』
 はっ、と清光は我に返った。見えるのは、うねりながら排水口を目指す水の流れ。
(…忘れるんだ)
 あんな主の事なんか。棄てられた自分の事なんか。
 全部水で流せたら良いのに。


このサイトではクッキーを使用しています。
詳細