第11章:約束

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  • 3703字

 宗三は夜中の物音で目を覚ました。
「…小夜?」
 小夜は宗三を起こしてしまった事に気付かないで、裸足でぱたぱたと何処かへ向かう。単に催しただけかもとは思ったが、宗三は無性に気になって寝間着を引き摺りながら後をつける事にした。

「今剣」
 小夜は庭に立つ、一本の木の下から呼び掛けた。真っ白な肌の付喪神が顔を出す。
「ないみつのはなしですか?」
 小夜は頷いて近くの庭石に腰を落ち着ける。夜風は少し冷たかったが、風邪を引く程ではない。
 今剣は一瞬小夜から目を逸らし、薄く笑ってから地面に降りてきた。
「なにがしりたいんです?」
「歴史修正主義者について、僕の想像なんだけど」
 今剣は黙って続きを促した。
「あれ、僕達と同類だよね」
「やっときづきましたか」
 ふふっ、と今剣は目を細める。
「そして先日、山伏を襲ったのは、一度歴史修正主義[むこう]側に傾いた精神が、少しだけ正気を取り戻した結果、自己矛盾を起こして混乱し、隊から外れて彷徨っていたもの。一見歴史に大きな影響を及ぼさない小さな修正はこういったはぐれ者の所為。違うかな?」
「…よく、そこまでそうぞうできましたね」
 今剣は面白そうに小夜を見た。
「せいふはとっくにつかんでますよ。したっぱのさにわには、じょうほうがこないみたいだけど…」
「あなたは、審神者の下に付く付喪神が歴史修正主義[あちら]側に引き摺り込まれないように、或いは、引き摺り込まれたら始末する為に、政府から送り込まれたんでしょ?」
 今剣は答えない。それが答えだった。
 今剣は、鍛刀された時、意識を保ったまま現れた。それだけでも異常な事だが、そもそも彼の霊力は主のものをも凌ぐ。普通に考えて、彼女が自力で喚び起こせるような付喪神ではないのだ。
「ずっと本丸に居る筈なのに、やたら戦況や政府の動きに詳しいし」
「ぜんぶはおしえられませんね」
 小夜は溜息を吐いた。
「あんしんしてください。ぼくはあるじさまや、このほんまるぜんたいのことをかんがえて、うごいてますから」
「…なら、良いけど」
 立ち上がった小夜を、今剣は引き留める。
「ようじはそれだけ?」
「僕の想像が正しいか知りたかっただけだからね」
「しってどうするんです?」
 小夜は元々吊り目な目尻を更に吊り上げる。
「しって…もしなかまから歴史修正主義者がでたら、どうするんですか?」
「どうって」
 よく通る声が庭に反響もせずに広がっていく。
「戦うに決まってるよ。今の僕は、今の主の為に在るんだから。例え…」
「たとえ?」
「例え僅かな時間であってもね」
 沈黙が降りる。たっぷり何十秒も経ってから、今剣が下駄で地面を均し始めた。
「そこまで…きづいてたんですか…」
「主は馬鹿じゃない。あなたの忠告に耳を貸さないなんて、理由があるからに決まってるじゃないか。それに…」
 小夜は今剣の前に立って下駄の癖を止めさせた。今剣が目の前の青い目を見る。
「監視されているのはあなたも同じなんでしょ?」
 今剣が「ひっ」と小さく叫んで飛び退る。微妙な間合いを保ったまま、再び無音の時が過ぎる。今度は、小夜から口を開いた。
「あなたはどうしたいの?」
 今剣は一瞬素の表情、千年の時を越えた妖刀の雰囲気に戻ったが、すぐにいつもの幼子の声色で言った。
「あなたにならたのめます」
「何を?」
「そのときがきたら、ぼくをこわしてください」
「…良いの?」
「それがぼくにのこされた、さいごのしゅだんです」
 そう言う今剣の右手にはいつの間にか彼の刀身が握られていた。小夜の目の前で、今剣はそれを勢い良く自分の胸に突き立てる。
 小夜は驚いてその腕を掴んで引き離そうとしたが、遅い。刀身は深々と今剣の胸に突き刺さっていた。
「だいじょうぶです」
 今剣は小夜の腕を優しく外し、短刀を握ったままゆっくりと右腕を伸ばす。
「みずからのとうしんでは、きずつきませんから」
 今剣の服の胸元には穴が開いていたが、そこから血は一滴も流れていなかった。
「だからぼくは…ぼくたちは、にげられないんです」
 今剣は刀身を投げ捨てる。それは地に着く前に何処へともなく消えた。
 小夜は今剣の赤い目を見る。
「解った。必ず」


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