第17章:終わり、そして始まり

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「大丈夫だ、歩けるよ」
 北門本部まで連れて来られたヴィクトーは、看護師が準備した車椅子を断ると、上着だけを受け取って自らの足で地を踏んだ。まだ少しフラフラするが、会議室まで歩く事くらいはできるだろう。
 会議室の前ではエリオットとトレイシーが待っていた。エリオットの目の前に来ると、彼はヴィクトーの頬を張り倒す。
義兄[にい]さん! 一応怪我人…」
「殺人を教えてこいとは言ってない」
 トレイシーの手を借りてヴィクトーは立ち上がる。エリオットの顔を見る事など出来なかった。
 ローズバッドはああ言っていたが、今回の事でルークリシャは殺人鬼となったばかりかラザフォードに追われる身にもなってしまった。エリオットが憤るのは当然だ。ヴィクトーだって逆の立場なら絶縁を切り出すだろう。
「…今回の事は俺も悪かった」
 だが、次に出てきたのは予想外の言葉だった。ヴィクトーはエリオットを見上げる。
「俺が止めてたら良かったんだ。自分ばかり責めるなヴィクトー」
 優しさなのか何なのか判らないが、ヴィクトーは無性に腹が立った。自分はお前の娘の手を汚したのに、何故そんなに平然としていられるんだ。
 何も答えずに部屋の扉を開けると、心配そうな面持ちの軍人達が一同に期していた。
「ラザフォードが出たのはどの辺りだ?」
 ヴィクトーが椅子に座るのも待たずに放たれた第一声がそれだった。
 ラザフォードとまともにやり合える者は数少ない。退職したエリオットを作戦会議に召集するくらい、あの盗賊の相手は厄介なのだ。前回、つまり例の殲滅作戦では出没場所や日時が判っていて、かなり非人道的な戦術で制圧したが、今回は事情が異なる。もっと厄介だろう。
「コリンズとの丁度中間地点。罠を張られました」
 皆と同じ様にテーブルを囲む。エリオット達も自分の席に着いた。
 いつもの様に肘掛けに腕を乗せようとして、左だけし損なう。ヴィクトーは上着の上からその腕を見詰めた。
(…俺に出来る事はもう少ない)
 残された道は、逃げるか、寝返るか。それとも、死ぬまで抗うか。その選択肢がこれまでとあまり変わらない事に気付くと、ヴィクトーは心の[うち]で少し笑った。
(なら、その少ない事を残さず全部やってみるだけだ)
 それが彼女に出来る精一杯の償いだと思った。
「相手は俺が幼少時に所属していた一派です」
 ヴィクトーがラザフォードの生き残りである事は北門では周知の事実だ。誰もが黙って彼の次の言葉を待った。
「三十年も前の話になりますが、彼等の顔と名前、背格好や戦い方、かなり覚えているので全部話します」
 ヴィクトーは自ら戻れない道を行く事にした。これまで彼が積極的にラザフォードの情報を提供した事はなかったので(記憶が封じられていたのでしようにも出来なかったのだが)、皆は身を乗り出す。
 だが、一人だけ焦った様な顔で制止する者が居た。
「ヴィクトー…」
 エリオットだった。
「良いのか? お前、それじゃ…」
 かつての仲間を売る様なものじゃないか。
 だが、ヴィクトーは彼の言葉を無視して続けた。
「これ以上迷惑かけられませんから」

「ねえママ」
 ルークリシャは夕飯のシチューを無意味にかき混ぜながら尋ねた。
「お兄ちゃんはどうなるの」
「変な事訊くわね」
 行儀の悪さを咎めてからローズバッドは言う。
「国の外で起こった事は、この国の中に居る限りはお咎め無しよ。そう聞いたでしょ?」
 それは確かに説明された。だが、ルークリシャはヴィクトーが何らかの形で罰を受けるような気がしていた。
 一体誰から?
 ローズバッドは気落ちしている娘を見て、思った。
(ヴィクトーは自分自身を罰するわね…)
 例えどれだけ己や周囲の人間を傷付け、何のメリットも得られないものだとしても、ヴィクトーはそうするだろう。そうすれば何がしかの償いとなり、誰かが救われると信じて。
「…そう言えば、刀は?」
 ふとローズバッドは思い出す。
「まだ車の中だと思うけど…?」
 食事の後、ローズバッドは車の掃除をしに車庫へ向かった。中には銃や弾、そしてヴィクトーの刀が乱雑に残されたままになっていた。
「もう要らないって言うかもしれないけど」
 独り[]ちながらそれを手に取る。錆びない内に手入れしてやらねば。
 ローズバッドは信じたかった。ヴィクトーはきっとこの刀を手に取るだろうと。彼が気の済むまで償いの道を模索して、納得して帰ってきた後に。

 エドガーはフェリックスの実家で苦笑していた。
「「「「「キャー!」」」」」
 洋装店の従業員及びフェリックスの家族に囲まれ握手とサインをねだられあれやこれやと質問攻めに遭っているのだから、いくら有名人でも疲れて当たり前である。
「皆、エドガー君は今日色々あって疲れてるんだから程々にね」
 フェリックスがそろそろ止めに入ろうかと思っていたらブルーナが先手を打った。これを機に切り出す。
「じゃ、そろそろ良い時間だし俺達も帰ろうか」
 エドガーの隣に座っていたルイーズが不満の声を上げたが、容赦無く引っ張って支度をさせる。
「好きなだけ居ると良いよ。ウィリアムズは小さい国だからまともなホテルってあんまり無いし」
「そうよ。遠慮なんてしなくて良いからね」
 フェリックスとその母親に言われ、エドガーは顔を綻ばせる。
「じゃあお言葉に甘えて」
 正直、ホテルに泊まればそれはそれでファンに囲まれそうなので、どうしようかと思っていたのだ。他の国でも何度か大変な目に遭った。
 それに、エドガーはアンボワーズで一人暮らしをしていた以外に、家に定住をした事がない。一ヶ月程世話になるだけだが、一般家庭の暮らしというのに興味があった。これまで役で演じる時は見聞きした情報から想像してやっていたが、ここでの経験は今後の演技にも活かせるだろう。
 従業員達もその返答に喜んだ。微笑み返しつつ遠慮がちに言う。
「でも、何もかもお世話になるだけだと心苦しいので、何かお手伝い出来る事があれば是非やらせてください。電気代とか水道代もちゃんと払いますので」
「待ってたよ、その言葉」
 ここで声を発したのは客間の隅で黙ってニコニコとしていた、フェリックスの父親だった。彼の企みの想像が付いているフェリックスは、やれやれと肩を竦める。
「ま、とりあえず俺は帰るから」
 フェリックス一家と、同じく帰宅する従業員達を見送ると、エドガーはフェリックスの父親に洋装店の店舗の方に連れて行かれた。
 父親が電灯を点けて目に飛び込んできたのは、まだあどけなさが残るフェリックスとアレックスの写真だった。
「…広告ですか」
 二人はこの店のオリジナルブランドの服を着て、ポーズを取って視線をカメラに真っ直ぐ向けていた。他にも何枚か飾ってあり、いずれも大きく引き伸ばされて商品名や価格が隅に書かれている。
「二人ともこの国を出て行くってなったけど、お金が無くてね。バイトも少しはやらせてみたけど学校と両立しながら稼げる額じゃなかったから、一ポーズ三千ゲインで雇ったんだ」
 これでも僕も昔はよくスカウトされたんだよー、と父親は笑う。
「エドガー君は有名人だし一ポーズ五千ゲインでどう?」
「それは全然構いませんが…」
 何枚作るかにも寄るが、そんなに貰ったら支払う生活費を引いてもおつりが出るだろう。自分に負けず劣らず綺麗な顔のフェリックスの写真に半分見惚れながら、気になる事を尋ねる。
「これ飾ってたら、フェリックス達、店に来たがらないんじゃ?」
 図星だったのか父親は目を逸らして答える。
「…フェリックスは帰国してから一度も店舗[こっち]には来てないかも…」
 やはりか。道理で若い頃の写真ばっかりだと思った。
「でも、昨日は孫がモデルをやってくれて助かったよ」
 言いながら父親は事務所の方へ。そこにはまだ新しいコンピューターが置いてあった。常時起動させてあるのか、モニタを起動するだけで写真の編集画面が映る。子供服を着た二人が楽しそうに写っていた。
「…まさか自分がこうやって息子や孫の成長を楽しみにする日が来るなんて思ってなかったよ」
 ふと彼がそう言った言葉。エドガーは真夏だというのに長袖を着ている彼の手首の辺りに気が付いてしまった。
「………これは?」
 言葉に詰まったエドガーの目は宙を泳ぎ、事務所の壁に飾ってあった一枚のポスターの所で止まった。
 フェリックスと一人の老人が一緒に写っていた。他の写真では髪の毛を黒や茶色に染めていたフェリックスが、この写真では地毛の真っ白なままで、椅子に座る老人が着ている渋い服を若者向けにアレンジして着こなしていた。
「ああ、僕の義父[ちち]だよ。この服はもう取り扱ってないから引っ込めてあるんだ」
 フェリックスの父親は壁に近寄る。エドガーもその隣に並んだ。
「フェリックスがエスティーズに行く前、最後に撮ったものだよ。義父は数年前に亡くなった」
 父親はそのポスターの隅をそっと触る。暫く黙っていたが、突如振り返って言った。
「君にも関係ある話だから言おう。義父は保守的な人でね。アルビノを迫害していた一人だった」
「……」
「フェリックスにも数える程しか会わせなかった。だけどフェリックスが旅立つ前にこの写真を撮りたいと言い出して」
 父親は光沢のある紙面から指を離す。
「これ、僕が初めてデザインした服なんだ。この写真が刷り上がった時、僕はようやく終わったんだと実感したよ」
 何が、なんて野暮な質問はしなかった。
 エドガーは彼やフェリックスがこの国で耐えてきた困難を知らない。けれど、まずは身内に認めてもらうという事が、彼等にとって、そしてこの国にとって大きな一歩であったのは間違いない。
「…戻ろうか。君の部屋を準備しないといけない」
 フェリックスの父親が電灯を消す。エドガーは入り口の所で一度そのポスターを振り返り、微笑んで去った。

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