第14章:終章

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  • 2981字

 ズドン、と先程よりも大きな地響きが俺達を揺らした。
「うおっ?」
「地震…?」
 アイが判断に困るのも無理無かった。実際、地面はかなり揺れていた。
 アイを守る様に肩を抱きながらしゃがみこんだ俺は、衝撃的な光景を目にする。
「え…」
 研究所が、基礎から丸ごと傾いていた。逃げ遅れていたら危なかった…という安堵より、これ程の規模の爆発を起こしてまで俺達を追っていると思われる者の、動機や目的が解らない恐怖の方が大きい。
 腕の中でアイは、サンプルを大事に抱えたまま黙っていた。
 みるみるうちに研究所はただの瓦礫と化していく。地下を破壊した…という事は、あの実験事実を隠しておきたい者か、隠すようプログラムされたセキュリティロボットが、侵入者を気配を察知してやったのか。
 数十分後、耳を劈くような轟音は鳴り止んだ。瓦礫の山となった研究所跡地に、俺達は登ってみる。まだ襲われる可能性はあったが、ずっと隠れている訳にもいかないし、他にやる事も無かったから。
「あーあ」
 既に解りきっていた事だが、こうやって目の当たりにされると流石の俺でも堪えた。
「任務…最後の最後で失敗かよ」
「アル」
 呼ばれて振り向くと、見開いた目をチカチカさせたアイが、まだサンプルを胸に抱えていた。風の無い都会の荒野に、無意義に瓦礫を探索するローバーのエンジンとタイヤの音だけが響く。
「これはどういう事ですか?」
 アイの瞳はさっきから光りっぱなしだった。想定外の事に、現状把握が追いつかないのだろう。
「研究所が……研究所が…」
「誰かに壊されたな」
 言語的な情報を与えれば少しは頭の中が整理できるかと思って、説明してやる。それでもアイは止まらない。
「……私達はこのサンプルをどうすれば良いのでしょう?」
「サンプル?」
 まだ、サンプルの方が大事なのか…此処はこの爆発の原因や首謀者を特定するべき所では、と思ったが、アイの様子がおかしい事に気付き、俺は彼女に近寄る。
「どうした?」
「サンプル……サンプルを…研究員に…」
「アイ!」
 呼び掛けて掴んだ肩が少し熱い。慌てて背中の温度を手の平のセンサーで確かめると、俺よりもずっと熱を帯びていた。
「何処に…サンプルを…私は…」
「アイ、止まれ!」
 存在意義であるサンプルの提出先を目の前で失った所為で、論理思考回路が無限ループに陥っているのだ。このままでは部品が熱暴走を起こして物理的に壊れてしまう。メモリ付近が壊れたらもうスペアが無い。研究所も壊れてしまったし、この街で使えそうなパーツがすぐに見付かるとは思えなかった。
「考えるな!」
 外からの音声による命令は受け付けないか。いや、そもそも俺よりもアイの判断の方が優先されるから、彼女の中でリジェクトされているのかもしれない。
 一旦強制終了して、根本的な所からプログラムを修正する必要がある。俺は彼女の主電源を落とす為、彼女の外装を剥がそうとした。
「…嫌っ…」
 その言葉に驚いた俺はすぐに手を離した。俺の手を避けてバランスを崩したアイが、そのまま屑山を転げ落ちて行く。
「アイ!!」
 もう一度手を伸ばしたが、彼女はもう、俺の手の届かない所に居た。

 気付けば夜になっていた。
「アイ…」
 呼び掛けても返事は無い。壊れてもなお、アイはサンプルの入ったケースを小脇に抱えていた。
 それを手放せば、こんな高さ、どうって事無かっただろうに。これでも探査用ロボットなのだから。やはり、接触不良と暴走による一瞬の判断ミスが事故の原因だろう。
「何で『嫌』なんて言葉、使ったんだよ」
 嫌、というのは感情を表す為の言葉だ。感情が無い筈の彼女が使うものじゃない。これまでだって、拒絶する時は「却下」とか、「駄目」と言っていたじゃないか。
 ふと、付喪神[つくもがみ]という何処かの国の言葉を思い出した。世界のあちこちで、昔は、長く大切にされてきた物には魂や神が宿ると信じられていた。数百年月日の明かりを浴びた物は妖怪になるだとか、色々。
 もしかしたらそれは本当だったのかもしれない。博物館に所蔵されていた数々の古い装飾品や武器には、魂が宿っていたのかもしれない。ただ、それらは自らの意志で動く事も、話す事も出来ない形態をしていた。だから、人間は気付かずに、やがて文明の波にそういった信仰は流されてしまったのだろう。
 俺達も、作られてから数百年が経つ。俺はともかく、アイにはそういった「神」が宿っていたのではないか。
 とは言え、アイは壊れてしまった。神だってもうこの容れ物を離れただろう。
 何とかパーツを用意して、プログラムし直せばアイはまた動けるかもしれない。だが、俺はそうするつもりなど無かった。
 そうやって俺の手を加えたアイは、俺が好きだったアイではなくなる。人間の精神を移植されたロボットが、何の変哲も心も無いロボットを好きになるなんて、人間がまだこの世界に居たら有り得ないと思ったかもしれない。でも、俺は言い切れる。理由ははっきりしないが、俺は彼女に執着し、大切に思っていた。人間の感情を表す言葉で言うなら好きだった。
「嗚呼…」
 俺は自分の、人間そっくりな手を見詰めた。手の甲に刻まれた文字。自分の名前。
「解った…」
 俺はいつも疑問だった。人間は何故自殺するのか。生存本能に逆らう程の感情とは、どういったものなのか。
『さぁねえ』
 いつかバートに尋ねてみたが、彼ははぐらかした。
『僕は死にたいなんて思った事が無いし、解らないよ』
 俺の精神の元となったバートも知り得なかった感情。やっと解った。死にたい。もう存在する意味なんて無い。
 俺もまた、テラの研究者達の為に生み出され、共に任務を遂行するアイの為に此処までやってきたのだから。
 俺は岩石を砕く為の小型爆弾を一つ取り出した。アイの顔を見詰める。
「死後の世界が、あると良いな」
 果たしてそこで人間の精神は神と[まみ]える事が出来るのだろうか。いや、もうそんな事はどうでも良い。
 俺は爆破装置をアイと自分の間に置き、一秒後にタイマーを設定した。

 十分に煙が収まってから、フェリックスは二体の壊れたヒューマノイドに近付く。
 酷く破壊された男性型ヒューマノイドの中から、黒く四角いパーツを拾い上げる。まだ熱を持っており、思わず手を離したが、素手で触れた一瞬、それは七色に光り輝いた。上着の袖を伸ばして素肌に触れない様にもう一度拾い上げる。
「この至近距離の爆発でも無傷か…」
 本物の『黄金比の書物』も、通常の物体の破壊方法では傷一つ付ける事が出来ない。この模造品も良く出来ている様だ。
「恨まないでくれよ。決めたのは、あんただからね」
 フェリックスはそう言って、まだアルバートの力と魂の一部が残っているそれを破壊した。書物を破壊出来るのは、その力を持つ賢者…或いは愚者のみだ。
 フェリックスの柘榴石色の瞳が光る。力がフェリックスに寄生したのだ。魂は、もう今頃『精神界』だろう。
「一仕事終わり、と…」
 独り言ちながら瓦礫の山を振り返る。続いて朽ち果てたトラック、樹木に覆われた街、未だ宛ても無く瓦礫の山を走り続けるローバー。爆発に驚いて逃げ出した動物達がちらほらと戻って来つつあるようだ。
 もうこの惑星[ほし]に用は無い。
 フェリックスは最後に二人を振り返ると、期待出来ない言葉を呟く。
「どうか彼等の魂に幸あらん事を」

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