第4章:翠の追憶

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「あんな大きな子、うちでは引き取れないわよ」
「うちも子供が二人居るのよ。これ以上は……」
「そんな事より遺産はどうするの?」
「楽器も売ってしまいましょうよ。どうせあの子は大して弾けないわ」
「孤児院に入れて、家も売却して……」
 両親が死んだ時、俺は自分が「要らない子」なのだと悟った。
 俺の両親はそれなりに名の知れた演奏家で、度々島の外でもコンサートを行っていた。彼等はその帰り道、騎空艇の事故でその生涯を閉じた。
 隣の部屋で親戚達が、半分言い争う様に今後の事を相談している。俺は立ち上がると、その扉を開いた。
「俺は孤児院に行こうと思います」
 それで丸く収まるなら。後は勝手にしてくれ。

 両親を失い、家を失い。生家から少し離れた孤児院に預けられたので、友人までも失った。
 俺は要らない子。
「躊躇い傷ばっかりだねえ」
 その日も俺は孤児院の庭の、薄暗い木陰で自分の腕を切っていた。毎度毎度、血は流れるものの死ぬどころか貧血にもならない程度の傷が増えるだけ。所詮、俺には自ら命を絶つほどの勇気は無かったのだ。
 それでもその痛みが癖になってしまった。
「そんなんじゃ死ねないよ。全然死の匂いがしないねえ」
「……誰?」
 中肉中背の、白い髪のエルーンだった。
「まあでも、どうせ死ぬなら誰かの役に立って死にたいと思わない?」
 彼はその思想を説いた。彼は二種類の人間を探していた。
 一つ、幾度もの死線を潜り抜けてきた、強い人間。
 一つ、その人間に更なる死の機会を与える為の、弱い人間。
「そんなの探してどうするんだ?」
「少し細工をしてね。僕の中で生き永らえてもらうのさ」
 永遠に。
「どうだい? 僕もこの作業を手伝ってくれる助手は欲しいんだ」
 有無を言わせぬ勧誘。ノーと言ったところで殺される事は目に見えていた。
 尤も、その時の俺は、その思想に感銘を受けてしまったのだが。
「役に立つ死に方……」
 父も母も、死んでただその未来を失っただけ。親戚を仲違いさせ、子供を不幸にして、その死に何の意味があったのだろう。
 今思えば、そう考える事で、俺は悲しみから目を背けようとしたのかもしれない。

「……何してるの?」
 ブランシュが用水路を流れていたエルーンを拾ってきたのは、それから数年後の事だった。
「見て解らないか? 腕を切っている」
 相手は三つか四つ程年上に見えたが、馬鹿なんだろうか。
「……そういうのやめなよ」
「何故?」
 これは俺の体だ。俺が何をしようが勝手だ。第一、この命ですら、いずれお前にくれてやる事になっている。
 セレストはとても良い死の匂いがする。俺にはその匂いとやらは解らないが、ブランシュは毎晩の様にそう俺に語った。
 そして、いよいよ俺を彼と戦わせる予定だという事も。

「ぐはっ」
 飲まされた血が喉を逆流する感覚。口から飛び出たそれにセレストが顔を顰めた。
 途端、彼の目の色が変わる。
 何も無い所から飛び出す氷の刃。ああ、そうか。どうやってブランシュの作業部屋に入ったのか謎だったが、魔法が使えたんだな、お前。
 そのまま勢いで床に倒れ込み、死を覚悟した。いや、今更覚悟なんて。さっさと死んでしまいたかったのだから。
「ああああああああ!!」
 セレストの怒号は、自分の頭上を掠めて後方へと向かっていった。何故俺を殺さない?
 上半身を起こして振り返ると、そこには意外そうな顔をしたブランシュと、その腹に氷の刃を突き立てているセレストが居た。
 その時、俺は自分で問うた事への答えを見つけた。
「……セレスト!」
 彼が家を飛び出したのを見て、俺は立ち上がる。ブランシュはまだ息があり、笑っていた。
 どうして自分を傷付けてはいけないのか。何故セレストは俺を殺さなかったのか。
 それはセレストが俺の事を思い遣ってくれていたからだ。赤の他人の俺を。
 その優しさに気付くのが遅すぎた。弱くても、役に立たなくても、そこに居て良いと言ってくれる人の言う事を聞くべきだったのに。
「…………」
「言いたい事があるなら言ってごらんよ」
 倒れたブランシュは蚊が鳴く様な声ではあったが、その口調に焦りは見えなかった。
 セレストが刺した場所の隣に包丁を突き立てる。彼の罪を半分背負うつもりで。
「セレスト!」
 俺もまた家を飛び出して、彼の足跡を追った。
 けれど俺が彼に追いつけたのは、それから十年後の事だった。


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