第2章:被検体「鶴丸国永」

  • PG12
  • 6367字

「穂村君、居る?」
 大学も春休みに入り、学生達は実家に帰ったり旅行に行ったりと休暇を楽しんでいた頃。特に予定を立てていなかった穂村は、研究室でテキストを読んでいた。控えめな研究室秘書の声に、立ち上がって部屋の入口へ。
「あのね、ちょっと今、政府の人が来てるんだけど……」
 遂にこの時が来た、と思った。事前に情報が流れていなかったと言えば嘘になる。それでも、もう始まってしまうとは思っていなかった。
 これで彼女[・・]は当分、逃れられなくなってしまう。[]を身代わりにしようと思っていたのに。
「四月一日さんは?」
「まだ来てませんよ。もうすぐ……あ、来た」
 エレベーターホールを曲がって廊下の角から顔を出したコウと共に、穂村は教授の部屋へ。既に氷室がソファーに座っていた。向かいには教授と、見慣れないスーツの男。教授が二人を紹介すると、政府の職員は名刺を渡し、今しがた氷室にした簡単な説明を繰り返す。
「私達が、審神者に?」
 霊力が何たるかもよく解っていない状況で、と氷室は怪訝な顔をしていたが、原理が解らずともとりあえず実用化が先になされた例は沢山ある。それにしても、氷室もコウも試験を受けていないのに、どうやって政府は此処に能力者が居ると嗅ぎつけたのか。
転送装置[タイムマシン]については教授のご協力もあり、完成に近付いています」
(別にあんたらに協力して作ってた訳とちゃう)
 氷室は隣から飛び込んできた、コウの攻撃的な思考に驚いて身を震わせる。コウは暫く、氷室と共に理論の研究をしようと試みていたが、最近諦めて転送装置の設計を手伝い始めたらしい。彼女の事も心配だが、面倒事に巻き込まれたくない氷室には、とにかくこの場を切り抜ける事が先決だ。これから役人が話そうとしている事は、とっくに読心して判ってはいるが、力を見せつけるのは相手の思う壺、黙って最後まで聴くしかない。
「ですが、運用するには実際に刀剣の分霊を喚び出して写し[レプリカ]と肉体に定着させ、テストしなければいけません」
 その装置を開発している研究室の学生に付喪神を喚び出してもらえば、話も早いし手間がかからないという訳だ。誰か協力してくれないか、と教授が問うた。オカルト嫌いの教授が、にこやかにこんな話をするなんて。氷室は今度は教授の心を探る。……なるほど、研究費の便宜か。それは氷室自身にも恩恵が無い事もない。だが、それとこれとは話が別だ。
「俺は嫌っすよ。自分の研究が最優先です」
 歯に衣着せぬ言い様に、政府の職員は眉を顰めた。
「私は……装置のコーディングもあるし……」
「じゃあ、僕がやります」
 渋る二人を見て、穂村は腹を括る。先の手が駄目だったならば、次の手を考える他無い。現状を維持しなくては。彼女[・・]の立場を、守らなくては。元よりそのつもりで潜入したのだから。
 解放され、院生室に戻った氷室は、心配を言葉の端々に滲ませながら穂村に話しかけた。
「ったく、此処で引き受けたら終わりだぞ。解ってんのか?」
「氷室君はやってみたくないの?」
「やーだね。んな辺鄙な所に飛ばされたら、彼女にも会えない」
「特定の彼女作らないくせに」
 穂村は苦笑した。氷室が遊び人だという事は、一年も友人をやっていれば判る。しかし、彼は根が真面目だ。自分の研究を中断したくない気持ちは解らなくもない。ましてや氷室はオカルト嫌いだ。
「コウちゃんは、やってみたくない? 審神者」
 斜め後ろの席でチョコレート菓子を齧っていたコウは、急に話を振られて慌てた。別に、と菓子を飲み込み、机に伏せていた鏡を手に取る。会話を続行したくない合図だ。溜息を吐かない様に意識しながら、穂村は自分の机に向き直る。政府から、実験内容の詳細が書かれたメールが届いている筈だ。


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