第2章:被検体「鶴丸国永」

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「まさか肉体を此処に持ってきて実験するとは思ってませんでした」
 てっきり自分が赴かなければいけないのだと思っていた穂村は、冷蔵保存された鶴丸国永の肉体が入ったケースを見て呟いた。急遽用意された部屋には、緊急用の治療設備や生命維持装置等も搬入されている。教授も、誰に答えるという風でもなく口を開いた。
「転送装置の情報はできるだけ漏らしたくないのでね……」
 一度物体を量子情報レベルまで分解し、時空上の他の点へと光速を越えた転送を行う。その後、その場所で転送されてきた情報を元に再構築する、というのが転送装置の仕組みだ。しかし、過去に跳ぶという事は、転送装置が無い場所に降り立つという事だ。送られてきたクローン人形には既に、分解された情報を自動的に再構築し、帰還の際に再分解する転送装置の子機が埋め込まれている。
 出て行った教授と入れ替わりに、廊下を通りがかった氷室が顔を覗かせた。ずかずかと部屋に入ってきて、顔の所だけがガラスで中が見えるようになっている、棺桶の様な箱を見下ろす。
「理屈を手短に教えてくれるか?」
「興味はあるんだ。これは付喪神の分霊が操る傀儡。霊力供給を絶つと分霊は本霊の所に帰っちゃうから、分霊と本霊を繋ぐ役割をする刀身は、審神者[ぼく]が霊力で形成・維持するらしいよ」
「刀身を形成、って……打つのか?」
「まさか。このお札に予め霊的な細工がしてあるんだ。政府の霊能者によってね」
 穂村がどこか誇らしげに、隣に積まれた札と玉鋼を指差す。氷室はふん、と鼻を鳴らした。
「霊力ねえ……。俺達科学者よりも先に過去へ遡るなんて、一体何なんだ」
 時間遡行軍はその霊力で過去へと飛び、悪行を働こうとしている。その力を見過ごしておけないのは、氷室や穂村の心情がどうであれ、事実だ。関東にはまだ被害は無いが、西の方では既に騒ぎになっている、とコウが話していた。
「政府も霊力で過去へ飛ぶって案は考えなかったのか?」
 氷室は本気とも冗談とも取れない口調で尋ねる。穂村は肩を竦めた。
「皆が氷室君みたいに霊力が強い訳じゃないよ」
 それとも、彼女[・・]ならできるのだろうか。……いや、できないからこの計画があるのだろう。
「ま、俺も試した事ないから、できるかどうか知らないけど」
 氷室はそう言うと出て行った。気を取り直し、穂村は部屋の鍵を閉める。儀式の準備を整えると、彼はその名を呼んだ。

「穂村の事どう思う?」
 まだ春休みは続いている。院生室に二人きりだという事を確認して、氷室はコウに尋ねた。
「あいつ、何か隠してると思わないか?」
「何かって?」
 コウは不安そうに眼を瞬く。
「うーん……なんて言うか、あいつどっかとコネあったりしないか?」
 政府はどうやって能力者を探しているのだろう。氷室は、霊能力がある事をずっと隠してきた。この能力を知っているのは、コウと穂村だけなのだが。コウは口止めを破るようなタイプには見えないし、読心すれば約束を固く守っている事は確認できる。
「四月一日さん、家にも行った事あるんだろ? あいつの家族って何の仕事してるの?」
「聞いてないけど……お金持ちなのは間違いないです。家大きかったし、穂村君だって医学部六年行った後の院進学で、当分就職する気無さそうだし」
「まあそりゃ、あいつの机見ればなあ」
 氷室はコウの斜め後ろの席を振り返る。高価なハイテク機器が綺麗に並べられていた。
「そういや、先輩の家族の話も、聞いた事無いですけど」
 氷室は茶を濁して自分の席に戻った。コウも家族の話題は苦手だ。別に追わない。
 聴こえてはいけない声。聴いてはならなかった声。泣きながら木の根元を指差す、もうこの世の者ではない少女。どうしようもない好色家だった実の父親の悪行を暴いたのは、氷室自身だった。父が逮捕され、離婚した母は自分を連れて都会を転々とした。世間の目を逃れる様にしてきたのに、何処に行っても最終的には人殺しの家族と後ろ指を指された。今回の件と言い、どうして噂というものは伝わってしまうのだろう。
 僅か数年後、耐え切れなくなった母親は幼い氷室を連れて樹海に入り……どうしてか彼だけが森の外に出た。以来、氷室は天涯孤独の身だ。幸い、養父母や奨学金制度に恵まれて、此処まで勉学に励んで来れた訳だが。
 氷室は机の引き出しから一枚の写真を取り出す。おかっぱ姿の自分と若い母親。顔も見たくない父親が写っている写真を全て捨てたら、二人で写っている物はこれしか残らなかった。
 母親の生存は絶望的だ。法律上もとっくに鬼籍に入っている。一方、実父はまだ生きていた。死刑は百五十年ほど前に国際的な圧力がかかって廃止されたし、一人殺したくらいでは終身刑には程遠い。そういえば、そろそろ刑期が終わるのではなかったか。
 処分した写真の数々を思い浮かべる。父親の背後には大抵、人ならざる者が写り込んでいた。嫌な予感がする。
 すっかり研究する気分ではなくなってしまった。土日も殆ど研究室に通っているんだ、たまには早退けしたって良いだろう。氷室は荷物をまとめると、帰途に就いた。

 目の前に立つ鶴丸国永の姿に、穂村は圧倒されていた。透き通りそうな肌、真っ白なのに煌びやかな衣装。若い男の見た目をしているのに、千年の時を越えた風格が漂う。これが、付喪神。
 自らが鍛刀した刀を彼に持たせる。主従関係が結ばれ、穂村の霊力が彼に絡み付いてその分霊の存在を支えた。自分で喚んだくせに、何かとんでもない事をしでかしてしまったのではないかという気持ちに苛まれる。じいっと此方を見ている金色の目に急かされて漸く、口を開いた。
「鶴丸……国永だね? 話せる?」
「真似をしてみようか」
 見様見真似で彼が声を出した。少々掠れていたが、初めて声帯を震わせたにしては上出来だ。
「よし……政府の方から話は聞いてるよね?」
「詳しい事は知らんが、悪者を倒す為に必要な道具の確認をするんだろ?」
「うん。実は、精神の宿らない傀儡の転送装置間・装置外へのテストは終わってるんだ」
 穂村は鶴丸を安心させる為にそう言う。千年もの時を過ごしてきた付喪神とはいえ、いきなり知らない人間に知らない場所に喚び出されては、落ち着かない顔をしてしまうものだ。
「では、俺が無事に移動できれば試験は終了か」
 任せろ、と笑って鶴丸は装置に乗り込んだ。それが穂村の見た、最初の鶴丸の最期だった。


『創呪擦罪 骨肉相噛』がアマプラで聴ける事ご存知でした?
私は知りませんでした。