第2章:被検体「鶴丸国永」

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 一ヶ月後、穂村は再び実験室に居た。足元には、改良された鶴丸の傀儡。窓の外では、この前は満開だった桜の木が青々と葉を付けている。穂村はブラインドを閉めて集中すると、二振目の鶴丸を鍛刀した。ぱちっと金色の目を開いた彼に話しかける。
「久し振り」
「……誰だ? あんたは」
 薄い唇から紡がれたその言葉に、穂村は凍り付く。まさか。
「ああ、あれか。転送装置とやらの試運転の」
 言ってから、鶴丸が穂村の面食らった表情に気付いた。身を起こし、恐る恐る尋ねてみる。
「そういやこの前分霊を一つ出して、すぐに俺の所に戻ってきたんだが……既に始まってたのか?」
 穂村は肯いた。そして、確信する。鶴丸国永は、分霊の記憶を失っている。
「おいおい、そんな深刻な顔するなって」
 言いながらも、鶴丸も不安に表情を曇らせる。彼との間に、何があったのだろう。
「まあ、無事に終わるまでは付き合うから、宜しく頼むぜ」
 気を取り直して笑う鶴丸に、穂村はまた一つの決意を見せた。
「僕の名前は穂村陽一」
「んなっ」
 さて、こいつをいつどうやって驚かせてやろうかと下らない事を考え始めていた鶴丸は、逆に驚かされて目を見開いた。名前を知っていれば、ありとあらゆる霊的な接触が可能となる。例えば……神隠しでさえも。
「君、[いみな]は……」
「良いんだ。君も僕にその魂を預けてくれてるのに、不公平だろう? 君はこれからどれ程の苦痛を受けるか判らない。嫌になったらいつでも僕を隠すなり殺すなりすれば良い」
 小さくて黒い目が真っ直ぐに鶴丸を見る。何としてもこの計画を成功させなければ。彼女[・・]の為にも。そして、鶴丸の為にも。それを聞いて、鶴丸は頬を緩めた。穂村が握っていた太刀を差し出す。鶴丸は立ち上がると、それを腰の拵えに収めた。

「今年学振[がくしん]通ったの、お前だけなんだってな。おめでとう」
 何振目かの鶴丸の傀儡を片付けている時、氷室が手を貸しに来てくれた。
「氷室君……ありがとう。でも、この実験は、大丈夫なんだろうか……」
 これではまるで動物実験だ。流石に穂村の決意も揺らぐ。
「法的にはセーフだろ。傀儡は『善意の提供者』の遺伝子組換えクローンだし……」
 氷室は足元の死体を見下ろす。これは実験の為に生まれた生き物。戦いの為に作られた兵器。
 それでも人型の生命体に、人と同じく知的な精神を結び付けた実験は、気分が良いものではない。清潔で十分な衣食住は提供されていたが、実験室の中に閉じ込められ、この数日を、特に長い夜を、この付喪神は何を思って過ごしていたのだろう。
「割り切れ、穂村」
 氷室は結局それしか言えなかった。
「こいつは物だ。人の皮被ってるだけの道具だ。そう思え」
「ねえ氷室君、もしかして……」
 君には、その「物」の声だって、聴こえているんじゃないの?
 穂村は問おうとして、首を横に振った。そんな氷室が出した結論が、耳を塞ぐ事だと言うのなら。自分は最後まで、その叫びを見届けよう。


『創呪擦罪 骨肉相噛』がアマプラで聴ける事ご存知でした?
私は知りませんでした。