第3章:襲撃

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 その日の夜、ネスターは他の仲間と共に行商の一行を襲撃した。
「偵察によると馬車は八つ。大きさはまちまちだが、護衛も含めて二十人以上、恐らく三十人弱の集団だと思われる。今起きて見張っているのは馬車の上に一人、地上で一人だ」
 此方の勢力は十人にも満たない。まずネスターが囮となって見張っている護衛の目を引き、その隙を狙って全員で一斉に襲いかかる作戦だ。行商の馬車からかなり離れた場所で、最後の作戦会議をする。
「大丈夫かよ。ネスターはよう人殺さん質じゃねえか」
「第一盗みに手を貸すのだって大分久方振りだってのに…」
 ネスターは何人かの心配する声を追い出すように腰の剣を握り締める。しかし多数決で囮はネスターが適任と選ばれた訳だし、ネスター本人が了承している以上作戦を変えるのは時間の無駄だ。
「『歌』は最終手段だ。良いな?」
 ラザフォード一族は魔法使いの一族だ。最初から、魔法を織り込んだ歌を歌って敵を操れば楽に戦えるが、その分リスクも高い。魔法だって殴り合い同様体力精神力を摩耗させるし、魔法を掛けた人物を生き残らせるのは危険だ。
 例えば仲間を皆殺しにしろと魔法を掛けられた人物を捕虜や奴隷として連れ帰ったとしても、ラザフォードの歌には解除魔法が開発されていない。無差別な破壊衝動を持ったままの人間をどう扱えばいいのか。結局殺すしかなくなり、人身売買等には使えなくなってしまう。
「よし、皆、散れ」
 カールの指示でカール以外のメンバーは森の中に消えて行った。行商の馬車を取り囲み、気付かれない様に少しずつその輪を小さくしていくのだ。
 暫く待ってからネスターはカールと共に気配を消して行商達が休んでいる方向へ歩き出す。数十メートル行った所でカールの指示が出た。
「行け」
 ネスターは覚悟して、月明かりを頼りに木々の向こうに少しだけ見える行商の馬車へと駆け出す。
(まだここで死ぬ訳にはいかねえ!)
 何故だか、それは幼い弟や息子の為だけではないような気がしていた。尤も、それだけでも十分、彼を駆り立てる理由にはなっていたが。
 一番大きな馬車の上で見張る護衛の背後から静かに駆け寄り、勢いと窓枠を利用して一気に同じ場所まで飛び登る。護衛はすぐさま撃ち返したが、一発目は長距離用のライフルで近距離の標的に照準を合わせるのが間に合わず、二発目を撃ち出す前にネスターによってその首を掻き斬られていた。
「来い!」
 ネスターの合図と共に息を殺してすぐ側まで迫っていた皆が襲いかかる。もう一人、幾つかある馬車の反対側の地上で見張っていた護衛がネスターに向かって撃ったが、その前にネスターは馬車を飛び下りていた。護衛は別のラザフォードの刃に倒れる。
 ネスターはカールとその息子と共に先程飛び乗った馬車に踏み込んだ。
「へっ、プロの護衛っつってもこんなもんか」
 従兄がカールに言う。
「油断するな。お前が囮だったら一発目で死んどるわい」
 実際、護衛の一撃目が当たっていたら危なかっただろう。相手がライフルだという事を踏まえて、いきなり接近戦に持ち込んだのは言うまでもない。
 狭い馬車の中では銃撃戦は危険だし、そもそも銃弾を得る為にやっているので、三人は寝ていた行商達を剣や刀で次々と屠っていった。何人かは窓等から外に逃げ出したが、外で待ち伏せしていた仲間達の凶刃に倒れる音がした。
 仲間が火を炊き始めたのか、窓の外からふらふらした明かりが届くようになった。この馬車の住人は全て逃げ出したか、殺したようだ。ラザフォードの三人以外の気配はしない。
「次行くぞ」
「まだだ」
 カールの言葉にネスターが反論する。不思議に思う彼等の前に立ち、ネスターは物置と思われる馬車に繋がる連結部を見詰めていた。
 次の瞬間、そこから何人かの武装した男が飛び出して来た。雇われていた護衛の、非番で休んでいた者達が隠れていたのだ。
「…っ!」
「やめろ、邪魔をするな」
 刀を振り上げようとした息子を制し、カールはネスターを残して下がる。こう狭くてはいっぺんに相手をするのは無理だ。
 ネスターは剣を構え直すと、男達へ向かっていった。
 最初の男がネスターの腕を狙って剣を振り翳した。しかし、ネスターは大きく降る素振りをした剣を体の前に固定し直し、呪文詠唱を省略して瞬時に魔法で剣を硬化させる。次の瞬間にはその切っ先が男の背中から血に塗れて突き出していた。
(ちゃちい鎧使ってんなあ。それとも寝てて着けてなかったのか? ちゃんとしたの着けてたらネスターの方がやばかったぞ)
 つくづく運が良い奴だ、と従兄はそんな事を考えたが、ネスターは何も考えずに次の動きを待っていた。
 狭いので男達は多勢に無勢の利を活かせていなかった。次の攻撃は息絶えた最初の男を盾にされて防がれ、またしても二撃目の直前でネスターの刃に倒れる。三人目以降は敵わないと悟ったのか、次々に背を向けて逃げ出した。
「ひええ、頼む、命だけっ…ガハッ…」
 命乞いをする無抵抗な男達を追い駆け、ネスターは容赦無くその首を掻き、胸を突き、その息の根を止めていく。かつてジャクリーンが大人しいネスターを執拗にいたぶっていた時の様に、一方的に。これ以上の魔法等必要としない程、圧倒的に。
 結局、物置に潜んでいた全員を彼一人で片付けてしまった。最後の一人を仕留め、まだ外や他の馬車でやりあっている悲鳴や怒号、銃声や金属がカチャカチャ鳴る音を背景に、ネスターは二人を振り返る。
 その時、護衛の一人がまだ死んでいなかったのか、ピクリとその手が動いた。それが視界に入るや否や、ネスターは反射的に…もはや本能的にその手の平に剣を突き立てる。が、直ぐにそれを抜くと、悲鳴すら上げる力の無くなった護衛の首を先程と同じ様に突いて[とど]めを刺した。
 それも終わるとネスターは剣の血を振り払う。その前髪は元の色が判らなくなる程、血の色に染まっていた。馬車の中の光景は、終わってみると、血や死体を見慣れている筈の従兄でさえ目を背けたくなるような有様になっていた。
(まるで闘神だな…)
 カールは彼の言葉を思い出していた。
『後悔しませんか?』
「次…行きましょう」
「…ああ」
 ネスターに続いてカール達も静かになった馬車を後にする。
(まるで人を殺す為に生まれてきたような動きだ…)
 ネスターは人殺しが出来ない子供だった。両親が死んでから何度かカールが襲撃を手伝わせたが、武器の扱い方や戦い方は上手いのに、いざという時に人を殺せない。精々動けなくなるような傷を追わせる程度で、危なくなればいつも他の仲間が助け船を出していた。結局盗み以外の仕事をする方が向いているという事で落ち着いたが、彼が仲間内で苛められてきたのはこれが理由の一つでもある。
 その彼が今になって、人が変わった様に殺戮を行うのは何故だ。
 カールは引き返せない迷路に入り込んでしまった様な気がして、少し不安を覚えた。
 次の馬車は他の仲間が既に踏み込んだ後で、床に行商の男と、その妻と思われる女が血を流して倒れていた。
 ピクリとも動かない死体を一瞥したカール達は直ぐに出て行ったが、ネスターだけは奥へ進み、クローゼットの前へ。
 ネスターが冷ややかな目でその扉を開けると、中には十二、三歳くらいの少年が隠れていた。怯えた目で血塗れのネスターを見、一瞬変な声を出す。
「…『お前の両親は死んだ』」
 ふと、ネスターはあの日言われた言葉を彼に言ってみる事にした。
「『けどしゃあない。殺すもんは、いつ殺されたって文句は言えねえ』」
 少年の目に怯え以外の、疑問を投げかけるような光が見えたが、ネスターは構わない。
「『早く忘れて、お前が父親の代わりに仕事が出来る様になれよ』…」
 ネスターの胸に悲しみと怒りが込み上げる。目の前の少年とあの日の自分が重なった。
「…なんでそんな平然としてられるんだよ!」
 そう吐き出すと、ネスターは我を忘れて剣を少年に振り下ろしていた。

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