第1章:西暦二二〇三年

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三月

 鶴丸国永は大きな蔵の中で踊っていた。ひらり、ひらり。上機嫌で着物の袖を翻す。揺れる髪はまるで雪の様に白いが、その顔は若者の風貌だ。陽が差さぬ蔵の奥には、薄く微笑みを浮かべてその様子を見る男の姿。此方は見事な鶯色の髪色をしている。
 彼等は、人間ではない。
「上機嫌ですな、鶴丸殿」
 鶴丸はとんとん、と足を床に付けて止めた。その音はしない。彼等は刀の付喪神――実体の無い人型の霊体だからだ。振り返れば、緑がかった水色の髪の男。口調は柔らかいが、どことなく不機嫌そうな雰囲気を纏っている。
「いち、今日は客人が来るぞ。持て成さないとなあ」
「それで舞ですか。しかし、人間に私達の姿なぞ……」
「見えない、か。それでも良いじゃないか。その人間の後ろで泥鰌[ドジョウ]掬いでもしてやろう」
 言ってその動きをして見せると、笑い声が聴こえた。子供の姿をした付喪神が、蔵の別の区画から此方を覗き込んでいる。
「平野」
「申し訳ございません」
 水色の髪の男の咎めるような声に、縮こまる。
「まあそう怖い顔をするなって」
「いいえ。私達は粟田口の名刀。いつ如何なる時も、その名に恥じぬ姿で居なければ」
「その名に恥じぬ姿、か……」
 蔵の奥の男が顔に手を当て、呟く。鶴丸は何か言いかけたが、直後に例の気配が近付いてきた。
「賭けをしないか、いち。あの人間に俺達が見えるかどうか」
「見える訳が無いでしょう」
「そうかい? でも、どうやらあの、霞が関の地中に住まう姫様のようだぜ?」
 数年前から感じる気配。どうやら政府は、力の強い能力者を官庁街の中で飼い始めたようだ。政治に関わらない一族の所有物である彼等には関係の無い事柄であったが、何分、その力が感じられる程度の近さに住んでいる。鶴丸は以前から気になっていたが、今日はとうとう此方に赴いている気配がするのだ。浮足立たずにいられようか。
「どうして[おなご]だと判るんだ?」
「ただの勘さ。それに、その方が趣があるだろう?」
 鶯色の男に返す。いち、と呼ばれた男は溜息を吐いた。心底興味が無さそうな顔をしたが、それでも乗ってくれる。
「何を賭けるんです?」
「そうだな……」
 鶴丸が意気込んで考えていると、蔵の扉が開かれる。思考を停止し、そちらを見遣った。
「……こりゃ驚きだぜ」
 客人は、まだ十代と思われる少女に、護衛とみられる大人が二人。少女は真っ直ぐに鶴丸国永の目を見ていた。人間のものとは思えない霊力を纏った少女。政府に匿われた姫。
「本当に俺達の姿が見えるとはな。大したもんだ。それで? 巫女だかイタコだか知らないが、此処に何の用だ?」
 審神者[さにわ]だ。
「審神者?」
 彼女は口を開かない。直接魂に語りかけてきた事にまた驚いて、鶴丸は聞き返す。少女は瞬いた。そういった生理的な動作が無ければ、人間だという事を忘れてしまいそうだ。
 歴史を守る為に、審神者の下で使役される気は無いか?
「……状況が飲み込めんな。『歴史を守る為』?」


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