第1章:西暦二二〇三年

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五月

 足利城主、長尾顕長の命で作刀されてから数百年。長船長義の写しである山姥切国広は、特に歴史上で日の目を見ることなく、何人かの手を渡り歩いた後、とある一家の所有物となっていた。刀が時代遅れの武器となってからも三百年余り。彼はその本歌の名声を借り、「国広の傑作」という肩書だけの価値を持つ、ただの置物と化していた。何十年かに一度マニア向けの展示会に引っ張り出される以外は、持ち主の家の金庫に保管されている。
 金庫の居心地も悪くない。他の付喪神も同居しているが、大半が殆どの時間寝ており、彼も例に漏れない。彼自身、写しにはこれくらいが丁度良いと思っていた。
 その日、山姥切はいつもと同じ様に金庫で寝ていた。写しには似つかわしくないと思っていたが、彼にも人型を取れる程度の霊力はあり、人間で言う所の夢のようなものも見る。その日は、戦場の夢を見ていた。此処は何処だ。柄を握るこの手は誰だ。戦いの夢を見るなんて珍しい。
 そんな事を思っていたら、強い霊力の気配に飛び起きた。金庫に居た他の付喪神達もざわつき、怯えて周りに集まってくる。尤も人型を取れるのは山姥切だけなので、その姿はぼんやりとしたエネルギーの塊としてしか感じ取れない。「様子を見てくる」と山姥切は同居人達を宥めて金庫を飛び出し、玄関に急いだ。
「一体何の騒ぎだ……?」
 人間に聴こえない事は承知の上で呟きつつ来客の方を見ると、数人の護衛に囲まれる様に立っていた彼女[・・]と目が合った。自分の姿が、見えている……?
「『時間遡行軍』を、倒す……俺達が?」
 同伴していた政府の役人が、困惑する持ち主に事情を説明し、山姥切は政府の能力者と二人きりで部屋に居た。本体も金庫から持ち出され、彼女の目の前に置かれている。
 能力者は、他にも様々な説明をした。付喪神を呼び覚ます力を持つ審神者を全国から募る事。「刀剣男士」として人間の真似事をさせられるかもしれない事。そもそも、時間遡行軍なる者が暗躍している事すら初耳だった山姥切は、持ち主と同じく困惑した。
 しかし、血が滾った、という言葉が最適だろうか。胸を踊らせなかったと言えば嘘になる。
 協力してくれるかという能力者の問いに、山姥切は首を縦に振っていた。刀本体や本霊の安全は、政府が万全の警備を置いて確保してくれるらしいし、持ち主も謝礼金の額に納得しているなら、自分が拒否して話を拗らせるメリットも無い。
 能力者は口調――その言葉は相変わらず口からは出ていないのだが――を緩めると、尋ねた。
 刀剣男士としての姿に、希望はあるか?
「通るのか? 希望が」
 刀剣男士、それは時間遡行軍と戦う為の肉体。付喪神の分霊と、その憑代となる刀身の写し、そしてそれを振るう為の傀儡。傀儡は遺伝子組換えやクローン技術で付喪神に似せて作るそうだ。それに比べれば服や拵えの量産など、おまけ程度の手間なのだろう。
「俺には一枚、大きな布をくれ。襤褸[ぼろ]で構わない。背丈をすっぽり、覆えるくらいの。他は適当にそちらで見繕ってくれ」
 ……承知した。
 能力者は更に、「初期刀」について説明し始めた。
 審神者が戦いに入る際、鍛刀――つまり顕現させた刀剣男士を、補助役として一振配下に付ける。初期刀は同時に審神者の管理を行う立場でもある為、特別な権限を与える。その代わり、幾つか行動を制限する決まり事もある。政府に逆らってはならない、審神者に害意や恋慕の情を向けてはならない、等。初期刀になる為の研修プログラムは準備してある。引き受けないか?
「俺がその初期刀とやらに……? 写しに務まる筈が……」
 寧ろ、初期刀としては審神者が扱いやすいよう、そこそこの霊格の付喪神の方が良い。他には、細川の歌仙兼定や、蜂須賀虎徹が既に承諾している。最終的には、五振程度の候補の中から、各審神者に好きな者を選ばせる予定だ。
「俺が、初期刀……。俺が選ばれるだろうか……」
 不安はあった。歌仙や蜂須賀は、家柄も刀工も立派な刀だ。比べられれば勝ち目は無い。
 それでも。山姥切の心は、もう決まっていた。
「……やろう。『初期刀』候補として登録してくれ」
 さっきまで見ていた夢。戦場の夢。山姥切の柄を握っていたのは、彼自身だ。

 骨喰藤四郎と宗三左文字は、共に地方の博物館で管理されていた。そこにまた、彼女が現れる。久々に戦場で舞える、と宗三は喜んで協力を約束したが、骨喰は首を縦に振らなかった。
「どうしたんです? 骨喰ともあろう者が」
 数百年前の大火事で焼身になり、切れ味に自信を失くしたか? しかし、それは宗三も同じ事。戦いに使うのは霊力で形成する写しだと言うし、何の心配があるのだろう?
 自身の本体の上で膝を抱えていた骨喰が、[ようよ]うと口を開く。
「……その計画には、他にどんな刀が、協力を約束している?」
 彼女は答えた。鶴丸国永、一期一振……すらすらと羅列される有名な刀の名。骨喰が何を憂慮しているのか、宗三は悟る。厚藤四郎、三日月宗近……そこまで言わせた所で骨喰は止めた。
「俺は協力しない。但し」
 能力者にしっかりと印象付ける為に、一拍置く。
「但し、何らかの形で刀剣間の諍いを回避できる仕組みが作られるなら、考えても良い」
 能力者はその理由を問う。どうして諍いが起こり得るのかを。
「考えてもみろ。俺達は戦の道具だ。かつて刃をかち合わせた者も居るだろう。理不尽な裏切りに遭い、慕う主を失った者も居るだろう。その様な者達が審神者の元で鉢合わせ、仲良く力を合わせられるとでも? ……それに、積極的に過去を改変したい輩も居る筈だ。政府の手先として過去へ飛び、誰一振[ひとり]としてその後裏切らないと、信じられるのか?」
 能力者は一つ目の問いへの返答には納得した。次の質問だ。では政府は、何をすれば良い?
 きっと最初に要求した時から、この手は考えてあったのだろう。骨喰は口を歪めた。
「そうだな……何らかの形で俺達の記憶の一部を封じ込める事ができれば、簡単だろう」


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