第6章:読めない心

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  • 1707字

 相変わらず人気の無い廊下を進むと、先に自然光が見えた。
「食堂だ。アルバートとよく此処で話した」
 開け放たれたままになっていた扉をくぐると、全面ガラス張りの壁の向こうで伸び放題の植物の隙間から太陽光が差し込んでいた。しかし、床には埃が元の色が判らなくなる程積もり、もう長らくだれも此処に立ち入っていない事を示している。
「………」
 俺が黙っていると、アイの方から尋ねてきた。
「何を話したのですか?」
 そこで俺も思い出す。
「そういや、ついでだ。俺が人間に見える事の種明かしにもなる」
 俺は近くに倒れていた椅子を引っ張り起こすと座った。長話になる。別に疲れたりはしないが、アルバートと話す時はいつもこうしていたから、この方が落ち着く。違和感を感じる事自体、普通のヒューマノイドは無いんだが。
 アイにも椅子に座る様に言うと、俺は昔話を始めた。

 俺達は開発室での動作確認が終わると、受け答えプログラムの安定性を見たり、新しい受け答えパターンを学習する為に、実際に人間社会の中に放り込まれた。具体的には研究所内を自由に動き回る様に言われた。
 そこでたまたま声を掛けてきたのがアルバートだった。
「おっ、君、宇宙開発課のだね?」
 アルバートは当時二十代後半の、駆け出しの研究者だった。
「そうです。貴方は?」
 当時の俺はただのヒューマノイドだったから、プログラムされた通りの答え方をした。
「アルバート・トランケル。アインシュタインにあやかって名付けられたんだ、バートって呼んでくれ。企画開発課で感情プログラムに携わってる。君の事は何て呼べばいいんだい?」
 細身で色白で、内気そうな外見とは裏腹にアルバートは饒舌な奴だった。
「グループ内ではフォーティーシックスと呼ばれています」
 そう言って俺は左手の甲を見せた。
「46号機か…うちの課にも46号はいるからなぁ…なんか他のいい呼び名はないかな」
「いつも46です。他の呼び方は必要ですか?」
 まだ学習パターンが少なかった俺は、今思えば大分けったいな返し方をした。バートはクククと笑う。
Always 46[いつも46です]、ね。じゃあ、Always[オールウェイズ]を略して『Al[アル]』って呼ぶ事にするよ」
 その後もケラケラと一人で笑っていたが、当時の俺には一体何が面白いのか皆目解らなかった。
 それから、俺とバートは顔を合わせる度に二言三言世間話をするようになった。それはやがて長話になり、最終的にこの食堂でバートの昼食や一服に付き合うのが俺の日課となった。
 色々な事をバートに聞いた。マニアックな輩しか知らない豆知識や、大学の後輩で日本からの留学生の恋人が居るという個人的な事まで。
 ある時、バートの方が質問した。
「お前にはセンサーが付いてるから、ロボットか人間か、遠目で見ただけでも判るんだろ?」
 この頃、先進国では少子化の影響もあり、ヒューマノイドの数は人間の人口と大差なくなっていた。買い物の時に荷物持ちの為に男性型家政婦ロボットを連れて歩く女性も多く、傍から見れば恋人同士なのかどうなのか分からない事も少なくない。
「ええ。でも、人間だって近付けば区別が付くでしょう?」
 否定せず、肯定しすぎず。人間を苛立たせないよう精巧にプログラムされた返答をする。
 だがバートは面白くなさそうに頬杖を突いて俺を見ていた。
「…熱センサーでの単純な区別か…」
「そうです。人間と違ってヒューマノイドは機種によって熱を持つ箇所が違います」
 ロボット工学者のバートには必要の無い説明だったが、問題はそこではなかったようだ。
「他にも区別する方法はある。例えば、『心』を持っているかどうか」
「確かに、人間の受け答えパターンは複雑で理解出来ませんね」
 今この時もバートは俺の予想とは少しズレた反応をしていた。
「その複雑さを少しでも覚える為に色んな人間と話すように言われてんだろ。俺みたいな変人を含めて」
「ええ…」
 バートの意図が読めない。食事を終えたバートは食器を片付けロボットに託し、立ち上がる。俺はもう暫く彼と会話するつもりでお伴した。
「…なあ」
 彼の部屋に向かう道すがら、バートはこう訊いた。
「手っ取り早く人間と同じ会話が出来るようになりたくないか?」

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