第1章:転校生

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  • 3131字

「えー皆もう気付いてると思うが、最後の一年間、一緒に過ごす仲間が増えた」
 始業式の後のホームルーム。頭がそろそろ寂しくなってきた中年の担任が教室の真ん中辺りの席に座っていた私を呼んだ。
「はい、名前書いて」
 言って優しくチョークを差し出す。私はそれを受け取ると、少し背伸びして、黒板の上の方から自分の名前を縦書きした。

館山 亜璃子

「たてやま、ありす、です」
 私は書き終わるとチョークを置いて振り返った。伝統的な紺色のセーラーと、詰襟の学生服を着た、三年三組の二十九人の生徒が私を見詰める。
「アリコじゃなくってアリスです! 関東のド田舎から来ました。卒業まであと一年だけだけど、よろしくお願いします! あ、関西弁とか、良かったら教えてくれると嬉しいです。折角大阪に来たんだし」
 私の掴みは成功した様だった。わざとらしくない拍手と控えめな笑顔で迎えられた私が席に戻ると、新学期恒例、全員の自己紹介が流れで始まった。
「井筒三文[みあや]です。軽音部でギター弾いてます………」
 どうせあと一年。そうは言っても、一年間、ぼっちになりたい訳じゃない。高校三年生ともなれば、既にある程度のグループが出来ているだろうが、適当な所に入れて貰って、とりあえず、イベント事等その中で薄く微笑んで過ごせれば良い。その為には、少しは真剣に、同級生の顔と名前を覚えなければ。
(めんどくさい事になったなあ…)
 家庭の事情とはいえ、十七年間過ごした故郷を離れるのは、不本意だった。友達は皆、「都会に引っ越せて良いなー」とか言っていたけど、やっぱり都会[ここ]は、空気が汚い。
 私はさっき自己紹介したので飛ばされた。私の後ろに座っていた女子が立ち上がる。
「…中原今日子です。帰宅部です。よろしく」
 余りにも簡潔だったので、前を向いて聴いていた私は思わず振り返った。低い声で気だるそうに話しそうな根暗な女子なんて、さっき教壇に立った時は居ないと思ったけど。
 後ろには、長い髪をポニーテールにした、背が高くて男前な雰囲気の生徒が座っていた。ちょうど座ったばかりの彼女と目が合う。
「ん? どうかした?」
「あ、や、なんでも…」
 ハスキーな声は確かに彼女の物だったが、必要以上に暗い子だという印象は受けなかった。あれか、所謂クールキャラ。
 私が転校してきた高校は私立の進学校で、少人数指導を売りにしているから、一クラスは公立よりも少ない三十人。以前退学者が出て、人数が足りていないクラスに私が入れられて、丁度三十人に戻ったという訳だ。やや短めの自己紹介タイムが終わり、手紙の配布やら事務連絡やらを担任がささっと済ますと、今日は解散となった。
「なあなあ」
 私が席を立って数歩も行かない内に、出席番号が前の方の、ショートカットの女子が慣れ慣れしく声を掛けてきた。
「館山さん、家どっち方面? 環状線?」
「うん。西九条の方」
「ほんまにぃ。うちらもやから一緒に帰らへん?」
 そう言って彼女は、こっそり一人で教室を出ようとしていた中原さんの腕をガシッと掴んで言った。中原さんは小さく溜息を吐く。
 私が断る理由は特に無かった。

「あ、うち、さっきも自己紹介したけど神前[かんざき]玉緒な。玉緒でええよ。こっちは幼馴染みの」
「中原今日子」
「まあ今日子でもキョーでも好きに呼んだって」
「う、うん…」
 玉緒はマシンガントークの様だった。それとも関西の人って皆こうなのだろうか…いや、中原さんの様に無口な人も居るから、多分玉緒だけだろう。
「館山さんは何て呼んだら良い? アリスって名前可愛いなあ。アリスちゃんで良い? それとも前の学校で何か呼び名あった?」
 私が首を振ると、玉緒は笑顔で決めた。
「じゃあアリスちゃんな! ほんま羨ましいわー、うちの名前古臭くて嫌やねん。アリスちゃんみたいに外国風の名前が良かったな~」
「玉緒、少しは館山さんに喋らせたれ」
 玉緒が一人で盛り上がっている内に、既に駅前である。元々、学校が駅前に建っているからだが。
「ごめんな、この子五月蝿いやろ」
「いや、そんな事無いです。楽しいですよ」
「何で敬語なん?」
「………」
 特に理由は無い。彼女が大人びているからだろうか。初対面だからだろうか。タメ口が使い辛かった。
 しかし、中原さんは特に気にした様子も無く、私の返答を待たずに新しい定期を改札口に入れた。
「館山さんは部活何してたん?」
 午前終わりの今日は、大阪環状線は空いている。それでも、三人一緒に座れる場所を見付けるのは難しそうだったから、私達はドアの近くに陣取ると、玉緒がまた話し始めた。
「………」
 私は正直に言おうか言わまいか少し悩んだが、この二人なら、きっと嘲笑したりしないだろう。そんな気がして言ってみた。
「部活、じゃなくて、同好会なんだけど、心霊同好会」
「心霊同好会?」
 意外にも、先に反応したのは中原さんの方だった。やっぱり、気持ち悪いと思われただろうか。それとも、彼女は非現実的な事が嫌いなのか。
 しかし中原さんは「しまった」という様な顔をして口元を押さえると、興味が無い振りをして窓の外へ顔を向けた。玉緒は逆に目をキラキラさせている。
「そうなん!? 実はうちもそういう話大好きやねん! な?」
 玉緒が中原さんに同意を求め、中原さんは頷いたが何も言わない。玉緒は気にする事無く続けた。こういう人達なんだろうと自分も納得する。
「嬉しいわあ、うちら話合いそうやん。ええ話教えたるわ。『サイコ』の話」
「何それ?」
 玉緒の人懐っこい喋り方に随分打ち解けて来ていた私は、自分の興味のある話題に食い付いた。
「サイコってのは…昔、うちの学校に来た、三十一人目の転校生の話や…」
 玉緒が両手をだらんと下げて、幽霊の真似をしながらおどろおどろしく語り始めた。
「漢字の方は諸説あってな、三十一人目やから三・一・子って書いてサイコとも、災難を呼んだから災いって書いてサイコとも言われるわ」
「災難って…何があったの…?」
 私は息を飲んで続きを促す。
「それはなあ…サイコは転校してきたけど虐められとったらしい。そんで自殺しよってんけど、その後変な事続きでなあ…最初は虐めっ子に災難があったんや。事故に遭うとか病気するとか…でもこの十年くらいは…」
 玉緒が一旦言葉を切った。
「転校してきて、クラスで仲良うやってる転校生が、災難によう遭ってるんやって」
「たーまーおー」
「いちっ」
 中原さんが玉緒を小突いた。
「館山さん怖がらしてどないすんねん。あの学校は大丈夫やて、うちが言うてるやろ」
 此処でまた中原さんがハッとした様に口に手を当て、再び黙って外を見る。
「…怖くなんかないですよ」
 私はついそう言ってしまっていた。二人が私を振り返る。
「じゃあ私をそのサイコが狙ってくるかもしれないんですよね。面白いです。逆に調べてやります」
「…別に止めないけど…」
 中原さんが此処で車内アナウンスに顔を上げた。もう降りるらしい。
「気を付けなよ」
 電車を降りた二人に手を振り、私はもう一方の、ドア横の手摺を掴んだ手を握り締める。
(中原さんは何か隠してる。玉緒ちゃんはそれを知ってる)
 転校生を襲うという霊・サイコ。「心霊」と言う言葉に過敏に反応した中原さんは、どうしてオカルト好きの玉緒と一緒に居て、その話を自らしないのだろう。そして、『大丈夫やて、うちが言うてるやろ』…。
 多分彼女には見えるのだ。だが、彼女は自分に見える物を信じたくないか、見えるという事を周囲に知られたくないのだろう。インチキ霊能者は目立ちたがり、見えるという事を言い触らす。そうしない彼女はおそらく本物だ。
(来なさいよサイコ。あんたの力も中原さんの力も、全部私が解明してやる!)

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