第4章:逃亡者

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  • 3286字

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初登場ドランクが理想の最強ミステリアスお兄さんムーブしてたり。
霧の島の話までは入っています。


「あのさ」
「ん?」
 私は切りの良い所で玉緒ちゃんに切り出した。名簿を見ていた玉緒ちゃんが顔を上げる。
「今日子ちゃんも、オカルト好きなの?」
「好きではないと思うなあ」
 玉緒ちゃんは机に肘を付いて答えた。
「でも、興味は持ってそうだよね」
「うーんそら、そうやろうけど…」
 どう答えるべきか悩んでいる風だった。思い切って、私は訊いてみる。
「もしかして、今日子ちゃんって『見える』人?」
「そう言うアリスちゃんもええ勘してんな」
 どうやら当たりだったらしい。
「へえ、凄い! 何でだろ、見える人と見えない人の違いってさ」
「うーん、良く解らんけど、その話はうちが勝手に出来る事とちゃうわ」
 目を輝かせて探ろうとしたが、玉緒ちゃんは見た目程口が軽くは無かった。この後私が何を言っても「そんなに知りたかったらキョーに直接訊き」の一点張りだった。
「逆になんでそんな興味あるん? アリスちゃんは」
「それは…」
 今度は私がどう答えるべきか悩む番だった。別に、隠す必要は無い。だが、私の生まれ故郷で起こったあの忌々しい事件を、思い出して説明する気にはなれなかった。
 「親の転勤」を口実に、その渦中から一人逃げ出して来た事も。
 引っ越しは仕方が無かった。だから、せめて私はこの世界の不思議を解き明かしたい。
「ん、終わりやわ」
 私が口を噤んでいる間に、玉緒ちゃんは名簿をチェックし終わった。先に名簿を軽音部に返しに行き、廊下を歩きながらメモしたノートを二人で見返す。
「結局、『サイコ』って読めそうな人で既に亡くなってる人、四人しかおらんかったな」
 女の人は結婚して名字が変わった後亡くなった場合は、旧姓が併記されて判別できる。サイコは在学中に死んだんだから、旧姓の併記は無い筈だ。そうして候補を削った結果、四人しか残らなかった。
「昔の卒業生男の人ばっかりだったもんね」
「なんか男子校やったらしいわ。死んでる人も、いつ死んだか書いてないからようわからんし」
「でも三人はもう四十年以上前に卒業してるよね。一番新しい人は、二十年くらい前だけど」
 私はその人の名前を指差して玉緒に示した。

五十嵐 彩子

「思ったんだけど、在学中に亡くなったんなら、卒業名簿に名前って載るのかな?」
「あ、確かに…でも、退学とちゃうし、学校側も載せたる情くらいあるんちゃう?」
 此処で玉緒ちゃんが顔を上げて前を見た。私達は校舎の北館と南館を結ぶ、四階の渡り廊下に来ていた。
 廊下の中ほど、丁度窓と窓の間、美術部の生徒の作品が飾ってある壁の前で、中原さんが男の子に肩を支えられて立っていた。

「サクが手こずる相手って何やねん」
 私は入学したばかりの学校の校舎を、夜中にサクと二人で歩いていた。
 サクは中学生の時、この依頼を受けた。入学試験、入学金、授業料、全て免除するから、学校に棲みつく「何か」を退治してくれと…。元々私立の進学校を志望していたサクは当然、その話に飛び付いた。
 サクには自信があった。その当時、既にかなりの実績があったし、今回も単なる地縛霊だと思っていたのだ。被害の内容も、学校側の説明がはっきりしないし、どうせ、霊の本体の力は弱くて、実際に霊が起こした事件に尾ひれがついて大きな噂になっているんだろう、と。
 だが実際には逆だった。
 サクが入学してから見た物は、当時回っていた噂よりも悲惨だったらしい。霊の力が強すぎて、起こる不可解な出来事に人々が気付けない程度なのだ。
 例えば、誰も居ない筈の教室で、棚から物が落ちるとする。それは普通なら絶対落ちない様に置かれていた物で、たまたま廊下からその落ちる様子を生徒が見ていたとする。通常なら気味悪がるだろう。だが、生徒はそれを、まるで風に吹かれてタンポポの種が舞い上がったのを見た様な、何の違和感も感じていない目で見ているのだ。
 つまり、この学校に居る霊は、生きている人間の意識に介入できる位には力を持っているという事だった。
 その事に気付いたサクは、自分一人ではどうにもできない事を悟った。そして学校側にこう要求した。
「僕一人では手に負えません。母は除霊は普段やりませんから、叔父の力を借りようと思います。それか」
 季節は既に冬になっていた。サクはこの学校に満ちている禍々しい空気に毒され、目に見えてやつれていた。
「妹の授業料も免除して、この学校に入学させて下さい。二人ならどうにかなると思います。叔父を呼ぶよりは安上がりだと思いますが、どうでしょう」
 この提案をたった一人で以前の校長に申し出た所は、今は単身赴任で居ないが、やり手の営業マンの父の血を感じる。
「さあ…本当に幽霊かどうかも、怪しくなってきたな…」
 サクは怖がりの私の手を握って歩を進めていた。サクと私は、この仕事の為に夜まで学校に残る事を許可されていた。
「幽霊ちゃうって何それ!」
「大丈夫や、二人なら多分」
 サクが私を見て微笑んだ。随分頬がこけて病人の様になったサクが、どうして此処まで自信を持って言えるのか不思議だったが、その笑顔に私は励まされた。
「キョーコちゃん、此処におってな」
 そして、サクは私を、四階の渡り廊下の真ん中に置き去りにした。
「俺、他のが入って来んように、鬼門閉じて来るわ」
 そう言ってサクは私の手を離すと、北館の方に歩き出した。私はその言葉で全てを理解した。
「ごめんなキョーコちゃん」
 「他のが入って来んように」…つまり、この場所に出る、または、既にこの場所に居る、のだ。
「サク…」
 サクが握っていた手に、何か紙が握らされていた。囮だった。霊はこの紙を狙って現れる。
 サクは初めから私を餌にするつもりでいたのだ。
「サク…!」
 掠れた叫びは闇に吸い込まれた。サクは霊に感付かれない様に自分の気配も消している。月明かりも届かない校舎の暗闇に身を隠した彼がそこに居る事を、確認する術等無かった。
 とは言え、自分も素人では無い。恐怖で震える体を奮い立たせて、襲ってくるだろう霊を待ち構えていた。
 無限に長い時間が流れた気がした。突然、空気が重たくなった。嫌な予感がする。
 冷や汗が目に入り、私は瞬きをした。目を開けた途端驚愕した。
 長い髪をお下げにした女子生徒が、自分の目の前、美術部の生徒の作品の前に佇んでいた。
「貴女が新しい『サイコ』?」
 少女が発した言葉の意味を噛み締める余裕も無く、私の中に彼女の記憶が流れ込んで来た。

 私…いや、サイコは、廊下を走っていた。私がさっきまで震えて立っていた、あの四階の渡り廊下へと曲がる角が先に見える。
(怖い…!)
 サイコは何かに追い駆けられていた。振り返る事は一度も…少なくとも私に流れ込んできた記憶の中では一度も無かった。しかし、彼女の思念から、背後から闇色の眼をした誰かが迫っている事は解っていた。
 いや、何か、だろうか。ただの人間やその魂にしては霊力が強すぎる。もしかしたら霊力、と便宜上私達が呼んでいる力とは別種の未知の力かもしれない。サイコから流れて来る恐怖心だけでなく、憑依されながらも私は自分自身もその追う者から恐怖を感じていた。
(…夜?)
 憑依されている状態で自分の思考を働かせるのは容易ではないが、伊達に小さい頃から訓練を積んではいない。私は周囲が異様に暗い事に気が付いた。視界はサイコが、決して速いとは言えない速度で走るにつれて移動するが、横を通り過ぎていく教室にも、誰かが居る気配はしない。
 何故サイコが夜の校舎に取り残され、何者かに追われているのか理由は解らなかった。そうしている内にサイコは例の渡り廊下に差し掛かった。
(逃げられないよ…)
 その時、既に恐怖と走っている所為で激しく鳴っていたサイコの心臓が、一回だけ、尋常でない程跳ね上がった。後ろから迫る人物に肩を掴まれたのだ。その時、彼女は美術部の生徒が描いた大きな油絵の前を走り過ぎようとしていた。
(逃げなきゃ!)
 次の瞬間、サイコの視界は学校の中庭の石畳を捉えていた。驚いて首を振ると、渡り廊下の中から闇色の瞳をした人物が此方を見て何か叫んだ。
 そして、サイコは死んだ。

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