遮るもの

  • G
  • 1972字

「やあ、調子はどうだい?」
「まあまあです、先生」
 フェリックスは通された診察室に座っていた、口髭を蓄えた中年の医者に笑いかけた。
「ん、その頭の傷は?」
 医師がフェリックスの眼を診ようとして、直りかかった額の傷に気が付く。
「ちょっと…」
 先日マクドネルと喧嘩した時の傷だが、彼に言う事は出来なかった。何故なら、
「マクドネル先生、北の森区のおばあちゃんからお電話です」
「ん、すまんなフェリックス君、直ぐ戻るから待っててくれ」
彼はキャメロン・マクドネルの父親なのだから。
 フェリックスはタイミング良く電話がかかって来てホッとした。キャメロンはあれでも、両親にとっては期待の一人息子なのだ。不良とばかりつるんで、結構ないじめっ子だが、一応この病院の後を継ぐ為に医者を目指しているし、成績も学年で三本の指には入る。
 フェリックスは小さい時からマクドネル医師に診てもらっているが、キャメロン自身との関係が出来たのは中学で同じ学校になってからだ。キャメロンは家が開業医だし、成績優秀だし、どちらかと言えば女子にはモテるタイプで、小学校の時は自分がちやほやされて当然の暮らしを送っていたらしい。
 だが、フェリックスという強敵が現れると、かなり一方的に彼の事を敵対視し憎み始めた。フェリックスも露骨に嫌われ、嫌がらせをされて黙っている様な性質ではない。以来、犬猿の仲、というやつである。
「いやあすまんすまん。お待たせ」
 数分後、マクドネル医師は戻って来ると診察を再開した。
「そういえばキャメロンが言っていた。主席奪還だって?」
「ええ、まあ…」
「おめでとう。君の御蔭でキャメロンが一番を取れなくて悔しいよ」
 そう言いながら医師は満面の笑みなので、特にキャメロンに一番を取ってほしいという強い期待を持っている訳ではない事が解る。単に、キャメロン自身が負けず嫌いなだけなのだ。
「ありがとうございます」
 診察を終え、カルテを書きながら医師は言った。
「まあ、いつも言っている通り良くはならんね。サングラスはちゃんとかけているのかい?」
 フェリックスはギクッと思いながら苦笑する。
「かけなさいよ。日焼け止めはちゃんと塗っているみたいだけど、君は目にも色素が無いんだ。今だってちゃんと物が良く見えないのに、もっともっと悪くなるぞ」
「日傘は差してます。体育も全部教室で自習してますし…」
「それじゃ不十分だね。部屋の中でもかけていたって良いくらいだ。ま、とにかく、自分の体なんだから大事にしなさい」
 そう言われて病院を後にすると、丁度帰って来たキャメロンと擦れ違った。仲が良くない二人は互いに目を合わせないようにしながら、互いの自宅へと歩を進めた。

(サングラスなあ…かけたら不審者に見られるしなあ…)
 翌日の体育の時間。校庭で皆がキャッキャ言いながら球技をしている声を遠くに聴きながら、フェリックスは窓際の自分の席で自習していた。
(はー…いっその事どっかの吸血鬼のお化けみたいに夜行性になりたい…)
 終業のチャイムが鳴った。フェリックスはいつの間にか窓の方に顔を向けたまま寝息を立てていた。
 一番最初に着替えを終えて戻って来たのは、マクドネルだった。
(…って、自習中に居眠りしてんじゃねーよこいつ)
 体操着の入った袋で殴ってやろうかと思ったが、その後すぐにブルーナとハンナが教室に入って来たのでやめて自分の席に着く。
(…今日はほんとに眩しいな)
 マクドネルはブルーナが自分の…彼のすぐ後ろの席に着いた瞬間にパッと立ち上がった。ブルーナが、自分が避けられたのではないかと思ったのか、少し傷付いた風な顔をする。
 マクドネルは彼女に誤解されて苦虫を噛み潰した様な顔をしたが、それが更にブルーナを傷付けた様だ。フェリックスを起こそうとするブルーナを見て、マクドネルはイライラしながら教室のカーテンを閉め始めた。
「どけよ」
 カーテンを閉めるマクドネルに言われてブルーナが委縮する。なんとか、フェリックスが目を開ける前にカーテンを閉めてやる事が出来た。

「マクドネル君ってさ、私達の事ほんとに嫌いだよね」
 帰り道、ブルーナが言うので、フェリックスがそう思う理由を尋ねた。
「だって、襲ってくるし、今日だって私がフェリックスと話そうとしたらカーテン閉めて邪魔してくるし」
 フェリックスは「ああ」と納得した。
「襲ってきたのはともかく…カーテン閉めは邪魔したんじゃないよ、多分」
「どういう事?」
 フェリックスはブルーナに微笑んだ。
「あいつ俺のカーテン閉め係だから。中学の時から」
 根は良い奴なんだよ、とフェリックスは恋のライバルの肩を持ってやった。そう、彼は決してフェリックスの身体的欠陥を悪く言ったり、その弱点を突く様な嫌がらせは決してしなかった。
「あいつ将来良い医者になるよ。あいつの父親みたいな」

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