第4章:開かれる門

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  • 4256字

「ヴィクトー出掛けるん?」
 ヴィクトーが北門で出国手続き用の書類を要求すると、担当のトレイシーが尋ねた。
「ちょいとコリンズまで旧友を訪ねに。悪いけど明日の俺の担当時間頼む」
 その言葉に義叔父[おじ]は口を尖らせる。
「三連休に仕事入ってるってだけで機嫌が悪いのに、更に私から子供と触れ合う時間を奪うのですかー?」
「だから悪いっつってんじゃん。来週末の俺の休みやるからさ」
 そう言うとトレイシーも渋々納得する。
「何人分?」
「四人」
 トレイシーは一式揃えて窓口から差し出すと、ヴィクトーに微笑みかけた。
「やっと行く気になったんだな」
 ヴィクトーは黙って書類を受け取ると、皆に配って自分は職場である入出国管理所の中へ。更衣室のロッカーを開けると、ハンガーに掛かった制服の下に、取っ手の付いた細長い箱が立てかけてあった。取っ手には、小さな巾着が結び付けられている。
 ヴィクトーはそれを出すとロッカーを閉め、壁に取り付けられた姿見の前へ。
 箱の中には二本の刀が入っていた。一本は腰の辺りにほぼ水平に、もう一方は背中に斜めに紐で括り着けた。
 空箱を手に急いで戻ると、書類を書き終えた三人からそれらを受け取ったトレイシーが目を丸くしていた。
「え、ルークリシャも行くの?」
 今頃気付いたらしく、車の後部座席に座る人物を確かめようと眼鏡をかけ直す。
「こいつの馬鹿親父のご意向だ」
 ヴィクトーは仕事でほぼ毎日見て暗記してしまった書類の項目を素早く埋めると、箱を車のトランクに入れて自身も乗り込んだ。
「叔父さん行ってきまーす」
 ルークリシャは明るく手を振る。頭の中はこれから見る国の外の景色の想像で一杯なのだ。
 出国許可が下り、彼等の前で城門が国の外側に向かって開いた。
「襲われない様に気を付けてなー」
 トレイシーが叫ぶ声を尻目に、ヴィクトー達の車は鬱蒼とした山道へと進み始めた。

「木ばーっかり」
 ルークリシャが、窓の外を眺めながら感嘆したのかがっかりしたのか判らない口調で言った。彼女の表情からどちらの意味で言ったのか知ろうと、バックミラーを見る為視線を横にずらしたヴィクトーは、危険因子を発見する。
「フェリックス、あんま窓から顔出すな」
「ああ、ごめん」
 外の風や匂いを感じようとしていたら、いつの間にか車外に飛び出していた。車には乗り慣れていないので、つい、窓から身を乗り出す事の危険性を忘れてしまう。
 ヴィクトーも窓を開けていた。暑いからというのもあるが、賊が襲ってきたら撃ち返せる様にだった。しかしその窓から入って来る風がルークリシャの髪を舞わせて鬱陶しいらしく、後ろから不満の声が上がる。
「我慢しろ」
 妹の事は軽くあしらい、ヴィクトーはフェリックスに話し掛ける。
「ティムの目的は何だと思う?」
 フェリックスは肩を竦めた。
「さあ。コリンズに引っ越してからは、俺も交流無かったから、さっぱり」
 怪訝に思うのには理由がある。何故このタイミングに、突然、という事だ。誕生パーティーなんて、今まで一度も呼ばれた事が無い。それに、話したい事とは?
「ま、想像するだけじゃ埒が明かないし、とりあえず何も考えずに行こうよ」
 フェリックスはこの話題を切り上げるとルークリシャに振り向く。
「ルークリシャちゃんは高校とかもう考えてるの?」
 ルークリシャは三十を越えても今なお若々しく美しいフェリックスに、一瞬ドキッとしてから答える。
「学校はまだ決めてないんですけど、医師になろうと思ってます」
「フェリックスと同じね」
 隣からブルーナが言った。
「おう、そうだ、勉強教えてもらえよ。フェリックスもブルーナも秀才だぞ。俺より教えるの上手い筈」
 ヴィクトーの褒め言葉にフェリックスが苦笑する。
「しっかし医者かよ」
 ヴィクトーも苦笑いだ。
「あれ、初耳だったの?」
「こいつは自分の話はしないタイプだからな。いっつも学校や友達の話ばっかりだ」
 フェリックスはニヤニヤしながらヴィクトーを見た。
(相変わらず仲良さそうだね)
 ヴィクトーはそれを気持ち悪がる。
「何だよ」
「…いや、あんたは病院嫌いだもんなと思って」
「どういう事?」
 ルークリシャがやや不安そうな顔をして身を乗り出す。
「入院中に『まだ歩き回るな』って言ってんのに隙あらば部屋を抜け出してたからね」
「あー、挙句の果てに患者が言う事聞かなかったら痛み止め減らしたり睡眠薬入れたりして無理矢理ベッドに縛り付けるような医者が居たからな。そりゃ嫌いになるわ」
 ヴィクトーはフェリックスを横目で睨む。ルークリシャは声を出して笑った。
「お兄ちゃんそんな事してたの?」
 そして尋ねる。
「いつの話?」
 その問いにフェリックスとブルーナが何かを悟った様にヴィクトーを見た。ヴィクトーは視線で二人に合図してから答える。
「十五年前」
 それで二人は理解したのか、ルークリシャが次の質問をする前に話題を逸らしてくれた。
「ルークリシャちゃんはどうしてお医者さんになりたいの?」
「それは…」
 ブルーナと彼女が二人の会話に入った事を確認し、ヴィクトーは運転に集中した。
(協力感謝)
 心の中でそう呟く。それからの道中、ルークリシャの相手は二人に任せて、ヴィクトーは一切口を開かなかった。

 コリンズの城壁が見えてくると、気付いたルークリシャが感嘆の声を上げた。
「すごい! 外国だ!」
 一方、ヴィクトーの鼓動は速まるばかりだった。
 ヴィクトーは二十年前に自分に下されたであろう罪状と判決を知らない。王族の誘拐は、一般的な国であれば軽くても終身刑か国外追放、重ければ死刑に相当する事もある重罪だ。コリンズの入国審査時に身元が判明し次第、即時射殺される可能性もゼロではない。
 それに、ルークリシャが、自分が父の左腕の敵であるラザフォードの血を引いていると知ったら…。
「手続き方法とか聞いてくるから、車で待ってろ」
 かといって身分を偽る方法も、正規の手続きを踏まずに入国する方法も思い付かないし、思い付いても実行すればそれこそ犯罪だ。ヴィクトーは城門前に車を停めると、何も知らない三人にそう言って車を降りた。フェリックス達も、自国で門番を務める彼が代表した方がスムーズにいくだろうとその指示に従った。
 だが事態はそうならなかった。
「失礼ですが、改姓された事はありませんか? 差し支え無ければ旧姓をお尋ねしたいのですが」
 一先ず名乗って入国できるかどうか尋ねたヴィクトーの顔と、導入されたばかりのコンピューターの画面を見比べていた入出国管理官の女性が尋ねた。苗字は変わっているものの、データベースに入力された容姿の特徴等の情報から、ヴィクトーが二十年前、王女を誘拐しかけた少年の可能性があると思ったのだろう。
 此処で嘘を付く事も出来る。だが、そうやって虚偽の情報で入国審査を通過するのは犯罪だし、見抜けず通過させてしまった管理官の責任にもなる。ウィリアムズでは逆の立場で人を審査するヴィクトーは、そういった不正はしたくなかった。一度、ゆっくりと息を吸ってから答える。
「ラザフォードです」
 言った途端、目の前の管理官が立ち上がり、窓口の向こう側から拳銃を向けた。それを見た周りの衛兵達も、素早くヴィクトーを取り囲む。
「お兄ちゃん!?」
 ルークリシャは仰天して車外に飛び出そうとしたが、車の方も銃器を持った兵士達に囲まれ、怖気づいてシートに座り直した。南西門の周囲に、女性管理官の声が響く。
「貴方は二十二年前の王女誘拐未遂事件の実行犯として永久国外追放者リストに載せられています。また、私達はラザフォードの人間は命令に従わなければ射殺して良いという指示を受けています。まずは武器を下ろしてください」
 とりあえず話を聴いてくれるだけの寛大さはあるらしい。ヴィクトーは一先ず射殺されずに済んでホッとしながら、背中に背負った刀の紐を解く。刀が地面に落ちた音と、管理官の次の質問が重なった。
「コリンズに戻って来た理由は何ですか?」
 この間、開け放たれた車の窓から、外の会話はルークリシャに筒抜けだった。彼女が混乱する一方、大人二人は落ち着いている。
「この国じゃ前科持ちだったのか」
「こういう事なら予めルークリシャちゃんに説明しておいた方が良かったと思うんだけど…」
 自分の名前が出てきてルークリシャはブルーナを見た。ブルーナは彼女を落ち着かせる為に微笑んで、手を握って傍へと引き寄せる。
「大丈夫よ。貴女のお義兄さんは本当に悪い人じゃないから」
「招待されたんですよ」
 ヴィクトーはシャツの胸ポケットから、小さく折り畳んだ招待状と、ウィリアムズ国の身分証を取り出し、管理官の銃口の下に突き付けた。
「あと、車の方は銃を下げてくれませんか。関係無い子供が怖がってるんで」
 車内のフェリックスが両手を上げて害意の無い事を示すと、包囲は解かれなかったが兵士達は銃を構えるのを止めた。
 管理官は差し出されたそれを受け取ると、まずは身分証を一瞥して呟く。
「フィッツジェラルド中佐…」
 何故ラザフォードの人間がウィリアムズの軍人に? と言いたげな表情で、今度は一度銃を下ろして手紙を開く。この間、ヴィクトーの背中側はまだ他の衛兵が狙いを定めていた。
「一体誰に…」
 その時、管理所の電話が鳴った。中で詰めていた別の職員が慌ててそれを取る。
「はいこちら南西門……え、本気ですか? …はい、はい…解りました…」
 電話に気を取られて手を止めていた管理官の元に、その職員が受話器を電話ごと抱えてやってくる。
「たった今、ヴィクトー・レナード・ラザフォードの刑は女王様の恩赦により取り消されたそうです。皆さん、銃を下ろしてください」
 言われた管理官が信じられないと行った顔で手元のコンピューターを操作し、画面を更新した。先程まで国外追放と書かれていた刑の内容の所に、今は恩赦という文字が記されている。
「電話は誰から?」
 管理官の問いに、職員はヴィクトーに受話器を渡しながら答えた。
「ティモシー王婿[おうせい]様からです」
「ようティム」
 ヴィクトーは引き攣った笑みを浮かべながら電話に出た。
「ったく、仕事がおせーよ。殺されるかと思ったじゃねえか」
 受話器の向こうから、あの懐かしく堅苦しい口調が返ってくる。
「すまない。此方も少し立て込んでいてな。入ったら城まで来てくれ。国の中心だ、入れば直ぐに分かる」
「へいへい」
 受話器を職員に返すとヴィクトーは再度確認した。
「で、えっと、入国手続きってどうするんです?」

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