第4章:防波堤のある浜辺

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  • 1484字

 比較的近くを大きめのフェリーが通る所だった。トレンズからの旅人や商人や輸入品を運んで来た船だ。
「大きい波が来るよ。皆で波乗りだ」
 遠くでアレックスが言うのが聞こえた。
 子供達の無邪気な姿でも見て癒されようかと振り返った所でヴィクトーは異変に気付いた。
 ルークリシャが居ない。
(潜水艦ごっこでもしてるんだ…きっと…)
 嫌な予感を精一杯否定するが、鼓動は速くなる一方だ。アレックスは下の三人の監視に付きっ切りで、まだルークリシャが居なくなった事に気付いていない。
 ヴィクトーがルークリシャの泳いでいた辺りを見ていると、それよりも少し沖の方に彼女の頭が現れた。何か様子が変だ。息継ぎをする間も無く、先程のフェリーが起こした波が彼女を再び海に沈める。
「ルークリシャ!」
 ヴィクトーは叫ぶと何も考えずに海に飛び込んだ。飛び込み自体は悪くないのだが、問題はこの後である。波がある上に彼は着衣だ。シャツ一枚でも泳ぎの下手な人間にはかなり邪魔である。
「先輩!? 何? どうしたの?」
 岸辺からアレックスが問いかけてくるが、水面から自分の顔を出しているのがやっと、時々しか現れないルークリシャの頭を見失わない様にするのがやっとのヴィクトーに叫び返す余裕は無かった。
(ルークリシャ…!)
 ヴィクトーはなんとかルークリシャの側まで泳ぐと、潜水して足の指を引っ張っている彼女の手首を掴んだ。攣っただけらしいが、既にヴィクトーの背でも足が届かない程沖に出ている。
(防波堤より外に出たら流される…)
 そう思って彼女の体を右腕に抱え、左手と両足を使って岸に進もうとするが上手く行かない。
 アレックスがまだ何か叫んでいる。ヴィクトーが息継ぎをしようとした時、ルークリシャも苦しくなったのか、ヴィクトーを浮輪代わりにして顔を上げた。
(げっ)
 そのおかげでヴィクトーは盛大に海水を飲み込んでしまい、途端に咳込み出す。
(わわっお兄ちゃんごめん!)
 ルークリシャは足の痛みそっちのけでヴィクトーを支えようとするが、彼女の力では無理である。あっという間に彼は肺に残っていた空気を使い果たし、水が気管に入った激痛と酸欠で行動不能、やがて意識を失った。
(えっちょっ…誰か……!)
 パニックに陥りかけたルークリシャの目に飛び込んできたのは、青い水中に浮かぶ二つの赤い目だった。

「叔父さんも助けに行くから、皆は海に入ってこないでよ!」
 アレックスはちびっこ三人を海から上げるとシャツを脱ぎ捨てながら言った。が、頷いたのはナオミだけで、年上の双子は心配そうにうずうずしていた。
「ナオミ、お兄ちゃんとお姉ちゃんが海に入らない様に見張っててね」
 ナオミが二人の羽織るシャツの裾をガシッと掴んだのを確認し、アレックスは踵を返した。沖では兄妹が溺れている。
(つか先輩泳げなかったんか…)
 どんなスポーツでも苦も無く[こな]していたヴィクトーのイメージが強いので、俄かには信じ難い光景である。
 ある程度深みに行かないと泳げないので、腰の辺りまで浸かるくらいまでズブズブと歩いて進んで行くと、背後で子供達の声が上がった。
「「パパ!」」
「兄貴!」
 スペアの日傘を差し、黒くて薄い生地のシャツを着たフェリックスが丘から降りて来るところだった。
「どうかしたの?」
「ルークリシャちゃんが溺れて…」
 ジュリアスの説明を聴くが早いか、フェリックスは傘を放り投げ、上着だけ脱ぎ捨てるとアレックスの後を追う。
「俺ちっさい方」
 追い付いた兄にアレックスが宣言したが、フェリックスは息継ぎの合間に素早く呟くと軽々と彼を追い越して行った。
「早い者勝ちだ」

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