第1章:雷雲

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  • 12440字


「綺麗だねえ」
 青年は道に落ちていた紅葉を拾い上げた少女に言った。
「その色、スツルム殿の目と同じだ」
 少女はこくん、と頷いて、今度は黄色い一枚を拾う。半歩後ろを歩いていた青年に見せようと、手を伸ばした。
「これはドランクの色だ」
 青年は微笑んだが、直後に冷たい風が吹いて思わず目を細める。
「冷えてきたね。雲も出てきたし、早く山下りよう」
 少女は再び頷く。拾ったばかりの葉を道に戻した。青年が一歩踏み出して隣に並ぶのを待ち、それから歩き出す。
 青年の無防備な手の指に、冷たくて硬い物が当たる感触があった。少女を見下ろすと、その手が物欲しげに掌を探ろうとしている。防具ごと包み込めば、安心したかのように動きを止めた。
 秋の山に、二人の足音だけが響く。青年は、彼女の傍では取り繕う言葉を必要としなかった。少女は、彼と二人きりならいつもより少しだけ素直だった。
「僕、引退しておじいちゃんになっても、スツルム殿とこうしていたいなあ」
 それは何かを期待して放った言葉ではなかった。ただ本当にそう思って、それを彼女にも伝えたかっただけだ。
「……好きにしろ」
 少女の返答は無関心なように聞こえて、その実、最大限の同意であった。短くも密度の高い二人の付き合いの中で、青年はそれを理解できるようになっている。
 青年は歩みを止めた。腰巻が地面に擦れて汚れるのも厭わず、腰を屈めて少女と目線の高さを合わせる。
 繋いだままの手を引くと、紅葉色の双眸が近付いた。
 少女は金色の視線が己を射抜く様で、耐え切れずに目を瞑ったが、想像以上に柔らかな唇が自らに押し付けられるのを拒む事はしなかった。

「結婚するのは良いんだけどさ」
 それから暫く後の事。二人は田舎町の寂れた宿に一部屋借りて、明日の仕事の打ち合わせを終えた所だった。ドランクが手帖を閉じ、神妙な面持ちで切り出す。
「やっぱりスツルム殿の親御さんには、挨拶しといた方が良いんじゃないかなあ」
 傭兵としてコンビを組んでいて、互いに相棒以上の感情を持っている、なんて事は隠していた方が身の為ではある。とはいえ、流石に家族にはいつまでも黙っておけまい。
 それに、ドランクは二人の歳の差を、特にスツルムがまだ未成年である事を懸念していた。スツルムの保護者から見れば、ドランクは幼気な子供を誑かした悪い大人にしか見えないだろう。後になって知られるくらいなら、今、最低限の義理は通しておくべきだ。
「……両親は、もう居ない」
「あ……」
 そりゃそうか。じゃなきゃこんなに若い子が傭兵なんて、とドランクは失言を悔いる。
「でも、世話になった奴なら、居る」
「スツルム殿の大事な人?」
 彼女は肯く。ドランクは微笑んだ。
「じゃあ、僕もその人に会いに行きたいな」
「わかった。連絡しておく」
 日取りを相談し、スツルムが手紙を認める。封筒に入れながらスツルムが問うた。
「ドランクの家族には、会わなくて良いのか?」
「良いよ」
 スツルムの言葉に被せる勢いで強く返ってきた言葉に、スツルムは口を噤む。ドランクは怖がらせた事を悟り、作り笑いをして誤魔化した。
「僕はもう大人だしぃ? 誰と結婚しようが僕の自由だよ」
 そう、自由だ。生まれた時から決められたレールの上しか歩けない人生なんて、例えそれが、世の中の平均以上の豊かさに恵まれるのだとしてもまっぴらごめんだ。
「お土産何にしようかな~」
 珍しく話を打ち切ったドランクに、スツルムも学ぶ。家族の話は禁句だと。
 交代で風呂に入り、それぞれの布団を被る。いつも通りの挨拶をしたドランクに、スツルムは尋ねた。
「……しないのか?」
「何を?」
「結婚するんだろ?」
 ドランクは一度倒した体を起こす。隣のベッドに近付いて、角の生えた頭を撫でた。
「明日もお仕事あるでしょ。疲れちゃうよ」
 そう言いつつも、布団の上から小さな体を抱き締める。スツルムは思った以上にどきどきして、身体を硬くした。
「続きは挨拶終わってからね」
 スツルムは布団から腕を出し、そう囁いた口元を撫ぜる。ドランクは垂れ目を一層溶かして、最後に一度だけ口付けを落とした。
「おやすみ」
「おやすみ」
 スツルムが何も言わなくても、ドランクはそれを察して与えてくれる。度が過ぎれば諫めてくれる。
 何でも分かっている風な口振りは人を苛つかせる事もあるが、スツルムは、それがドランクなりの優しさの示し方なのだと解っていた。


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