第1章:雷雲

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  • 12440字

「クッキー美味しかったです」
 ヴォルケにそう言われて、スツルムはああ、と小さく答えた。
「人気の店のらしいな」
「大通りの店のですよね。あそこ凄く並ぶし、昼前には売り切れちゃうんですよ」
「そうなのか。道理で珍しく早起きしてると思った」
 ここはギルド本部、その吹き抜けのロビーを見下ろせる廊下。そこに置かれたベンチに座る二人の視線の先には、体格の割に大きな剣を振り回すドナと、反対に小振りの剣を握るドランクの姿があった。
「ドランクも律儀ですね。あと二、三ヶ月もしたら、スツルムも成人でしょう? そうしたらドナも口出す権利なんて無いじゃないですか」
「ああ。でも多分、あいつの目的は違うんだ」
 何よりも自由を愛するドランクが、誰かのご機嫌伺いをしようなんて、ただそれだけを目的に言い出す筈がない。
 仕事柄、互いの関係は浅く見える方が良い事は、スツルムも解っている。大切なものは、弱みになるから。
 でもそれはつまり、二人の関係を誰にも話せないという事だ。
 誰にも話せない、誰にも知らせないのであれば、式を挙げる事はおろか、祝いの言葉をかけてもらえる機会も無い。ドランクはせめて、スツルムが彼女の大切な人から、おめでとうと言ってもらえるようにしたかったのだろう。
「でも、結局こうなるなら、別に誕生日が来てからでも良かったな」
 スツルムが背もたれに体重を預けて呟くと、普段ずっと無表情のヴォルケが、ほんの少しだけ口角を上げた。
「私は祝福しますよ」
「……ありがとう」
「えいやあああああ!」
 ドナの一撃がドランクに繰り出される。ドランクは飛び退いたが、後ろにあった壁が破壊された。轟音に人が集まってくる。
「ドナの奴、今度は一体誰と喧嘩してるんだ?」
「おい、こりゃ見物だぜ。青い髪のエルーンだ」
「ああ~。あいつ人を苛立たせる才能はピカイチだもんな……」
 ギャラリーの想像は、ドランクが一方的にドナを怒らせた、で満場一致したらしい。そういう事にしておこう、とスツルムは否定しないでおいた。
 が、これだけは言っておく。
「『ドランク』だ」
「え?」
「あいつの名前」
 と、ここで建物を破壊してもルール違反ではないらしいと気付いたドランクが、魔法を使う。どこからともなく水が現れて、ロビーの床を薄っすらと水浸しにした。ドナの足を滑らせる算段か。
「どっちが勝つと思う?」
 スツルムはドランクから預かった宝珠を弄びながら、ヴォルケに問うた。
「今日の所は、ドナでしょうね」
 ニヤリ、とドランクが笑ったのも束の間、ドナが同様に笑っているのを見て、彼は怪訝な顔をする。
 ドナが剣を振るうのをやめ、足も止めた。切っ先を床に突き立てる。
 ドランクは次の動きを警戒して距離を取ったが、水の上からは逃げなかった。
 次の瞬間、ロビーの床が光る。
「うっ!?」
「流石に殺すのはスツルムが[・・・・・]可哀相だからねえ、今日はこの辺にしといてやるよ」
 ドナはそう言うと、閃光と同時に床に倒れ込んだドランクに背を向けた。
「うわ~痛そ~」
 ギャラリーの一人が身震いする。ドランクも前髪から水を滴り落としながら身を起こし、理解した。
 [ドナ]か。水の使用は慎重にならないといけないな。


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