第1章:雷雲

  • G
  • 12440字

「おや、今日も来たの」
 昨日そのままスツルムに宿まで連れ帰られた男が懲りずに訪ねて来たので、ドナは笑った。初志貫徹しようとする姿勢は嫌いじゃない。
「まだ降参してませんし。勝つまで来ますよ。そうしないと認めてくれないんでしょ?」
「昨夜も同じ宿に泊まっておいて良く言うねえ」
 スツルムはギルドに戻ってこなかった。つまりそういう事だろう。
「お前くらいの歳の男には、スツルムなんて若い娘は、そりゃあご馳走だろうねえ」
「ハァ?」
 ドランクは垂れ目の目尻を限界まで吊り上げる。
「失礼な。僕達まだちゅーしかしてませんよ」
「ちゅーはしとるんかい!」
 半分冗談で言ったのに、スツルムが少しでもこの男に身体を許していると知って、思わず手が出る。
「ちゅーでキレるとか、手に負えませんよまったく」
 呟いたのは隣室から出てきたヴォルケだ。仕事にならないので静かにしてほしい、とは、既に荒れている室内では言えなかった。
「ドランク、スツルムはどうしたんですか?」
「え? 何?」
 ドナの切っ先と家具を避けながら走り回っているドランクが訊き返す。
「ヴォルケ、邪魔しないで」
 言い直そうとして、その前にドナに突き飛ばされる。まったく、人を人と思ってないんだから。
「本当に、口付けくらいで……」
 ヴォルケは呟いてハッとする。思い出しかけた想いを、また心の底に沈めた。
 騒音から逃げる様に階下に下りると、スツルムは他の傭兵達と共に、昨日の後片付けをしていた。ギルド員の一人が手を止め、振り返る。
「ヴォルケ良い所に。この壁の修理どうする?」
「今は予算に余裕が無いので、そのうち頼みますよ」
「その前に建物が倒壊しないと良いけどなあ」
 言ったそばから、上の階で派手に物が崩れる音がする。ひえーと傭兵の一人が自分の身体を抱いた。
「ドナさんに通用するって、やっぱりドランクの奴、半端ねえな」
「あれで宝珠も詠唱もナシだろ? 敵に回したくねえ~」
「俺一回敵方で当たった事あるけど、目の前に来た時マジ死んだと思ったもんな」
「どうやって助かったんです?」
 静かな場所に行きたかった事を忘れ、ヴォルケも作業と会話に参加する。
「素直に命乞いした。驚いたわ、あいつ鬼畜だと思ってたけど、話は聞いてくれるんだなって……」
「へー」
 皆が無意識に、揃って上を見上げる。ギルド長の部屋の方からは、ドナのキンキン声に加えて、ドランクが怒鳴り散らす声も響いていた。
「まあ、あんなにデケエ声で罵詈雑言吐く様な奴だった、って方が意外だけどな」
 それは自分も知らなかったな、とスツルムは思った。
 ドランクは、本当の彼を滅多に見せない。二人きりで居る時に、ほんの少し、顔を覗かせるくらいだ。
 それを、我を忘れさせるくらい怒らせて引き出すなんて、やっぱりドナは凄いな。


このサイトではクッキーを使用しています。
詳細