第1章:雷雲

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「五分後って言ったのに~」
「悪いね、ちょっと話し込んじゃって」
 数分遅刻して、大剣を腰に刺したドナと、武装したヴォルケが現れる。
「魔物は私とスツルムで追い払いますので」
「そう? 助かる~」
 ヴォルケが戦闘開始の合図をして、ドナとドランクの二人は対峙する。スツルムとヴォルケは少し離れた場所から見守った。
 ドランクがいきなり地面を蹴った。かと思うと、次の瞬間、近くにあった樹の幹に足をつけて、上向きに走っていた。
「凄いですね。風の魔法ですか」
「ああ。あいつは詠唱無しなら、風が一番得意だ」
 自分の周囲の空気を圧縮させたり膨張させたりして、揚力を生み出しているらしい。
「『能ある鷹は爪を隠す』とか言って、普段は使わないが」
 適当な高さまで登って、今度は太い枝を蹴って跳んだ。
 ドナに向かって振り上げた剣は、惜しくも空を斬る。ひらり、と躱したドナが漏らす。
「お見事。でも滞空時間が長すぎ」
「ならこれはどうです?」
 ドランクがそう言うと、ビキ、と大きな音がした。次の瞬間、地面が割れて氷の結晶がぼこぼこと立ち上がる。
「確かに、こんな鷹に戦場で出会いたくはないですね」
 ヴォルケは背伸びして、氷の塊の向こうを確認する。ドナは転んでいたが、大したダメージは負っていない様だ。
「地中の水を使えば、空気中から生成するより大量に使えるってか」
「まあ、そんなところ」
 応えたドランクの声は弱々しい。流石にこのレベルの魔法を連続で、それも道具や詠唱無しで使うのは心身の力を削る様だ。
 さて次はどう出るのだろう。ヴォルケも少しわくわくして来た時、その耳に嫌な音が届いた。
 この大きさは、簡単には追い払えない。
「スツルム!」
 咄嗟に隣に居た少女を庇う。地面に伏せた直後に、ドランクの声が響いた。
「プリヴェンダー!」
 ギエエエエエエ、という大きな鳴き声と共に、ガンガンと何度か硬い物同士がぶつかる音。
 スツルムが見上げると、頭上に鷹の様な巨体の魔物が飛んでいた。その真下では、ドランクがバリアを張っている。
 ドナはその後ろで、表情を緩めた。
「詠唱禁止って言ったろ?」
「んな事言ってる場合!? 貴女攫われるところだったんですよ!?」
 再び魔物が降下してきて、バリアを叩く。ドランクの魔力はもう持たない。
「後は私達に任せな」
 ドナは立ち上がり、服に付いた土を払う。ヴォルケもスツルムをドランクに託した。
「ヴォルケ、よろしく頼むよ」
「ええ」
 前に出たヴォルケが詠唱する。周囲に濃い霧が立ち込めた。まるで雷雲の中に居るかのようだ。
「お前達はもっと下がって」
「あ、ああ。ほら、感電するぞ」
 スツルムは疲れて呆けているドランクを引っ張り、霧が薄まるまで後退する。ヴォルケも同時に、近くの木に登って視界を確保した。それを見届けて、ドナは切っ先を天に向ける。
 雲の中を閃光が走り、ギャアアアア、と魔物が鳴く。動きが鈍った隙に、ヴォルケは二連射できる特殊な弓で、魔物の目を潰した。
「視力は奪いました」
 ヴォルケの細い体から、普段の喋り方からは想像もつかない、魔物の鳴き声に負けないくらい大きな声が出た。
「暴れるかもしれないので、引き続き警戒を」
「了解」
 上手く飛べなくなり、降下してきた魔物に向かって、今度はドナが地面を蹴る。剣を振りかぶると、一撃でその首を切り裂いた。
「一仕事おーわりっ」
 笑顔で振り返ったドナと、霧を晴らして木から降りてきたヴォルケを見つめながら、ドランクは二人の動きを反芻していた。
 なんか良いな、こういう戦い方。互いの特性を高め合って力を引き出す姿に、素直に憧れた。
「降参」
 考え事をしていたので、ドランクはドナが言った言葉を聴き取れなかった。
「え?」
「もーちゃんと聴いてよ。降参するって言ったの」
「は?」
 今更? ていうか勝ってないし、とドランクは怪訝な顔になる。
「命の恩人だしね」
 取って付けたような理由を吐く。ドランクは反論しようとして、やめた。認めてくれたんだからそれで良いだろう。
 ドナはスツルムに振り向く。
「一筋縄ではいかないと思うけど、幸せになりな」
 スツルムはその言葉に俯いた。こういう形の幸せを、上手く掴めなかった人からの祈りは、重い。
「おめでとう」
 それでもドナは笑ってくれる。スツルムは顔を上げて、ありがとう、とだけ口にした。

「この剣、スツルム殿にあげる」
 宿を出発する準備をしている時、ドランクが言った。スツルムは目を細める。
「重いから持ちたくないんだろう」
「ギクゥ!」
「全く、こんな小さな剣で……」
 言いつつもスツルムは腰にそれを差す。こんな事もあろうかと、自分が持てるサイズを勧めておいて良かった。
 準備が出来たので顔を上げると、ドランクはまだ髪の毛を気にしている。スツルムが昨夜整えてやったのだが、そんなに腕が信用できないのか。
 ……そう言えば、形見、とか言っていたか。
 それでも、ドランクに語るつもりが無いのなら、スツルムにも問い質すつもりは無い。
「そろそろ行くぞ」
「あ~待って待って」
 人通りの多い通りを抜け、港へ。道中手を繋ごうとして、ドランクは手の甲を抓られた。
「痛って!」
「人前ではやめろ。隠すつもりあるのか?」
「え~だって新婚だよ~? ちょっとくらい余韻を楽しんでも良いじゃな~い」
「お前、絶対余韻とか言いながらずっとやめるつもりないだろ」
「あは、バレた?」
 さっぱりした髪形に似つかわしくない、企み顔が囁く。
「まあでも、敢えてイチャイチャしてる方が安全かもよ? ほら、頑なに否定すると逆に怪しまれちゃうじゃない?」
「意味不明。その論理展開はおかしい」
 はあ、とスツルムは溜息を吐く。前に向き直ると、乗る予定の騎空艇が港に入って来た所だった。その後ろには、大きな灰色の雲が迫っている。
「冬なのに珍しいね、雷雲なんて。まさかあの中飛んで行かないよね?」
「それはないだろう。でも」
「でも?」
「……何でもない」
 二人が門出を祝ってくれているのだ。きっと。