第2章:霊能者

  • G
  • 2659字

「ただいま」
「おかえり」
 私、中原今日子が家に帰ると、今日はまだ仕事に行っていない母が台所から返事をした。
「サク、帰ってる?」
 私は無表情で尋ねた。対象的に母は笑って、
「平日はだいたい七時くらいになるみたいやで」
「そう」
短く答えると私は二階の自分の部屋に戻った。
「ご飯はー?」
「後で食べるー」
 階下からの母の質問に大きな声で返事をしながら、私は鞄を二段ベッドの横に置くと、自分の椅子に座ってメールを打ち始めた。

To: 中原 昨日光[さくひこ]
本文: 転校生が来た

 サクならこれで事の重大さに気付くだろう。案の定、送信して間も無く、折り返しの電話が掛かってきた。
「もしもし、時間大丈夫なん?」
「うん、今お昼休み入ったとこ。それより転校生が来たって?」
「そんでまた玉緒が余計な事教えよってな」
「そうか…」
 サクが電話の向こうで黙る。何か考えているのだろうが、耐えきれず私は口を開いた。
「…あかんよな『サイコ』は。サクでも封じ込めんのがいっぱいいっぱいやった奴やん!」
「落ち着きキョーコちゃん」
 サクの優しげでしっかりした口調に、少しホッとして言葉を切る。
「帰ってから話ししよ。兄ちゃんが飯食いっぱぐれてまう」

 校庭には誰も居なかった。校舎のどの部屋の明かりも付いていなかった。
 ただ、足音だけが廊下に響いていた。パタ、パタ。急ぐ訳でもなく、ただ普通に誰かが歩いているだけの音。
 それがこの学校の何人もの生徒を追い詰めた。
 足音はとある教室の前で止んだ。ドア上のプレートには「三年三組」の文字。
 次に視点はその教室の中にあった。黒板の上の時計は午後八時を示している。
「見付けた」
 白い手が、教室の真ん中にある机を撫でた。
「新しい『サイコ』」
 紺色のセーラー服を着た少女がその場所に立っていた。長い間、待ち侘びていた人に会えた時の様な、嬉しそうな顔で笑っている。
「私の力が無くなる前で良かった」

 午後八時。大学から帰宅したサクが母の作り置きの夕食を食べ終えるのを、急く様な気持ちで私は待っていた。兄が階段を上ってくる音がすると、私は一つ下の妹の明日香との相部屋に彼を呼ぶ。
「じゃあキョーコちゃんの話を聴こか」
 椅子が無いのでカーペットの上に胡坐をかいたサクが言った。明日香と私はめいめいの椅子に座っている。
「うちのクラスに転校生が来た」
「偶然とちゃうやろね。学校側はキョーコちゃんと同じクラスにしたんや」
「まあそうやろけど、受け入れる事自体…」
「なんかあかん事でもあるん?」
 事情を良く知らない明日香が口を挟む。それもその筈、『サイコ』はサクが依頼を引き受けた案件だ。うちは依頼者のプライバシー保護には厳しい。結局、サク一人では一年以内に彼女を封じる事が出来ず、翌年入学した私も手伝ったから、私はサイコの事は良く知っている。
「そいつ転校生襲うユーレイやったんや」
 うちは…正確には、母の実家である鈴木家は、代々優秀な霊能者を輩出している血筋らしい。特に神主とか、牧師とか、特定の宗教の修道士という訳ではないのだが、心霊写真の鑑定や除霊、占い等を生業として生計を立てている一族だ。実際、母は占い師をしているし、私達三人兄妹も全員霊感がある。特に長男のサクの力は強く、幼い頃から謝礼を貰っての除霊やお祓いを行っている、言わば既にプロ。
 私自身は正直、幽霊とか非科学的なものには懐疑的だ。しかし、見えるものは見える。それは仕方が無い。見えるだけに悪質な霊等に狙われやすいのも事実。自分の身を守る為にある程度の除霊のスキルは持っているので、私一人では除霊を引き受けたりはしないけれど、サクを手伝う程度の事はする事もある。
 それに厄介な事に、玉緒は全然見えない癖に霊媒体質で、危なっかしい。だから私が付いててやらないとって思っていたら、なんだかこの歳になるまで面倒をみる事になってしまった。
「それで、学校側も暫くは転校生受け入れてなかったんやけど、サクが封じ込めて気い緩んだんか、校長変わったから情報が上手く伝わってないんか、判らんけど今年受け入れよったんや…」
「まあでもお兄ちゃんが封じ込めたんやろ? なら大丈夫なんちゃうん?」
 明日香は鞄からスナック菓子を取り出すと封を開け、呑気に摘みだす。少しサクや私にもおすそ分けしてくれる所は、評価してやるが、大丈夫なら私がこんなに心配していない事を解っても良いだろう。
「阿呆。封じ込めたっちゅう事は除霊できひんかったちゅう事や」
 私が言うとやっと明日香も事の重大さに気付く。
「えっマジ? お兄ちゃんでも無理?」
「しかも俺一人じゃ無理でキョーコちゃんと二人がかり」
「えーっ! 何それ怖っ。そんな霊おる学校とは知らんかった」
 明日香の霊力はそれ程強くない。かなり霊力の強い自縛霊でないと見えないから、封じ込められているサイコの事は気付かなかったのだろう。サクと私もこれ以上サイコを刺激しない為に、周囲にはそんな霊は居ないという態度を取って噂を広めない様にしているし。今時、高校生にもなって幽霊の噂で盛り上がる奴は、そう多くないが。例外は言わずもがな玉緒達である。
「それでなあ、まあ、その転校生が大人しくしとってくれたら多分何も起こらんとは思っててんけど、なんか前の学校で心霊同好会やったらしくて。玉緒が余計な事言ったもんやから、その気になって『逆に調べてやる』とか言ってるし…」
「あーそれは危ないな…。キョーコちゃん何組になったん?」
「三組」
「サイコが飛び降りたって言われてる階か…」
 サクがスナックを頬張りながら黙り込んだ。私も明日香も、暫くもぐもぐしながら彼の言葉を待つ。
「キョーコちゃんとあすちゃんの学費の分だけ謝礼貰ったからなあ…何かあったら放置出来ひんけど、何も無い内は、現時点で俺はもう学校の生徒じゃないし、どうしようも出来んな…」
 サクが指に付いた塩を舐めて、視線だけを此方に向けた。自分で言うのも何だが、この兄、結構イケメンなので、こういうふとした動作にドキッとしてしまう。したくないけどしてしまう。仕方が無い。
「キョーコちゃんはどうしたいの? その子の事助ける?」
「正直今日会ったばっかりの子の事なんかどうでもええわ。それより、玉緒が巻き込まれやんか心配」
 こんな事ばかり言っていると冷淡だの愛想が無いだのと言われるが、サクだけはいつもクックッと笑うだけで私の意見を否定しなかった。
「じゃ、キョーコちゃんが困ってる時は助けるよ。暫くは一人で頑張ってみ。あすちゃんも自分の身は自分で守りなよ」

このサイトではクッキーを使用しています。
詳細