第5章:霧の外

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フィラ

体の具合はどうだ?
あれから便りが無いので、とても心配している。

そういう此方も酷い有様だ。
もう村人の半分は病に倒れたんじゃないだろうか。

暗い話をしてすまない。でも、不安がる必要は無いぞ。
先日、フィラの話を聞いたと言って医者が外から来てくれた。
お前は、医者にセレストの話もしたそうだな。
彼によると、セレストの力を使えば、皆助かるかもしれないって。彼は魔導士でもあるんだ。
ただ父上は反対していて、今は二人で説得している。

とまあ、こういう状況だから、フィラはそちらでゆっくりしていると良い。
――様にもよろしく。

フェリ

 大伯父によろしく。彼女からの最後の手紙は、些か雑に書かれたそんな言葉で締め括られていた。
 僕は椅子の中身を机の上に広げていた。この次の手紙は……これか。ピアノの椅子の仕掛けについて追伸が書かれている。
 椅子の中には、姉妹でやり取りしていた手紙の他にも、おばあちゃんの宝物が入っていた。沢山の絵葉書、大伯父と祖父の肖像画、日記に、姉から送られてきた押し花。
 僕は大伯父の肖像画を手に取る。二十歳くらいの、如何にも人の良さそうな若い将校が描かれていた。
 この人が指揮官として紛争に行って、現地の少年兵を庇って死んだ所為で、僕の士官学校への入学は許してもらえなかった。兵法は面白いし、何より寄宿制だからこの家を出られると思ったのに。軍事学自体は、教養として家庭教師に教えてもらえるけれども。
『指揮官の癖に前線に出るなんてへま、僕はしないよ』
 正義感なんて陸でもない。おばあちゃんを助けてくれた事には、感謝してるけどさ。
 貴族は士官学校の成績がどうであれ、卒業後は軍の中でも安全な場所でふんぞり返っていられる役職に就く。もちろん戦争に絶対は無い。暗殺や周囲の裏切り、或いは敗戦となれば話は別だ。しかし基本的には、貴族は戦争でも死なないのだ。それが貴族の特権だ。
 肖像画を置き、目を瞑った。あり得ない未来を想像する。士官学校に行って、まあまあ良い成績で卒業して、どこか小さな諍いの制圧部隊の指揮権を貰って――
 駄目だ。そもそも反対されて軍人にはなれない、という事は解っているのでただの妄想だが、その妄想の中でさえ、僕は僕の自由意思で動いてはくれない。どうしてか、想像の中の僕は最終的には肉弾戦に突入してしまう。そんな事、別にしたいとも思っていないのに。
 叶えられない夢を見続けるのは不毛だ。僕は目を開き、ランプに火を点ける。すっかり外は暗くなっていたが、手紙の数は多くない。これだけでも寝る前に読み切ってしまおう。

親愛なるフェリお姉ちゃんへ

半年ほど前に出したお手紙が、郵便艇が島に近寄れなかったと言って戻って来てしまいました。
同封しておきますので、先にそちらから読んでくださいね。

私の方はこの通り、元気です。
と言っても、まだ定期的に通院して、体の調子を診てもらう必要があります。
まだ完治したと断言できない事と、お薬の副作用が後から出て来ないかの確認も兼ねて。

他に変わった事と言うと、お兄様が士官学校を卒業されてお屋敷に戻ってきました。
トラモントには寄れなかったけど、私が島を出る時に二人で考えた、
風が強くないであろうルートを使ったら今回も上手くいった、と仰っていました。

寄った島々で沢山絵ハガキや本のお土産を買って来てくださったの。
冗談で「宝石は?」と聞いたら「そういうのは弟に貰う方が嬉しいだろう」って。
お兄様が居ると本当に楽しいけれど、またすぐにお勤めに出られるそう。

もしお手紙が届いたら、お返事お待ちしております。

フィラ

追伸:そういえば、お抱えのお医者様も、そちらに行ってからお戻りになっていないわ。


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