第9章:黄金比の書物

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  • 2627字

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初登場ドランクが理想の最強ミステリアスお兄さんムーブしてたり。
霧の島の話までは入っています。


 ヴィクトーはゆっくりとその箱状の物を持ち上げるつもりで、側面を確かめる様にその長い指で触れた。
「おっと?」
「何だ?」
 途端、今まで何の光も出さず、反射もしなかった物体が、突如光り始めた。フェリックスが身構え、ティムが張り詰めた声を出した一方、ヴィクトーは笑みを浮かべながら持ち上げるのはやめてその物体に触れたままにしておく。
 異変が起きたのは、その表面に光による模様の様なものが浮かび上がってきた頃だった。
「…!?」
 突然ヴィクトーが雷に打たれた様にその手を離し、今しがた入ってきたばかりの部屋の扉の所まで後退った。反射的に腰の辺りに手を伸ばし、そう言えば刀は此方に着いてからずっと部屋に置きっぱなしだと思い出す。
「どうした!?」
 驚いたフェリックスの問いには答えず、笑みを引っ込めたヴィクトーは言う。
「何だよ…」
 刀が無いのは仕方が無い。ヴィクトーは素手で戦うときの構えでもう一度尋ねた。
「お前は何だ!? なんで俺の名前を知ってる!?」
「お前って…?」
 訊き返すフェリックスは途中で言葉を切り、箱を振り返った。フェリックスの耳にも、そしてティムの耳にも、その言葉が聞こえ始めたからだった。
『フフッ。彩子[サイコ]も良い場所を選んでくれたようだな』
 その声は何処からともなく聴こえてくる。しかし、部屋には三人以外の人間は居ない。この箱が何らかの仕掛けで喋っていると考えるのが自然だった。ティムは驚いているのかいないのか判断付き難い表情で呟く。
「サイコ?」
「俺の質問に答えろ! 何なんだお前は? 一族の仕掛けた小道具か!?」
 その声は先程会場でヴィクトーの名を呼んだ声だった。ラザフォード一族に命を狙われているヴィクトーが、彼の生い立ちを知っていると思われるこの光る箱に警戒するのも無理は無い。
「こうしてみるか?」
 ここでふと、ヴィクトーがウィリアムズに来た時の事を思い出し、ティムが懐から護身用の拳銃を取り出して箱に向けた。ヴィクトーは今度はティムに命じる。
「止めとけ。跳弾するかも」
 狭い部屋で硬さの判らない物に向かって近距離から発砲するのは危険だ。
『そうだ、止めておけ。私の破壊は世界の破壊と等価だ』
 再び箱が喋る。フェリックスがヴィクトーに代わって再度尋ねた。
「どうやら、意思疎通が出来る機械の様ですね。貴方は誰ですか?」
 光る箱は実に楽しそうに答えた。色々と聴いてもいない事を付け加えながら。
『そなたは「フェリックス」の後継者候補だな。それはおいおい話すとしよう。そなたはまだ十分に覚醒していない。何から話せば良いか…』
 困惑する三人同様、箱自身も伝えるべき事が多い様子で言葉に詰まる。
「では私達の問いに答える形式ではどうか」
 黒い箱がティムの提案に同意した所で、真っ先にヴィクトーが質問する。
「お前はラザフォードか?」
『違う。私は皆が「黄金比の書物」と呼ぶ物だ』
 また解らない単語が出てきたが、ヴィクトーは続ける。
「俺達に害意があるのか?」
『無い。そなた達が私の指示に従い、私を破壊しようとしない限りは』
「何だか解らねえが、その指示とやらに従わない場合は?」
『面白い事を訊くな。私はそなた達の周囲の者の命をどうこうする事も出来るのだぞ?』
 それを聞いたヴィクトーは血相を変えて部屋を飛び出す。
「その箱の事は任せる!」
「こっちこそ」
 フェリックスが小さく言った。
(ブルーナを頼む。この箱の目的が何か判らないけれど、こうやって脅す時点で、あまり楽観的な事は考えてはいられない…)
「どうやってこの部屋に?」
 今度はティムが質問した。
『彩子に別の世界から転送してもらった先が此処だ。運良く賢者候補が集まっているとは…』
 二人は顔を見合わせた。「別の世界」とは何の事だろう。それに、「サイコ」や「賢者」と呼ばれる人間は?
 その時、フェリックスはある事を思い出した。
『君は「賢者」を知っているかい?』
 かつて彼にそう尋ねた、「フェリックス」と名乗る吟遊詩人の事を。そして、見慣れない小説を抱えて旅をしていた、彼の娘の事を。
『次の質問は?』
 逆に尋ねた箱に、フェリックスが震える声で言う。
「さっき俺が『フェリックスの後継者候補』と言いましたね?」
『ああ、その事か』
 箱は相変わらず虹色に光ったまま、淡々と答える。
『先程の質問の答えの続きだが、フェリックスは私の事を裏切った。だから他の「賢者」への見せしめに殺す事になったのだよ。尤も、自分で死期を感じ取っていたのか、死ぬ前に次の担当をそなたにしたいと指名していたがね』
「殺した?」
 アンジェリークの父親を、この箱が?
『正しくは私に書かれている法則に則って、人間達がだがね』
 フェリックスは怒りでこの箱を壊したい衝動に駆られたが、直ぐに先程の脅しを思い出して踏み止まった。そのやり取りを見ていたティムは、状況が掴めないながらも最後の質問をした。
「私達は貴方をどうすれば良いのだ?」
『おお、それだ。一先ずは、「愚者」達から私の事を守るだけで良い』
「愚者?」
『私の事を破壊しようとする者達の事だ。なに、心配は要らない。必要があれば他の賢者達が助けに来てくれるだろう。私も常に此処で聞き耳を立てている訳ではない。そう言っている間に他の賢者が私を呼んでいるから、行かねば』
 そして急速にその光が消えていく。フェリックスは慌てて呼び止めたが、その光が完全に消え去り、また箱が黒体に戻ると、何を話しかけても、素手で叩いてみても反応しなくなった。
「どうするんだティム?」
 再び箱を布で包み、棚に戻したティムに尋ねる。
「一先ず保管しておくしかあるまい? これ以上の事は、今はまだ教えてくれぬようであるし」
 フェリックスは不安げに棚を見たが、「そうだな」と言うと自分も部屋を辞した。
『君が「賢者」になるとしたら、僕と対極の立場に立つ事になりそうだ』
 泊まる部屋に戻りながら、昔あの吟遊詩人が言っていた言葉を思い出す。とすると、愚者とはあの黒い箱を裏切った賢者の事か。
 しかし。彼は死ぬ間際まで…フェリックスと出会った時まで、しっかりとその仕事をしていたのではなかったのか? あんな裏路地で音楽を奏でているなんて、何か目的があったに違いない…もしかしたら、あれが裏切り行為だったのかもしれないが。
 そう考えていたら部屋の前に着いた。とりあえずはティムが保管してくれるらしいし、自分も疲れた。一晩ゆっくり休んで、明日からまた考えよう。

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