第22章:アルビノと仮面

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  • 4727字

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初登場ドランクが理想の最強ミステリアスお兄さんムーブしてたり。
霧の島の話までは入っています。


 アレックスがヴィクトーに電話した日、フェリックスの方は庭の花を適当に切り取って束を作り、それと日傘を手に家を出た。
 ふと隣の家の庭を見ると、フローラが木陰で椅子に座って読書をしていた。黒くて大きな目をこちらに向け、表情を変えずに挨拶する。

「貴方が夏の日中に出掛けるなんて珍しいわね」
「流石に墓場に夜中行くのは嫌だからなあ」
「お墓? お姉さんの?」
 フェリックスには姉が居た。尤も、彼女は生まれてすぐに亡くなり、会った事が無いのだけれど。
「命日、冬じゃなかった?」
 フローラは首を傾げる。
「そうだよ。ちょっとね」
 少し郊外へ向かって歩いた所にテイラー家の墓はある。フェリックスは花を墓石に供えると、その前に座り込んで考え事を始めた。夏の草熱[くさいき]れがフェリックスの鼻を刺す。
Alexandra Blanche Taylor[アレキサンドラ・ブランチ・テイラー]
 墓石に小さく彫られた名前を読む。[ブランチ]と名付けられた彼女…姉もまた、アルビノだったと聞く。
(姉さんはどうして死んだ?)
 嫌な想像が頭の中を巡る。
「私より先に生まれた者は皆、生まれて直ぐに忌み子として国の外に捨てられたり、こっそり殺されたり、闇市に売られたり…」
 ブランチは生きていればフェリックスとは少し歳が離れる。まだ差別禁止法が無かった時に生まれた…。
(信じたくないけど、パパとママは姉さんを処分したんじゃ…)
 そして自分の事も処分しようとしたが、法律の所為で出来なかった?
 しかしこうやって悶々としていても仕方が無い。姉の魂が降りてきて導いてくれる筈もなかった。フェリックスは天国の姉に別れを告げると、汗をだらだらと流しながら家に帰る。
 帰宅するとシャワーに直行した。汗で長袖のシャツやズボンがべっとりと肌に貼り付いている。これだから夏は嫌いだ。
 シャワーから上がると、ダイニングでこの家のもう一人の長袖愛用者、父親のアレキサンダー・レイモンドがアイスコーヒーを飲んでいた。今日は店の定休日なのだ。母は従業員のローラと共に映画を見に行ったので、暇を持て余している彼にフェリックスは声をかけた。
「パパ」
「何だいフェリックス?」
 ニコニコとして彼が振り向く。が、フェリックスの深刻そうな眼差しに滅多に崩さない笑みを引っ込めた。
 フェリックスは聞くべきかそっとしておくべきか悩んだが、最終的には紅い双眸でしっかりと父親を見据え、
「聞きたい事があるんだ」
と言った。
「パパの部屋で話がしたい」
 二人はレイモンドの自室に向かった。レイモンドは部屋に入るなり、ほぼ無意識に棚の上の家族写真を手に取る。写っているのは今よりも少し若い夫婦と、あどけない表情の兄弟。皆笑顔だ。
 何となく、レイモンドはこうした写真を撮る機会がもう来ないのではないかと予感した。
「座りなよ。親父相手に何緊張してるのさ」
 ドアを入った所で突っ立っていたフェリックスに椅子を勧める。自分はベッドに腰掛けた。
「怒らないでねパパ」
 フェリックスは相変わらず目を見開いて父親を見ている。レイモンドは苦笑した。
「良いから、気になる事何でも言ってみなさい」
「俺が生まれた時、助産師さんが何か言ってなかった?」
 レイモンドはドキッとした。とうとうこの時が来た。彼はフェリックスにこの国の食人文化について伝えなかった。伝えたって無駄な劣等感を彼に抱かせるだけだし、今は法律に保護されて表立っては差別されない。それよりは、伝えぬまま、普通の子供と…アレックスと同じ様に育てていこうと思ったのだ。法律によって時代が変わると信じて。
「…食人文化について耳にしたんだね」
「うん。で、何て言われたの?」
 フェリックスはこの事を自分に教えなかった両親を責めるつもりは無かった。辛い事もあったが、知らなかったが為に暢気に暮らして来れたのだから。
 だが知らなかったが為に忌み嫌われる理由が解らず、ただひたすら愛されようともがく羽目になった。フェリックスは愛される為なら何でもしたし、何にでもなった。聞き分けの良い息子、頼りがいのある兄、優秀な生徒、気さくな友人に優しい恋人…。どれだけ努力しても決して愛されやしないのに。この髪や肌が色付く訳ではないのに。そうしたくはないが、自然と口調が刺々しくなる。
「…裏ルートで処分する事を勧められた」
 レイモンドはフェリックスを見ずに答えた。フェリックスも、父親から視線を逸らして、勢いだけで続ける。
「ブランチ姉さんは処分したの?」
「違う!」
 レイモンドは振り返って声を荒げたが、怒らないという約束を思い出し、心を落ち着ける。
「ブランチは…未熟児だったんだよ……この家で生まれて、病院に入れようとしたらアルビノだからと断られて、死んでしまったんだ…」
 レイモンドが手で口元を押さえる。堪えているのは涙だろうか、怒りだろうか。いずれにせよ、普段笑顔しか見せない父親の震える様子にフェリックスは恐怖の様な物を感じた。
「…ごめん、パパ…」
「いや、いい。ちゃんと説明しなかった、パパ達が悪い」
 レイモンドは立ち上がって、手に持っていた家族写真を元の位置に戻した。
「少なくともパパとママはアルビノの迷信なんか信じてなかった。みすみす死なせたくなかったよ。自分の子供なんだし、愛してた」
 レイモンドの率直な物言いにフェリックスは感動し、素直な思いを口にした。
「ごめんね。聞きたい事は、それだけなんだ…育ててくれてありがとう」
 そして部屋を出て行こうとした。が、ドアノブに手をかけた所で振り返る。
「…もう一つだけ聞いて良い?」
 フェリックスは聞こうか聞くまいか悩んだが、この際気になる事は全て解決しておこうと思った。しかし次の質問は、今度こそこの温厚な父親でも激怒するかもしれないと恐る恐る尋ねた。
「その」
 フェリックスは再びベッドに座った父親の、長袖に隠れた左手首を指差した。
「傷は俺達の所為?」
 レイモンドは笑いながら首を横に振った。彼は息子の前で初めて袖を捲り上げ、何十本もの切り傷の跡を露わにした。
(やっぱり気付いてたか…)
 レイモンドは先程の写真を見遣った。
「違うよ。これはね、パパが君達くらいの時に、『生きよう』ともがいた時に付いたんだよ。君が生まれてからは一度も切ってない」
 それを聴いてフェリックスはホッと胸を撫で下ろした。フェリックスは父が若い時に随分苦労した事を知っていた。きっとその時の物だろう。
 フェリックスは今度こそ部屋を出ようとして足を止め、父に聞こえるギリギリの声量で呟いた。
「でも俺もパパの名前が欲しかった」
 今更言っても仕方が無い。フェリックスは父を振り返らずに、急ぎ足でその場を去った。
 父もアレキサンダー、母の名前もアレキサンドラ。この偶然の一致を面白がった二人は子供達に自分達の名前を継がせようとした。
 なのにどうして、父は自分の時だけ名前を変えたのか。
 「アレックス」と呼ばれる予定だったのは自分じゃないのか。
 フェリックスは自室に飛び込むようにして戻ると、ベッドに這いつくばって、それから頭を抱えて髪の毛をぐしゃぐしゃにした。
 何だろう。両親が姉を殺したのではなくて良かったではないか。なのにどうしてこんなにむしゃくしゃするのだろう。名前の事なんか今は関係無いじゃないか。「フェリックス」だって悪い名前ではないし…。
 この時彼は漸く気付いた。今の気分は、アレックスがブルーナを家に連れてきた時と似ている。
 自分はアレックスに嫉妬しているんだ。
(何故? 俺はアレックスよりずっと出来が良い筈…)
 今度は仰向けになって天井を睨みながら考えると、次から次へと憎しみが溢れだして来て、どうしようもなくなってしまった。
 そうだ。自分は良い子になるあまり、子供らしい子供時代を送らなかった。両親は聞き分けの良い自分に喜んでくれたけれど、彼等の関心をより惹いたのは、いつも手の掛かるアレックスの方だったのだ。
 何もかも自分がこんな病気でなければ。黒くなりたい。そうでなくても心の方はこんなにどす黒い。
 身の回りの物を黒で揃えて、なんとかそれに紛れ込んでみようとしたけれど、それすらも出来ない位、嫌という程彼の肌は真っ白だった。

 フェリックスは自分の家の裏庭で、アレックスとフローラと遊んでいた。覚束ない手付きでスコップを手にし、花壇の土を掘り返しては固めて何かを形作る。まだ三歳のアレックスはすぐに飽きると、家の扉の所に転がっていたボールを投げたり蹴ったりして遊び出した。フェリックスとフローラは黙々と土の家や、犬や、コップなんかを作って遊んでいた。
 フローラの両親もフェリックス達の両親も、めいめいの仕事をして彼等の事を見張っていなかった。見張る必要も無かった。自宅の敷地内であるし、そう頻繁に誘拐事件が起こる程治安が悪い国では無い。フローラは大人しいし、フェリックスは四歳にしては思慮深い子供で、羽目を外して怪我をする様な子供達ではなかった。アレックスは少々腕白だが、フェリックス達が一緒なら大丈夫だ。そう思って彼等の両親は彼等を庭で自由にさせていた。
「アレックスをお願いね」
 いつもそんな言葉をフェリックスに投げ付けて。
 実際、事故や事件が起こった訳ではなかった。ただ、近所に住む主婦が二人、フェリックスの家の裏門の前を通っただけだった。
「こんにちはー」
 ボールで遊んでいたアレックスが最初に彼女達に気付き、最近覚えたばっかりの、近所の人に挨拶する習慣を実践した。下を向いていた残る二人も顔を上げ、挨拶する。
「あらこんにちは」
 主婦達も軽く挨拶すると、家の前を通り過ぎて行った。こんな会話をしながら。
「テイラーさんも、直ぐにアレックス君が生まれたんだから、上の子処分すれば良かったのにねえ」
 それを聴いたフェリックスが土をいじる手を止めた。
「あら、あの法律知らないの? 今はアルビノを食用に出来ないのよ」
「そうなの? それにしても恐ろしいわ。あの紅い目…争いを生む鬼の様…」
 四歳児の頭脳では彼女達の会話を全て理解する事は出来なかった。それでも、フェリックスは自分が嫌われているという事を理解出来た。
 その日を境に、フェリックスは「良い子」の仮面を被る事にした。争いと言う争いを起こさない様に、そして巻き込まれない様に配慮した。
 家の外で出会う人間は、殆どの者が悉くフェリックスに奇異や、恐怖や、敵意の目を向けた。だから彼は家族や近しい者に依存した。誰かに愛されていたかった。両親の言い付けは何でも守った。アレックスにも優しくした。
 幸運にも彼は美貌という才能を持っていた。これを利用しない手は無く、自分が一番美しく見える表情を研究し、求愛は相手が誰であろうと全て受け入れた。教師に好かれる為にどの教科の勉強も人一倍頑張った。嫌われたくない。ただその一心で。
 当然、そんなコンプレックスに後押しされた動機で続く筈が無かった。年々、フェリックスは家に閉じ篭りがちになった。自分の部屋で本を読んでいる時が一番落ち着いた。しかし、それだけでストレスが全て発散出来る訳も無く、フェリックスは度々、飲酒を始めとした非行に走ったが、それを知っているのは一緒に居たボイスと、フェリックスを敵対視して粗探ししていたマクドネル、そして…恐らく父親だけだろう。
 フェリックスは周りに馴染んでいる様に見えて、実は一番周りから浮いていた。フェリックスは自分が嫌われていると思っていたが、実際はフェリックス自身が世界を嫌っていたのだ。心の何処かで、絶対に相入れる事は出来ないのだと決め付けて、愛を求める一方で与えようとは決してしなかった。
 ブルーナを見るまでは。

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