Cosmos and Chaos
Eyecatch

第27章:古き言い伝え

  • G
  • 2831字

 ブルーナの家を飛び出し、自分の家へと向かう途中、フェリックスは生成りのマントを着た人物が目に入った。彼は人通りの無い道沿いの建物の壁にもたれる様に立っていた。フードを被って下を向いているので顔は良く見えなかったが、少しだけ覗いた高い鼻と、長めの髪の毛の先が白い事にフェリックスは気が付き、立ち止まる。
 フェリックスにはそれが誰なのか、見当が付いていた。
 マントの男が壁から背中を放し、フェリックスの方を向いて顔を上げた。水晶玉越しに幾度も見た、馴染みのある顔があった。
「直々にお出まし?」
 フェリックスは緊張し、警戒しながら言った。何かされたらいつでも反応出来る様に、腕と足の力を緩める。こういう時、体を強張らせると動きが悪くなるし、怪我の原因にもなる。アレックスと日頃組手をしている中で覚えた事だった。
「そう警戒するな」
 ティムが一歩近付く。これでも一国の王子である。ティム自身もある程度の護身術や格闘技は心得ていた。
「何も取って食ったりしない」
「どうだか」
 言ってフェリックスは一歩下がった。ティムは無理矢理笑みを作る。
(この様子だとブルーナは失敗したな…)
 ティムが恐れていた事態だった。やはり、フェリックスはこの計画に賛成してくれなかった。
「長年会いたいと望んで、今やっと会えた。貴方は城の外に生きるもう一人の私だと思っている」
 そう言ってティムは右手を差し出した。条件反射でフェリックスがその手を握り返す。
(!?)
 ティムの手を握った途端、フェリックスの中を気味の悪い衝撃が走った。まるで何かに意識を引っ張られる様な感覚。慌ててフェリックスは手を放すと、ティムを厳しい目付きで見た。
「今何かした?」
「何もしていない」
 ティム自身もフェリックスと同じ衝撃を受けて驚いていた。フェリックスの記憶や思考を覗き見ようとして握手したのは事実であるが、これまで誰かに触れた時にこの様な感覚に陥った事は無い。触れた者の記憶の内容によっては、度々精神的ショックを受けた事はあるが。
(フェリックス程の魔力を持つ者となると、敏感なのかもしれない…)
「ブルーナから話は聞いたと思う」
 フェリックスはティムの言葉にイラッとした。彼女の事をブルーナと名前で呼ぶのは、彼女の父親と、親友のハンナとボイス、そして自分だけの特権の様に思っていたからだ。
「貴方の意見を聞きたい」
 今盗み見た記憶で、フェリックスの意向は大体把握出来たが、思考を読める能力については知られたくなかったので敢えて尋ねた。
 フェリックスが何か言おうとしたが、此処で通行人がやって来る足音が聞こえたので、二人は話を中断して路地裏へと入った。陽が射さない狭い通路で再び向かい合う。
「はっきり言って反対だ」
「その理由もお聞かせ願いたい」
 フェリックスは一呼吸置いて、少し考えを纏めた。
「この計画は根本的な解決にならない。今生きてるアルビノを亡命させたところで、俺達は突然変異だ。計画の後に生まれてくる分はどうするんだ?」
 ティムは目を細めた。的確な指摘に返す言葉が無い。
「それに、亡命までする程の事か? 確かに珍しい姿をしてるさ。その分変な目で見られる事もある。でも、話せば解…」
「それは貴方だから言える事だ」
 ティムは怒ってフェリックスの言葉を遮った。
「貴方は美しい。美しい事はそれ自体が才能だ。人に愛されるという。他のアルビノや移民の実態を知っているのか? 姿を偽り、家に引きこもり、差別されて教育を受ける事も仕事をする事もままならない人々も居るんだ! それに…」
 ティムはチラ、と目だけを動かして上を見た。声が大きかったので、隣に建っていた集合住宅の上の階の住民が窓を開けて文句を言おうとし、フェリックスの白い髪を見て気味悪そうに再び窓を閉めた。
「それに、私は王になれない…」
 最後の方は声が小さ過ぎて、フェリックスの耳には届かなかった。
「だったら、周りの人の意識を変える方法は無いのか?」
 ティムは首を振った。
「差別禁止法という法律があるのを知っているか?」
 フェリックスは頷いた。中等学校の政治学の時間に少しだけ習った記憶があった。
「あれは私が生まれた日の翌日に、父上が議会も通さずに施行した法律だ。他人を生まれや見た目で差別してはいけないという」
 フェリックスは再び頷いて続きを促す。
「今はこの法律があるから大っぴらに迫害される事は無い。しかし、それ以前はアルビノは、この国の国民として認められていなかった。対外的に恥ずべき事なので父上も今の議会も若い者にはあまり教えたがらないが」
「どういう事だ?」
 フェリックスはなんとなく答えの予想が付きながらも、ティムが続けるのを待った。
「アルビノは悪魔の遣いで、その血肉には滋養強壮の効果がある」
 フェリックスはぞっとする答えに身悶えしつつ、ティムの言葉を聞いていた。
「等という、根も葉も無い言い伝えが古くからこの国の近辺にはあるのだ。それこそラザフォード王国の時代からな。ラザフォード時代は黒い髪に黒い肌の人間は奴隷として扱われていたが、我等アルビノは食材の扱いだったのだ。我が先祖チャールズ・ウィリアムズが政権を奪った後も、食材は食材の扱いのままだったのだよ…」
「そんな…酷い…」
 フェリックスは衝撃の事実に慄き、怒りを覚える。
「だがこれが現実だ。実際、戸籍に登録されているアルビノの中で、最年長は私だ。私より先に生まれた者は皆、生まれて直ぐに忌み子として国の外に捨てられたり、こっそり殺されたり、闇市に売られたり…。ひっそりと生き延びている者も居る様だが、ほんの僅かだ」
「なら尚更」
 フェリックスは口の中が乾いていたが、無理矢理唾で湿らせて反論した。
「この国を変える必要があるんじゃないか?」
 ティムがフェリックスを睨んだ。
「どうやって?」
「えーと…」
 今度はフェリックスが言葉を詰まらせる番だった。
「えーと…ちゃんと話し合えば…法律を増やすとか…」
「無駄だな。我々の方が圧倒的に数が少ない。説得にも限度がある。それに、法律等で人々の意識が変えられたか? 罰則があるから一応人間の扱いはするが、老年者は未だに私達を悪魔の遣いだと信じているし、若い者もその影響を少なからず受ける」
 土地に根付いた文化を変えるのは、そう容易い事ではない。そんな理由に託けていたが、相変わらずティムの目的はただ一つであった。自由になりたい。フェリックスと共に。
「私の成人式まで待つ」
 ティムはそう言うと、考え込んだフェリックスの横を通り過ぎ、彼の背後に回る。
「それまでに返事をくれ。計画に協力してくれるかどうか」
 数秒後にフェリックスが振り向いた時には、既にティムの姿は無かった。フェリックスはくそっ、と怒りをぶちまけながら家路へと着いたが、その怒りはブルーナに向かっているのか、ティムに向かっているのか、はたまたこの国の言い伝えに向かっているのか、自分でも良く解らなかった。