Cosmos and Chaos
Eyecatch

第62章:目覚め

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  • 3895字

「その前に、我が国の兵の一部が、貴方の計画を無視してネスター・ラザフォード氏を含め多くの犠牲者を出すに至った事をお詫び申し上げます」
 エリオットはオズワルドと、その翼に抱かれる様に座っているエドガーに、改めて深々と頭を下げた。
「もう過ぎた事だ」
 オズワルドは許しているとも責めているとも取れない口調で、エリオットに顔を上げる様に言った。
「それに貴方一人の責任ではない。続きを」
「あの戦いで生き残ったラザフォードの者は三人居ます」
 エリオットが話し始めた。
「一人は戦いが始まって直ぐに単独で逃げたマーカス。確かネスター氏の弟でしたね。彼の所在は現在不明です。それから、ネスター氏の二人の御子息」
 エリオットはエドガーを見た。エドガーは実感が沸かない顔で彼を見詰め返す。エドガーは戦いの間ずっと、父親に盛られた睡眠薬の所為で眠っていた。あの日の事は全て伝聞形でしか知らない。ただ、目覚めたら知らない人達に囲まれていて、両親も兄も誰も居なくなっていたのだ。
「ヴィクトーの方はネスター氏が予めコリンズに逃がしていたのに、戻って来てしまった」
 オズワルドが言うと、レベッカが顔を赤くした。彼女はヴィクトーが戦場に戻ろうとしていたのを知りながら止めなかった。彼女自身も、あれ程酷い戦況になっているとは知らなかったのだが、彼に酷い物を見せてしまった後悔はあったのだ。
「エドのお兄さんだよ」
 オズワルドが言うと、エドが頷いた。
「七歳の時だもん、覚えてるよ。それで、おじさんが引き取ったんだ?」
 エリオットが頷く。
「養子にしてウィリアムズに戸籍を作りました。彼の今の名前はヴィクトー・レナード・フィッツジェラルドです」
 エリオットは溜息を吐く。
「ですが今はウィリアムズに居ません。ラザフォードの別の一派…もしくはマーカスに操られたのか、エドガー君と彼自身を殺す為に、こちらに向かっている筈です。そこに至る経緯を話せば長いので割愛しますが」
 エリオットは今度は目線でフェリックスを示した。
「フェリックス氏が国外で遭難する様に仕向けたのはヴィクトーです。フェリックス氏を保護するという名目で、フェリックス氏の弟のアレキサンダー氏と共にウィリアムズを出ました。私の魔法が解けたのはその後です。フェリックス氏が貴方方と共にマイルズに居るという情報は、私に送られてきた手紙と同じ手紙が向こうに届いているなら知っていますね」
 エリオットはティムがその情報を抜いた内容でアレックスに手紙を送った事を願った。当時まだ幼かったティムは、例の事件にフリークサーカスが絡んでいる等きっと知らないのだろう。彼だけではない。国民の多くが、エドガー保護作戦の事をラザフォード殲滅作戦だと認識している。
「その情報は誰が?」
 レベッカが怪訝な顔をして尋ねた。エリオットはティムの特殊能力の事を単にとても強力な魔力の所為だと思っていたので、そういった説明をした。ここでどうしても、フェリックスの国外追放と元王子との関係に触れない訳にはいかなかった。
「ウィリアムズ王子もとんだ馬鹿ね。一体何人が巻き込まれてるのよ」
 レベッカがフェリックスをちらりと見ながら、此処に居ない人物を責める。フェリックスは苦笑した。とりあえず、レベッカに自分が罪人でも何でもない事を証明出来て嬉しいが、彼女の機嫌は更に悪くなった様である。
 その横でオズワルドは頭を抱えていた。
「エドを逃がすべきか…しかし、今更公演を取りやめる事は難しい。他の国で販売した前売りチケットは殆ど売り切れだ」
 運べるテントは小さい。マイルズ以外の国では一度に多くの客を楽しませる事は出来ないし、出来る演目も少なく、どうしてもフリークサーカスの臭いが強くなってしまう。その為、彼等の芝居を見る為にわざわざマイルズまで足を運ぶファンも居るのだ。彼等は既に、明日の舞台を見る為に自国を出発し、もうすぐホテルに到着しようと言うところだろう。
「…そうですね。まあ、公演中は私が場内外を警戒します」
「宜しく頼むよ」
「もしかしたらラザフォードの仲間を連れて来る可能性も無きにしも非ずですが、彼等がマイルズの門を正規の方法で通れる筈がありませんから、この国に居る間は相手は多くとも二人と考えて良いと思います」
「二人って?」
 フェリックスの声が大きくなった。
「アレックス君が操られている場合」
 エリオットが説明した。フェリックスはぞっとする。
「とりあえず、門の者には彼等二人が来たら何かしら理由を付けて足止めしてくれとは頼みましたが、向こうもウィリアムズ王の命令状を持っていますし、私の指示よりそっちの方が勝りますよね…」
 国を出る前に元ウィリアムズ王に命令状の撤回証明を出してもらえば良かった、とエリオットは後悔する。
「その二人って強いの?」
 尋ねたのはエドガーだった。エリオットは予想外の質問に、フェリックスと眼を見合わせる。
「僕だってもう子供じゃないんだ。自分の身は自分で守るよ。その人達の弱点とかあったら教えて」
 その想いに最初に応えたのは、フェリックスだった。
「アレックスは瞬発力が無い」
「あんたね、エドガーはまだ…」
 レベッカがフェリックスを制止しようとしたが、オズワルドが手の動きで彼女を黙らせる。
「あと、銃器よりは刀剣の方を好んで使う。一番得意なスタイルは長い剣で力ずくで押す感じ。学校で習ってるから銃もそこそこ撃てるだろうけど、基本的には接近戦に持ち込んで来ると思う」
 フェリックスは言った。
「そのまま懐に飛び込んだら勝てる。あいつは体を大きく使う癖があるから、急所ががら空きな事が多々ある」
「…わかった」
 エドガーが今度はエリオットを見た。エリオットも話し出す。
「とにかく学校で剣の腕がヴィクトーより勝る者は居ないらしい。引き取ってからは一度も銃には触らせていないが、今回の荷物には積んでいる」
「兄さんはピストルの扱いが上手かった。他の家族の誰より」
 エドガー自身もヴィクトーの戦い方を思い出したのか、エリオットの話の継ぎ目に呟く。
「他に得意とするのは小型の飛び道具だな。投げて使う小刀なんかだ。弱点は…運動能力的には完璧だなあいつは。ただ神経症気味だから、調子が悪ければ戦意喪失して大人しくしてくれるかもしれない…」
(逆に暴れ出すかもしれない…)
 エリオットの言葉にエドガーが頷いたが、今まで決意に満ちていたその表情がだんだん崩れていく。
「…なんか勝てない気がしてきたぞー…」
「あーあー、何もエドが一対二の状況で襲われる事は無いだろ。とにかくヴィクトーを補足するまではエドは単独行動しない事」
 オズワルドがその場を纏め、フェリックスとエリオット、レベッカは部屋を出る。レベッカはそのまま自室に戻ったが、残る二人はロビーへと下りた。今すぐヴィクトー達が到着してもおかしくないのだ。
「国の様子を聞かせて下さい」
 フェリックスとエリオットはロビーの片隅のソファーに向かい合って腰を下ろした。
「王制は崩壊したよ」
 その言葉にフェリックスの顔が青ざめる。まさか、全員暗殺されたとか…?
「ラザルス国王が長年思い描いていた計画を実行に移されたんだ。国は民主制になって、ティモシー殿下がとりあえず首相をやっている」
 エリオットが慌てて説明した。フェリックスはホッと胸を撫で下ろす。
「それから殿下は謝罪会見をして、君は冤罪だったと国民に知らされた。私の任務が終わったら、アレックス君とヴィクトーと、四人でウィリアムズに帰ろう」
 フェリックスは苦笑した。
(帰ろう、か…なんかあっさり帰れそうだな…)
 フェリックスは複雑な気持ちだった。何だか、あまり嬉しくないのは何故だろう。
 ちらほらと宿泊客の姿が見え始めたので、エリオットはそちらの観察に力を入れ始めた。フェリックスは彼の視線を気にせずに考え事に耽る。
(…帰りたくないんだ)
 唐突に気付いた。ウィリアムズに帰ったら何か良い事があるのだろうか。国政が変わった所で文化や偏見はなくならない。また仮面で顔を固めた生活が始まる。
(あんな国大嫌いだ)
 気付いた瞬間から、フェリックスの心に幼い頃から表に出さない様にしてきた憎悪が溢れ出てきた。
 幼い頃は気持ち悪いと言われ、ひたすら愛されようと努力した。何時だったか、自分は顔が美しい事に気が付いた。年頃になれば打って変わって女達が持て囃し始めた。その美しさはよく彼の性格にも勝手に投影された。「これ程の美人の心はきっと彼の髪の色と同じく曇り無い純白なのだ」と…。
 嫌われる事を最も嫌うフェリックスが、その期待を裏切る事等出来る筈が無い。彼は優等生で、優しい彼氏で、聞き分けの良い息子で、敬われるべき兄で在り続けた。ずっと、ありのままの自分を受け入れない他者を憎みつつ、その憎しみを表に出す事無く。
 本当は好きでも無い女とは付き合いたくなかったし、髪の毛は染めて学校に行きたかった。でも愛する代わりに愛してもらえるなら誰でも良かった。親に反抗して見放されたらもうおしまいだと思っていた。髪を染めて弟に逃げだと思われるのも嫌だった。
 違うのだとフェリックスは悩んだ。彼はただ愛されれば良い訳ではなかった。仮面無しでも愛して欲しかったのだ。
(怖いんだよブルーナ)
 フェリックスは手の平に汗をかきながら、拳を強く握った。
(君がこの白い悪魔を受け入れてくれるのか)
 フェリックスには勇気が無かった。自分をさらけ出してブルーナに嫌われるより、彼女への想いを断ち切って自分を受け入れてくれる人を探す方がずっと楽のような気がした。