第32章:蝙蝠人間

  • G
  • 4364字

 フェリックスが二人の女性と共に彼の方へ歩み寄ると、その人物は翼を折り畳んでフェリックスを振り返った。緑とオレンジのオッドアイがフェリックスの紅い目を捉える。
「君、こんな所で何してるの? 旅人には見えないね」
 彼の言葉には責める響きがあった。自分一人の為に、二人も彼等は殺めざるを得なかったのだ。此処では誰を殺そうが生かそうが、裁く法等無いが、フェリックスは申し訳無い気持ちになる。
「助けて頂き本当にありがとうございます。俺はウィリアムズ国民なんですが、少し国でごたごたがありまして、国外に逃がされたんですが遭難してしまったんです」
 それを聞いて蝙蝠男は持っていた弓をフェリックスに向けた。他の二人もそれぞれ武器を構える。フェリックスは彼らの行動の意味が判らずに、仕方無く手を上げた。
「ウィリアムズでは罪人を国外追放すると聞く。君もやはり犯罪者か」
「違います!」
 フェリックスはティムの計画の事を明らかにしてしまって良いものかどうか悩んだ。頭をフル回転させ、計画の事にはあまり触れずに説明しようと試みる。
「冤罪なんです! でも議会が裁判も無しに勝手に死刑を決めちゃって、俺の無罪を知ってて権力のある人が逃がしてくれたんですけど、どうもその人の部下が命令に従わないで勝手に…」
「あー解った解った」
 蝙蝠人間は弓を下ろした。背の高い女性もそれに倣ったが、片腕の女性だけは鋭い目でフェリックスを見ながら彼の背中にライフルの焦点を合わせていた。
「話は馬車でゆっくり聞こう。奴等が仲間と戻って来るかもしれない。こっちへ」
 男性はリリーの手綱を掴んで歩き始める。オレンジの髪の女性が抗議した。
「ボス、信用する訳?」
 男性が振り返って彼女を宥める。
「とりあえず私達に害意が無いようだからな」
 オレンジ色の女性はそれを聞くと銃を下ろした。フェリックスは急いで荷物を拾い上げ、先を行く三人の後を追う。
 少し離れた所に、十台近い馬車が停まっていた。
「皆! ラザフォードが近くに居る! 少し離れるぞ」
 ボスと呼ばれた男性が、見張りをしていた人々に声を掛けた。何人かは馬車に戻り、何人かは御者台に上る。蝙蝠人間はフェリックスにリリーの手綱を渡すと、
「後ろから付いて来なさい。まあ、その必要が無いのなら、別に構わんがね」
と言った。フェリックスはその必要が大有りだったので指示に従った。
 一時間程、月明かりの中を移動し、先頭の蝙蝠人間は馬車を止めた。大きな馬車が道無き道を移動するのは、なかなか大変な事だと思うのだが、彼等は慣れているらしく、まるでそこに舗装された道があるかのようだった。先程襲われた場所よりは随分離れただろう。
「君」
 蝙蝠人間が列の後ろまで歩いて来て、フェリックスを呼んだ。フェリックスはリリーから降りる。
「とりあえず、先にそこの池で顔を洗って服を着替えてきなさい」
 フェリックスは頷いたものの、どうしてそう言われたのか解らず、リリーに尋ねた。
(貴方、盗賊の血で左半身が真っ赤よ)
 言われて初めて、フェリックスは自分の顔や腕に血がべっとりと撥ねている事に気が付いた。再び吐き気を催しながら、リリーを連れて池に近付く。トランクやリリーに着いた血も拭いて、血の付いた服は近くの藪の中に捨てた。洗って再び着る気にはなれなかった。
「此方の馬車へ」
 一際大きな馬車の中に通される。馬車の中には、ベッドやキッチン等の生活に必要な道具が揃っていた。
「凄い」
 フェリックスが思わず声を漏らす。
「こんな馬車があるんですね」
「旅一座だからな。私達の家だよ」
 蝙蝠人間は大きな翼を小さく畳み、なんとか馬車の中で方向を変えて、フェリックスに椅子を勧めた。彼自身は背の高いベッドに腰掛ける。フェリックスが大分見上げないと彼の顔が見えないような状態であった。
「奥で子供が寝ているので小声でな」
 そして早速本題を切り出す。
「で? 君があそこで遭難していた訳を聞こうか。隠し事は無しだぞ。全て正直に話してくれれば、私達は君に害をなすつもりは無い」
 犯罪者なら別だが、と彼は付け加える。
「その前に名前を聞こうか。私はオズワルド・ハーキマー。このサーカス団の団長をしている」
「フェリックス・テイラーと言います。先程も言いましたが、ウィリアムズ国の学生です」
「歳は?」
「十七です」
「私には随分大人びて見えるよ」
「よく言われます。でも、身分を証明する物を今持っていないので、どうか信じて下さい」
 オズワルドは微笑んだ。
「何も信じないとは言っていない」
「すみません」
「いや、構わんよ。して、その学生君が国を追い出された理由は?」
 フェリックスは少し間を置き、頭の中を整理した。まず何から伝えれば良いのだろう。
「…長くなりますけど、良いですか?」
 オズワルドは頷いた。
「短く済むとは思っておらんよ」
 フェリックスはその言葉に安心し、少しだけ笑みを零した。そして、こうなった経緯をオズワルドに語り出した。

「ふむ…ウィリアムズの管理官が私を頼れと、そう言ったのか?」
「はい」
 オズワルドに全て説明するのに数十分かかった。オズワルドは消えかけたランプに慎重に油を継ぎ足すと、思案顔でベッドの側面を指で叩く。ベッドの下は収納になっているようだ。
「結論から言うと、私はウィリアムズの王子から何か要請された覚えは無い」
「俺も、ハーキマーさんを頼れって管理官が言ったのは、管理官の独断だと思います。王子が俺を逃がす時に準備してくれた装備は、どう見ても外をうろついて何処に居るか知れない人を探す為には少なすぎますし」
「そうだな」
 オズワルドは再び黙り込んだ。フェリックスが犯罪者ではなく可哀想な被害者である事は理解してくれたようだが、この後彼がどう出るのか、フェリックスは不安だった。
「…その管理官の名前を知らないか?」
 フェリックスは意外な言葉に驚いた。しかし、名前など聞いていない。弟の学校の先輩である事しか、知らない。その事を伝えると、オズワルドは今度は容姿を尋ねた。
「そういえば、さっき俺を襲ってきた髪の長い男に少し似てました」
 フェリックスがそう言うと、オズワルドが「やはりな…」と呟いた。そしてベッドから降り、フェリックスを馬車の奥へと手招きする。
「もしかして、この子に似た顔ではなかったか?」
 馬車の奥にはもう一つベッドがあり、そこに十四歳くらいの子供が寝ていた。驚く事に、フェリックスと同じ、真っ白な肌に真っ白な髪をしていた。
「エド、エド」
 オズワルドが子供にそっと呼びかける。
「エドガー。すまないが少し起きてくれ」
「ん~~」
 眠そうに顔をごしごし擦り、少年が上半身を起こした。なかなか開かない瞼を指で無理矢理開けようとしている。
「何? お義父[とう]さん」
 尋ねる声に、フェリックスは、何かが頭の中で繋がった気がした。声変わりこそしていないものの、少年の声は管理官の声と同じ物である事は、よく通る声質からすぐに解った。
「…この人誰?」
「どうだフェリックス」
 オズワルドはエドガーの問いには答えず、フェリックスの方を見て尋ねた。オズワルドは同時に、腰に差しているピストルに手を伸ばしていたが、フェリックスはそれには気付かなかった。
「この顔だ」
 少年が漸く目を開け、深紅の瞳でフェリックスの顔を見詰めた。大きくて切れ長の目だった。
「似てます…」
 フェリックスはオズワルドに振り向き答えた。
「さっきの賊よりも」
「この子を見ても何も感じないな? 殺意とか破壊衝動とか」
「…どういう事です?」
「いや、感じていないなら良い」
 オズワルドは銃から手を離し、エドガーを再び寝かし付けると、フェリックスを自分のスペースへと押し戻した。
「あれは私が数年前に引き取った子供だ」
 再びベッドに座ると、オズワルドが言った。フェリックスは首が痛かったので、今度は立ったまま話をする事にした。
「私が思うに、ウィリアムズの管理官は、あの子の実の兄だと思う」
 フェリックスはその言葉の内容を吟味するのに一秒かけ、その後それがどうして問題なのかを考えるのに一秒かけたが、よく解らなかったのでオズワルドに尋ねた。
「それって何か問題なんですか?」
「大アリだな。多分、あの子の命を狙っているのだろう」
 フェリックスは話に付いていけないので焦った。
「えーと…お兄さんはあの子に相当な恨みでもあるんですか…?」
「さあ解らん。だが、それ以外に考えられないな。若しくは、その兄も誰かに操られているか…」
 フェリックスがさっぱり解らない、という顔をしているので、オズワルドは少し頭を冷やして説明し始めた。
「ラザフォード一族については知っているだろう?」
「え、ああ、はい。盗賊ですよね。昔ウィリアムズを統治してた」
「あの子はその末裔だ。さっき君を襲った者達もだ」
 フェリックスは奥で寝ている子供の方を見た。あれが盗賊? どう見ても普通の少年である。城の管理官も、確かに外国人である事は見た目からはっきりしていたが、普通の一市民に見えた。
「六年前の冬に起こった事件は知っているかな? 子供だから知らないかもしれないな」
「いえ、知ってます。一月十九日の、ラザフォード殲滅作戦の事ですよね?」
 今度はオズワルドが驚く番だった。
「日付まで覚えているのか」
「俺の誕生日だったので」
「そうだったのか。まあ、その事だ。あれは元々殲滅作戦ではなかった。あの子の父親が、あの子の事を私に保護してほしいと頼んできた。私達だけでは少し心配だったので、ちょうどウィリアムズの近くに居たからウィリアムズに協力を願った。その時私は知らなかったのだ。ラザフォードがウィリアムズを追放された一族だと」
 フェリックスは黙ってそれを聞いていた。オズワルドが悔いた様な表情で続ける。
「盗賊だとは知っていたのだがな。だから、せいぜい逮捕されるくらいだと思っていた。しかしウィリアムズはラザフォードを殲滅しようとした…なんとかあの子は助け出したが、他の者は皆死んだ。あの子の兄と、叔父を残してな」
「兄と叔父はその後どうなったんですか?」
 オズワルドは首を振った。
「戦いの途中で我々は逃げたから、詳しくは知らない。だが、二十歳くらいの若い男が戦いの途中で逃げて行くのが見えた。さっき君を襲った髪の長い男だ。あの子が…エドガーに訊いたら、エドガーの属していた一派に二十歳以下の若い者は三人しか居なかったらしい。エドと、兄と、叔父だ」
「なるほど」
「兄の方は、最初は戦いに参加していなかった。エドの両親が、巻き込まれないようにと、先にコリンズへ逃がしていたらしいのだが、私達と入れ替わりの様に帰って来てしまった。風の噂でウィリアムズの誰かに引き取られたと聞いていたが、本当だったのだな…」

このサイトではクッキーを使用しています。
詳細