第1章:ブルーナ・ブックス

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  • 3873字

「ブルーナ! ブルーナ!」
 ブルーナはその時、店の奥の倉庫で先週届いたばかりの新しい教科書を紐解いていた。固く結ばれた紐を手で解くのは無理だと思い、鋏を手に取った所であったが、父の呼ぶ声に手を止めて店先へ出る。
「何、パパ」
 白髪が混じり始めた中年の男性が、帽子を手に取り店から出ようとしていた。
「本を仕入れに行くから、ちょっとの間店番しててくれない?」
 ブルーナは自分のプラチナブロンドを気にしながら不満の声を漏らした。普段学校に行く時は黒く染めている髪の毛は、夏休みの間にすっかり色が抜けて、本来のとても白に近い金色に戻っていた。
「今日は注文の本を取りに来るお客さんが居るんだよ。でも仕入れも行かないと、まだまだ新学期の教科書を待ってる人は多いんだから」
 そう言われると反抗出来ず、ブルーナは渋々、トラックで去る父親の背中を見送った。今日も太陽が眩しい。手を振るつもりが太陽光から目を守るのに必死でよく解らないポーズになってしまった。
 店に戻り、カウンターの椅子に座って祈る。客が来る前にパパが帰って来ますように!
 ブルーナは決して店番の仕事が嫌な訳ではなかった。人見知りでもなかった。ただ、この国に住んでいる人の事は、あまり好きではなかった。
 この国は陽射しが強い。故に国民は殆どが黒髪に浅黒い肌、黒い瞳をしていた。ブルーナの父親も、死んだ母親も、だ。しかしブルーナは違っていた。プラチナブロンドに青白い肌、そしてブルーの瞳。彼女はアルビノなのだ。
 見た目が珍しいだけだが、子供のいじめや大人の差別の標的になり易い事は、否定しようがない事実だった。色素が無い為太陽光にも弱く、あまり外出出来ない事も、その事実に拍車を掛けていた。
 例えいじめられなくても、真っ白な髪を見れば大抵の人間が吃驚したり、じろじろと眺めたりしてくる。それが嫌で、ブルーナは髪を染める等、なるべく人目に付かないような努力をしてきた。
(早くパパ帰って来い早くパパ帰って来い早く早く早く…)
 そう祈りつつ、暇なのでラジオを付けてみた。音楽でも流しているかと思ったが、どうやらこの時間帯は下らないトーク番組かニュースしかやっていない様だ。ニュースにチャンネルを合わせ、椅子に座って足をブラブラさせていると、商店街を行き交う人の中から一人、見馴れない少年が流れを抜けて店に入って来た。彼は真っ直ぐカウンターに向かって来る。目が合った。
「い、いらっしゃいませ」
 少年はブルーナの髪の色に全く反応せず、ポケットから注文書の控えを差し出した。
「教科書取りに来ました。あと、兄貴の分も」
「少々お待ち下さいませ」
 ビクリともしない少年に逆に吃驚しながら、ブルーナは二枚の注文書を手に店の奥へと向かう。
 教科書セットの片方はすぐに準備出来た。何故なら、ブルーナが先程解こうとしていた教科書セットと、全く同じ本だったからだ。もしかしたら同じ学校の人なのかもしれない。
 もう片方は全て揃えるのに少し時間がかかった。先程の教科書は魔術関連の本が中心だったが、今度は剣術や格闘、法律等の本である。ブルーナは魔術には興味があったが剣術の本等は読まないので、倉庫の何処に置いてあるのか記憶していなかったのだ。
「お待たせしました。合わせて一万二千七百ゲインになります」
 量が多かったので二回に分けてカウンターまで運び、紙袋に詰めて渡す。少年は代金を払うと、軽々とそれらを持った。一見細身に見えたが、良く見れば半袖のシャツから飛び出ている小麦色の腕にはかなりの筋肉が付いている。きっと剣術の教科書を使うのは彼の方だろう。
「あの…何か…」
「へ?」
 ブルーナがじろじろ見ていたので、少年は何かあるのだろうかと尋ねてみた。普段は自分がじろじろ見られて嫌がっているのに、今日は逆の事をしてしまってブルーナは少し反省する。
「あ、いえ、何処かでお会いした事があったかなあと…教科書が私の学校と一緒だったので」
 本当は全然そんな気はしていなかったが、口から出まかせである。
「あー多分それ兄貴ですよ。学校って魔法学院でしょ」
 出まかせなのだが少年は何故か納得した。
「俺、兄貴と瓜二つってよく言われるんですよ。まあ、兄貴はアルビノなんで直ぐに見分け付くんですけど、帽子とか被ってたら結構間違われます。それに兄貴は本好きでよくこの店に来るらしいし」
「き、きっとそうですね」
 と、適当に返事をしながらブルーナは驚いていた。
(アルビノなんて自分以外見た事無いし! …まあ学校は人数多いからクラス違ったら解らないし、店にもあんまり出ないからなあ…。でも、その人は髪も染めずに出歩いているのかしら)
 一先ず、少年がブルーナを見て驚かなかった理由は判った。単に見馴れているからだ。
「でも俺、この店にアルビノの人が居るなんて、知りませんでした。っていうか娘さんが居るって事自体ですけど」
「あまり外に出ないもので…」
「そうなんですか。まあ俺の兄貴も夏場は…」
 少年はそこで言葉を切った。カウンターの端に置かれたラジオに注目する。ニュースは国外の報道について流していた。
『……アンジェリーク・キュリー選手が引退を表明しました。先日の試合における事故の……』
「ええええええ!!?」
 少年が大きな声を出すのでブルーナは一瞬飛び上がった。店の前を歩く人も何事かとチラリと此方を見たが、特に何も起こっていない事を確認すると再び歩き出す。
「アンジェリーク引退!?」
 少年は紙袋を取り落とさん勢いでラジオに顔を近付ける。
「あ、あの」
 ブルーナは今のがそんなに大きなニュースなのか良く解らずに尋ねた。
「アンジェリークって?」
「有名な格闘家です。俺、ファンだったのに…」
 少年はニュースを聴き終わると姿勢を正して落ち込む。
 一方ブルーナは彼の話の続きが聴きたかったので促した。
「それは残念ですね。ところで、さっき言いかけた事は?」
「あ、はい。兄貴も夏場は眩しくて目が開けられないから出たくないって。だから俺が代わりに本を」
 言いながら少年が教科書を示す。
 ブルーナが引っかかっているのは、そこでは無かった。
「人目に付きたくないから出ないんじゃないの?」
 客相手だったが、敬語を使う事等忘れて問い詰めていた。少年は一瞬目をぱちくりさせたが、直ぐにブルーナの言わんとしている事を理解して答えた。
「兄貴は夏だろうが冬だろうが、髪の毛は染めていませんし、眼の色も変えていません」
 ブルーナにはその答えで十分だった。
「貴方のお兄さん、勇気があるのね」
 少年は微笑んだ。
「兄貴だけに勇気があるんじゃなくて、兄貴の周りの人にも勇気があるんですよ。まあ、兄貴は、周りの人をそうさせる何かがあるって言うか」
 自分とは異なる者を排除せず、ありのまま受け入れるのも、勇気。
「ん? それじゃあ俺自身が勇気ある人間だって宣言しちゃった感じ? まあいいや。じゃあそろそろ帰りますね」
「あ、はい。また御利用下さいませ」
 ブルーナは新しい物の考え方に出会って感慨深い気分になった。自分はこれまで、自分が変わる事でしか楽しく暮らす事は出来ないと思っていた。しかし、あの少年の兄は、周囲を変える事によって暮らしているらしい。
(…新学期は髪の毛染めないで行こうかな)
 先程の注文書を取り出して広げる。剣術の教科書を買って行ったあの少年の名はアレキサンダー・テイラー。そして魔術の本を買った彼の兄の名は…。
「フェリックス・テイラー」
 声に出してみたがやっぱり知らない名前だった。同じ学校では無いのかもしれない。
(でも此処の常連だって言ってたわよね…)
 ブルーナは注文書を仕舞うと椅子に座り直した。
(会ってみたいな…今度からちゃんと店の手伝いしよう…)
 会って、どうやって周りの人々の考えを変えていったのか、方法を教えてもらいたかった。

「ふうん、子供達巣立って行っちゃったか…じゃあ奥さんは気持ちが落ち込んでるんだね」
 黒で統一された上品な調度品が並ぶ部屋の出窓に、片膝を立てて座っている髪の白い男が言った。
 部屋には彼一人しか居ない。ただ、開け放たれた出窓、彼の足元に、一羽の鳥がちょこんと止まっていた。
「…花? 良いよ、そういう事ならどれでも好きなの摘んで行って」
 彼は言うと下に見える裏庭を指差した。その先へ鳥が飛び立ったのと、部屋の扉がノックされたのはほぼ同時だった。
「兄貴ーテキスト買ってきた」
「おーありがとー」
 彼…フェリックスは窓から下りると、扉を開けてアレックスを部屋に入れてやる。
「兄貴、今誰かと喋ってた?」
「ああ、独り言だよ」
 受け取った教科書を机に置きつつしらばっくれる。アレックスは用は済んだと隣の自室に戻ろうとして、去り際に何事かを思い出してこう言った。
「そうだ、蒼月書店[ブルーナ・ブックス]にアルビノの娘さんが居たよ。兄貴と学校一緒かも。知ってた?」
 アレックスの言葉にドキッとしてフェリックスは本を整理する手を止めた。扉を振り返ったが、あまり興味が無かったのか、既にアレックスは部屋を出てしまっていた。
(居たんだ…)
 フェリックスはアレックスに頼まずに自分で取りに行けば良かったと後悔した。
 しかしそんな事を気にかけていても仕方が無い。丁寧に新しい本を並べ終えると、フェリックスは引き出しから便箋とペンを取り出した。

親愛なるティム
 こちらはいよいよ明日から新学期だ。アレックスも無事高校に合格して、一昨日入学式をしてきたよ。今年のクラス替えでは、良い人達と当たると良いな。

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