Cosmos and Chaos
Eyecatch

第1章:ブルーナ・ブックス

  • G
  • 3158字

「ブルーナ! ブルーナ!」
 ブルーナはその時、店の奥で先週届いた新しい教科書を紐解いていた。しっかりと結ばれた紐を手で解くのは無理だと思い、鋏を手に取った所であったが、父の呼ぶ声に手を止めて店先へ出る。
「何、パパ」
 白髪が混じり始めた中年の男性が、帽子を手に取り店から出ようとしていた。
「本を仕入れに行くから、ちょっとの間店番しててくれない?」
 ブルーナは自分のプラチナブロンドを気にしながら不満の声を漏らした。普段学校に行く時は黒く染めている髪の毛は、休みの間にすっかり色が抜けて、本来のとても白に近い金色に戻っていた。
「今日はこの後注文の本を取りに来るお客さんが居るんだよ。でも仕入れも行かないと、まだまだ新学期の教科書を待ってる人が多いからね」
 そう言われると反抗出来ず、ブルーナは渋々トラックで去る父親の背中を見送った。今日も太陽が眩しい。手を振るつもりが太陽光から目を守るのに必死でよく解らないポーズになってしまった。
 店に戻り、カウンターの椅子に座って祈る。客が来る前にパパが帰って来ますように!
 ブルーナは決して店番が嫌いな訳ではなかった。人見知りである訳でもなかった。ただ、この国に住んでいる人の事は、あまり好きではなかった。
 この国は陽射しが強い。故に国民は殆どが黒髪に浅黒い肌、黒い瞳をしていた。ブルーナの父親も、死んだ母親も、だ。しかしブルーナは違っていた。プラチナブロンドに青白い肌、そしてブルーの瞳。彼女はアルビノなのだ。
 見た目が珍しいだけであるが、子供のいじめや大人の差別の標的になり易い事は、否定しようがない事実だった。色素が無い為太陽光にも弱く、あまり活発に外に出たり出来ない事も、その事実に拍車を掛けていた。
 例えいじめられなくても、真っ白な髪を見れば大抵の人間が吃驚したり、じろじろと眺めたりしてくる。それが嫌で、ブルーナは髪を染めたり、なるべく人目に付かないような努力をしてきた。
(早くパパ帰って来い早くパパ帰って来い早く早く早く…)
 暇なのでラジオを付けてみた。音楽でも流しているかと思ったが、どうやらこの時間帯は下らないトーク番組かニュースしかやっていない様だ。ニュースにチャンネルを合わせ、椅子に座って足をブラブラさせていると、商店街を行き交う人の中から一人、少年が流れを抜けて店に入って来た。彼は真っ直ぐカウンターに向かって来る。目が合った。
「い、いらっしゃいませ」
 少年はブルーナの髪の毛に全く反応せず、ポケットから注文書の控えを差し出した。
「教科書取りに来ました。あと、兄貴の分も」
「少々お待ち下さいませ」
 ビクリともしない少年に逆に吃驚しながら、ブルーナは二枚の注文書を手に店の奥へと向かう。
(私の色が変だって事は気付いている筈なのに、驚かないなんてちょっと凄い)
 教科書セットの片方はすぐに準備出来た。何故なら、ブルーナが先程解こうとしていた教科書セットと、全く同じ本だったからだ。もしかしたら同じ学校の人なのかもしれない。
 もう片方は全て揃えるのに少し時間がかかった。先程の教科書は魔術関連の本が中心だったが、今度は剣術や格闘、法律等の本である。ブルーナは魔術には興味があったが剣術の本等は読まないので、倉庫の何処に置いてあるのか記憶していなかったのだ。
「お待たせしました。合わせて12700ゲインになります」
 量が多かったので2回に分けてカウンターまで運び、紙袋に詰めて渡す。少年は代金を払うと、軽々とそれらを持った。一見細身に見えたが、良く見れば半袖のシャツから飛び出ている腕は、色は白めなもののかなりの筋肉が付いている。きっと剣術の教科書を使うのは彼の方だろう。
「あの…何か…」
「へ?」
 ブルーナがじろじろ見ていたので、少年は何かあるのだろうかと尋ねてみた。普段は自分がじろじろ見られて嫌がっているのに、今日は逆の事をしてしまってブルーナは少し反省する。
「あ、いえ、何処かでお会いした事があったかなあと…教科書が私の学校と一緒だったので」
 本当は全然そんな気はしていなかったが、口から出まかせである。
「あー多分それ兄貴ですよ。学校って魔法学院でしょ」
 出まかせなのだが少年は何故か納得した。
「俺、兄貴と瓜二つってよく言われるんですよ。まあ、兄貴はアルビノなんで直ぐに見分け付くんですけど、帽子とか被ってたら結構間違われます。それに兄貴は本が好きでよくこの店に来るらしいし」
「き、きっとそうですね」
 と、適当に返事をしながらブルーナは驚いていた。
(アルビノなんて自分以外見た事無いし! まあ学校は人数多いからクラス違ったら解らないし、店にもあんまり出ないからなあ…。でも、その人は髪も染めずに出歩いているのかしら)
 一先ず、少年がブルーナを見て驚かなかった理由は判った。単に見慣れているからだ。
「でも俺、この店にアルビノの人が居るなんて、知りませんでした。っていうか娘さんが居るって事自体ですけど」
「あまり外に出ないもので…」
「そうなんですか。まあ俺の兄貴も夏場は…」
 少年はそこで言葉を切った。カウンターの端に置かれたラジオに注目する。ニュースは国外の報道について流していた。
『……アンジェリークさんが引退を表明しました。先日の試合における事故の……』
「ええええええ!!?」
 少年が大きな声を出すのでブルーナは一瞬飛び上がった。店の前を歩く人も何事かとチラリと此方を見たが、特に何も起こっていない事を確認すると再び歩き出す。
「アンジェリーク引退!?」
「あ、あの」
 ブルーナは今のがそんなに大きなニュースなのか良く解らずに尋ねた。
「アンジェリークって?」
「有名な格闘家です。俺、ファンだったのに…」
 少年が勝手に落ち込んだが、ブルーナは彼の話の続きが聞きたかったので促した。
「それは残念ね。ところで、さっき言いかけた事は?」
「あ、はい。兄貴も夏場は眩しくて目が開けられないから出たくないって。だから俺が代わりに本を」
 言いながら少年が教科書を示す。
 ブルーナが引っかかっているのは、そこでは無かった。
「人目に付きたくないから出ないんじゃないの?」
 客相手だったが、敬語を使う事等忘れて問い詰めていた。少年は一瞬目をぱちくりさせたが、直ぐにブルーナの言わんとしている事を理解して答えた。
「兄貴は夏だろうが冬だろうが、髪の毛は染めていませんし、眼の色も変えていません」
 ブルーナにはその答えで十分だった。
「貴方のお兄さん、勇気があるのね」
 少年は微笑んだ。
「兄貴に勇気があるんじゃなくて、兄貴の周りの人が勇気があるんですよ」
 過酷な状況に身を置くのは勇気では無い。自分とは異なる者を排除せず、ありのまま受け入れるのが、勇気。
「ん? それじゃあ俺自身が勇気ある人間だって宣言しちゃった感じ? まあいいや。じゃあそろそろ帰りますね」
「あ、はい。また御利用下さいませ」
 ブルーナは新しい物の考え方に出会って感慨深い気分になった。自分はこれまで、自分が変わる事でしか楽しく暮らす事は出来ないと思っていた。しかし、あの少年の兄は、周囲を変える事によって暮らしているらしい。
(…新学期は髪の毛染めないで行こうかな)
 先程の注文書を取り出して広げる。剣術の教科書を買って行ったあの少年の名はアレキサンダー・テイラー。そして魔術の本を買った彼の兄の名は…。
「フェリックス・テイラー」
 声に出してみたがやっぱり知らない名前だった。同じ学校では無いのかもしれない。
(でも此処の常連だって言ってたわよね…)
 ブルーナは注文書を仕舞うと椅子に座り直した。
(会ってみたいな…今度からちゃんと店の手伝いしよう…)
 会って、どうやって周りの環境を自分好みにしていったのか、方法を教えてもらいたかった。