第3章:後ろの席のあいつ

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初登場ドランクが理想の最強ミステリアスお兄さんムーブしてたり。
霧の島の話までは入っています。


 探していた相手は、新学期早々直ぐに見つかった。
 廊下であんぐりと口を開けたまま突っ立っているのはブルーナだった。視線の先には優秀成績者一覧。去年度の後期の分だ。この学校では長期休暇の間に成績が決められる為、成績優秀者の発表は新学期からになってからが通例である。
 ブルーナはその成績優秀者の一番上に書かれている名前を見て驚愕した。
(フェリックス・テイラーですって…?)
 やはり同じ学校だったのか、という感慨よりも前に、ブルーナの胸に起こったのは激しいライバル心だった。
(この私を抜いて首席ですって!?)
 ブルーナは去年度の前期は学年で最も成績が優秀な生徒、つまりは首席であったのだが、今回は前回次席だったフェリックスがブルーナを抜いた形となる。因みにブルーナの記憶にフェリックスの名前が一欠片も無かったのは、ブルーナが自分より無能な人間に対して無関心だからである。自分が一番であれば、それより下の順位がどうなっていようと関係無いのだ。
(やっぱり聞くのやめた!)
 本人も自覚はしているが、ブルーナはどうしようもない負けず嫌いであった。ついさっきまでは「フェリックスってどんな人なのかなー早く会ってどういう生活してるのか聞きたいなー」等と乙女チックな妄想を含めた想像をしていたが、相手が自分よりも賢い人間だと知れば別である。たった今から打倒フェリックスを標語に掲げて邁進するのみである。
「おーフェリックスやっと一番じゃーん」
 少し苛立ちながら新しい自分のクラスへ向かおうとしていたら、チャラそうな男の声が聞こえた。
「ん? そうなの?」
 ブルーナは足を止めた。自分より頭が良いと言っても、やはりどんな人物なのか、気になる。
(フェリックスが此処に居るの?)
 二人の声がした方を向くと、人だかりの中に背の高いアルビノと、制服をだらしなく気崩した男子生徒が居た。だらしない方は去年も同じクラスだった、ボイス・ウッドという怠惰な生徒だ。
「遠くて見えねー」
 アルビノはポケットから眼鏡を取り出して顔の前に翳し、一生懸命目を細めて成績優秀者一覧を見ようとしていた。目が悪いのか。そういえば、アルビノは目が悪い事があると聞いた事がある。ブルーナは幸いにも視力は正常だ。
「読んでやるよ。一位フェリックス・テイラー、七百八十六点。二位ブルーナ・ブックス、七百七十九点、三位キャメロン・マクドネル、七百六十三点。おめでとう主席」
「ありがとう下から三番」
「祝ってやってんのにそれは酷くね?」
「事実だろ。良く進級出来たもんだ」
 二人は顔を見合わせてからクククと笑うと、食堂の方へ歩いて行った。ホームルームが始まるまでまだ時間がある。ブルーナは後を追おうかと少し逡巡したが、結局教室へと向かった。
 制帽の下の髪の毛は、白いままだ。
(大丈夫…きっと大丈夫…)
 教室にまっすぐに向かったのは、あまり人目に付きたくないからでもあった。

(それにしても、イメージとちょっと違ったなあ…)
 勝手な偏見であるが、ブルーナはフェリックスの事をもっとなよなよしている奴かと想像していた。いや、別に悪い意味では無く。何となく自分と同じ様なタイプの人間を想像していたのだ。
(なんか思ってたよりも体育会系な感じがする…)
 教室の新しい席に着いて、読書をするふりをして物思いに耽る。フェリックスは思っていたよりも背が高く、体格もがっちりしていた。アレキサンダーは「瓜二つ」と言っていたが、そこまでそっくりでも無い気がする。顔は良く見えなかったが、体格だけを見ればフェリックスの方が立派であった。
(アルビノってスポーツとかあんまりしないと思ってたけど、良く考えれば室内競技とかいうのもあるか…)
 それに、あの話していた相手。ウッドは不良でこそなかったがかなり不真面目で教師達には問題児扱いされていた。あんな人間と付き合う様な奴なのかと思うと、ますますお近付きになろうとかいう気は失せた。
「おっはよーブルーナ! 今年も同じクラス! 嬉しーい」
 考え事をしている時にいきなり声を掛けられ、ブルーナは一瞬心臓が止まるかと思った。昨年度も同じクラスで、高等学校に入ってから出来た唯一の友達のハンナ・オルビーだった。出席番号の関係で今日からまたブルーナの前の席に座る事になるらしい。
「おはよう。珍しく遅刻しなかったのね」
「新学期だしねー。それより、髪の毛染めないで来たの?」
 ハンナを含め、同じクラスだった生徒や、近所に住む人達はブルーナがアルビノである事を知らない訳では無かった。髪の色を変えるのは簡単だが、全身の肌の色を誤魔化すのは薬品の調合が難しく、時に危険でもあった。瞳の色も然りである。せめて目立たないようにと髪の毛だけ染めていたのだ。
「…うん」
「いいじゃんその方が。お金もかからないし、私は好きだよ」
「ありがと」
 ブルーナのこの姿をありのまま受け入れてくれるのはハンナくらいのものだった。本当は目の色も中等学校の時は変えていたのだが、ある時ハンナに地の色を見られてしまった事があった。しかしハンナが綺麗だと褒めてくれたので、目の色は随分前から変えないようになっていた。
 しかし一般的にこの国では黒くない瞳は奇異であり、気味悪がられるものである。ブルーナはハンナ以外の人間と目を合わせる事は殆どしなかった。
「ハンナ、成績優秀者の一覧見た?」
「見た見た。抜かされてたね」
「テイラー君ってそんなに賢い人なの?」
 ハンナは鞄から鏡を取り出して髪の毛をセットしていたが、その手を止めて腕越しに此方を見た。
「ガリ勉らしいよー? 一年の頃から優しいインテリイケメンとか言って人気あったみたいだけど、あたしヤサ男はタイプじゃないわ」
 別にハンナの好みのタイプを聞いたつもりは無いが、ヤサ男が好みでないのは自分も同じなので相槌を打つだけに留めておいた。
(さっき顔良く見えなかったけど、賢い上に男前とか、結局長所で短所を埋めてるから差別されないんじゃ…世の中不公平)
 ブルーナは別に自分の事を美人だとは思っていなかったし、周りからもあまり言われた事が無いので、事実美人では無いのだろう。その上心臓が弱く、運動についてはさっぱりだ。人に誇れる点は頭脳しか無かった。その頭脳も生まれながらの天才では無く、人にはあまり見せないようにしているが並々ならぬ努力の結果である。
「そういやテイラー君もアルビノなんだってね。あたし見た事無いけど」
「みたいね。さっきそれっぽい人見たわ」
「へー。噂通りのイケメンだった?」
「横顔しか見てないからわかんな…」
 い、と言おうとした瞬間に教室の扉が開き、噂の人物が例のチャラい友人と共に教室に入って来た。ハンナは扉の方向に背を向けていたので、音を聞いて振り返る。フェリックスは少しだけ此方に、というかブルーナに目を留めたが、特に反応もせず黒板の座席表を確認すると、ずんずんと自分の席の方、教室の奥の後ろの方へと進んだ。
(同じクラスかよ!)
「~~~~~!」
 ブルーナが明らかに嫌そうな顔をした一方、ハンナが再び此方を向いて声にならない声を出す。
「超カッコイイじゃん! 何処がヤサ男なの!?」
「シッ! 声が大きい」
 興奮したハンナが我に返って声を落とす。
「でも今一瞬ブルーナの事見たよね。脈アリ?」
「あのねえ。今日初めて会ったばっかりなんだけど。大体初めての人は殆ど皆私の色見るじゃん」
 チチチ、とハンナが指を立てて言う。
「そんな事無いかもよー? 大体どっちもアルビノ、どっちもランキングに載る位の成績優秀者。あんたは興味無かったから今まで知らなかったのかもだけど、向こうはずっとこっちの事チェックしてたりしてー」
「冗談」
 そこまで言ったところで新しい担任が入って来て会話が途切れた。恒例の挨拶やら事務的な連絡やらがあり、始業式の為に講堂へ移動し、教室に戻って来て自己紹介タイムが始まった。
 ブルーナはこの時間が大嫌いだ。出席番号が前の方だから発表する順番が早く回ってくるし、出来る事なら周りに注目されたくない。それでも、教室中の痛い視線に耐えて椅子に座り直すと、ほっと安堵した。今年は去年の様にクラスの全員が見知らぬ人間ではないし、今年はもう一人クラスにアルビノが居るから、奇異の度合いが少し軽減されている気がした。
(なんか微妙に奴に助けてもらった気がしてムカつく…)
 思いながら、ブルーナは堂々と自己紹介する、後ろの席のフェリックスを眺めていた。

 放課後、ハンナと一緒に教室を出ようとした時に声を掛けられた。
「あの、ブックスさんって本屋さんの人ですか?」
(げっテイラー君…)
 振り返るとフェリックスがボイスと共に立っていた。
「そうですそうです! お城の南にある!」
 ブルーナが答えるよりも早くハンナが言った。フェリックスは彼女に向かって微笑む。
「やっぱり。お店の名前と同じ名前だから。俺そこよく行くんだけど、学校も同じなのに今まで会った事無かったなんて逆の偶然もあるもんだね」
 よくよく見ると確かにフェリックスは弟にそっくりの顔で、甘いマスクにハスキーな声で、そこら辺の女子なら簡単に惚れ込んでしまうような容姿をしていた。白い事を除けば。
「…あんまり店手伝わないから…」
 ブルーナは警戒しながら低い声で答えた。別にフェリックスが嫌いな訳ではない。ただ、ほぼ本能的に自分より賢い人間が嫌いなのである。それに、どうせ偏見だとは解っているが、大方の賢い人間は変に狡猾だったり、傲慢だったり、自意識過剰だったりする。味方に付ければ強力なのだろうが、それは何となくプライドが許さなかったので、あまり関わり合わない事にしようと決めた。
(第一アルビノ二人で集まってたら目立つじゃん…)
 夏休みの間に抱いた「仲良くなって周囲に溶け込む方法を聞こう」という気は完全に失せていた。
「そうなんだ。まあ俺も家業とか全然手伝わないけど」
「テイラー君ちは何屋さんなの?」
 ハンナがどうにかフェリックスの注意を自分に向けようと努力した。
「名字のまんま、洋装店だよ。俺目が悪くてメジャーの目盛も見えないし裁縫も出来ないから、手伝える事はあんまり無いんだけどね」
「へえー」
「あのさーフェリックス」
 此処でボイスが少々尖らせた口を挟んだ。ハンナがフェリックスにばかり意味有り気な視線を送るので拗ねているのだ。
「俺がその家業とやらを手伝わないといけないから早く帰ろーって言ってんじゃんー」
「おお、悪い。じゃあまた明日」
「うん。バイバイ」
「さよなら」
 ハンナが色ボケた目で立ち去るフェリックスの背中を見つめる一方、ブルーナはライバル心に燃える目で彼を睨み付けていた。

 気付いたらいつもの癖でブルーナ・ブックスへと来ていた。
(さっきブックスさんにまた明日って言ったけど直ぐに会いそうな予感…)
 思いながらもフェリックスは日傘を畳んで店内へ入る。結局ボイスとは校門を出てすぐの辺りで別れた。フェリックスやボイスの家は、王家の住宅兼政治の場でもあるウィリアムズ城の北側にある。それでもフェリックスは南のこの本屋までわざわざ足を運んでいた。
 理由の一つは本の種類の豊富さである。ブルーナ・ブックスは個人経営である為、店舗自体はそれ程大きくは無い。置くスペースが限られているので、同じ本を何十冊と棚に積む様な売り方は出来ないが、ブルーナの父のブックス氏は出来るだけ多くの種類の本を仕入れて売っていた。それこそ子供の絵本から、高度な専門書まで。他の本屋では取り扱っていない事が多い輸入本を置いていたり、あまり出回っていない珍しい本の注文でも嫌な顔する事無く承ってくれたりするのもフェリックスにとっては魅力だった。目の悪いフェリックスにとっては普通の専門書は字が小さすぎるから、大きい字の本をしょっちゅう取り寄せて貰っていた。
 今日は特に買いたい本があってきた訳ではないので、店主のブックス氏に軽く挨拶をして手近な所に合った魔法の本を立ち読みし始めた。立ち読みしても怒られない程度には常連である。
 暫くすると「パパただいまー」と言う女の子の声が聞こえた。フェリックスの位置からは棚の陰になっていて姿は見えないが、ブックス氏が「おかえり」と言ったのでブルーナだと判る。
「今日は何か手伝う事あるの?」
 棚の本を整理していた父親にブルーナが尋ねた。ブックス氏はフェリックスより少し離れた場所で作業していたので、棚の向こうから顔を覗かせたブルーナとフェリックスの視線がまともにかち合う。
「!」
 ブルーナは反射的に目を逸らして父親の方を見た。
(帰ったんじゃなかったの?)
 目の色を見られた。いや、相手もアルビノなのだからそんな事に神経質になる必要は無い。ではなぜこんなに自分はうろたえているのだろう。
「いや、今日は別に良いよ」
「あ、そう」
 ブルーナは答えを聞くなりさっさと店の横の階段を上がり、二階の居住スペースへと帰った。
(びっくりした…)
 フェリックスが店に居た事にもびっくりしたが、それはそれ程重要では無かった。以前から常連だと知っていたからだ。
 ブルーナを驚かせたのは、彼の瞳の色だった。
 フェリックスの眼は深紅に輝いていた。学校に居る時は気付かなかったが、光の加減だろうか、本来は血液の色なのだろうが、それがまるで瞳の奥で炎が燃えている様に見えたのだ。
 そしてそれ以上に、燃える瞳の彼の立ち姿が、例えようも無い位綺麗だと思ってしまった自分に驚いていた。

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