Cosmos and Chaos
Eyecatch

第3章:後ろの席のあいつ

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  • 5381字

 探していた相手は、新学期早々直ぐに見つかった。
 廊下であんぐりと口を開けたまま突っ立っているのはブルーナだった。視線の先には優秀成績者一覧。去年度の後期の分だ。長期休暇の間に成績が決められる為、成績優秀者の発表は新学期からになってからが通例である。
 ブルーナはその成績優秀者の一番上に書かれている名前を見て驚愕した。
(フェリックス・テイラーですって…?)
 やはり同じ学校だったのか、という感慨よりも前に、ブルーナの胸に起こったのは激しいライバル心だった。
(この私を抜いて首席ですって!?)
 ブルーナは去年度の前期は学年で最も成績が優秀な生徒、つまりは首席であったのだが、今回は前回次席だったフェリックスがブルーナを抜いた形となる。因みにブルーナの記憶にフェリックスの名前が一かけらも無かったのは、ブルーナが自分より無能な人間に対して無関心だからである。
(やっぱり聞くのやめた!)
 本人も自覚はしているが、ブルーナはどうしようもない負けず嫌いであった。ついさっきまでは「フェリックスってどんな人なのかなー早く会ってどういう生活してるのか聞きたいなー」と乙女チックな妄想を含めた想像をしていたが、相手が自分よりも賢い人間だと知れば別である。たった今から打倒フェリックスを標語に掲げて邁進するのみである。
「おーフェリックスやっと一番じゃーん」
 少し苛立ちながら新しい自分のクラスへ向かおうとしていたら、チャラそうな男の声が聞こえた。
「ん? そうなの?」
 ブルーナは足を止めた。自分より頭が良いと言っても、やはりどうやって周囲を変えていったのか、気になる。
(フェリックスが此処に居るの?)
 二人の声がした方を向くと、人だかりの中に背の高いアルビノと制服をだらしなく気崩した男子生徒が居た。
「遠くて見えねー」
 アルビノはポケットから眼鏡を取り出して顔の前に翳し、一生懸命目を細めて成績優秀者一覧を見ようとしていた。目が悪いのか。そういえば、アルビノは目が悪い事があると聞いた事がある。ブルーナは完全なアルビノでは無いので視力は正常だ。
「読んでやるよ。一位フェリックス・テイラー、七百八十六点。二位ブルーナ・ブックス、七百七十九点点、三位キャメロン・マクドネル、七百六十三点。おめでとう主席」
「ありがとう下から三番」
「祝ってやってんのにそれは酷くね?」
「事実だろ。良く進級出来たもんだ」
 二人は顔を見合わせてからクククと笑うと、食堂の方へ歩いて行った。ホームルームが始まるまでまだ時間があるが、ブルーナはやはり教室へと向かった。
 制服である帽子の下の髪の毛は、白いままだ。
(大丈夫…きっと大丈夫…)
 教室にまっすぐに向かったのは、あまり人目に付きたくないからでもあった。

(それにしても、イメージとちょっと違ったなあ…)
 勝手な偏見であるが、ブルーナはフェリックスの事をもっとなよなよしている奴かと想像していた。あ、いや、別に悪い意味では無く。何となく自分と同じ様なタイプの人間を想像していたのだ。
(なんか思ってたよりも体育会系な感じがする…)
 教室の新しい席に着いて、読書をするふりをして物思いに耽る。フェリックスは思っていたよりも背が高く、体格もがっちりしていた。アレキサンダーは「瓜二つ」と言っていたが、そこまでそっくりでも無い気がする。顔は良く見えなかったが、体格だけを見ればフェリックスの方が立派であった。
(アルビノってスポーツとかあんまりしないと思ってたけど、良く考えれば室内競技とかいうのもあるか…)
 それに、あの話していた相手。かなり不真面目そうな顔だったが、あんな人間と付き合う様な奴なのかと思うと、ますますお近づきになろうとかいう気は失せた。
(自分でどうにかするしかないか)
「おっはよーブルーナ! 今年も同じクラスだね! 嬉しー」
 考え事をしている時にいきなり声を掛けられてブルーナは一瞬心臓が止まるかと思った。昨年度も同じクラスで、高等学校に入ってから出来た唯一の友達のハンナ・オルビーだった。出席番号の関係で今日からまたブルーナの前の席に座る事になるらしい。
「おはよう。珍しく遅刻しなかったのね」
「新学期だしねー。それより、髪の毛染めないで来たの?」
 ハンナを含め、同じクラスだった生徒や、近所に住む人達はブルーナがアルビノである事を知らない訳では無かった。髪の色を変えるのは簡単だが、全身の肌の色を誤魔化すのは薬品の調合が難しく、時に危険でもあった。瞳の色も然りである。せめて目立たないようにと髪の毛だけ染めていたのだ。
「…うん」
「いいじゃんその方が。お金もかからないし、私は好きだよ」
「ありがと」
 ブルーナのこの姿をありのまま受け入れてくれるのはハンナくらいのものだった。本当は目の色も中等学校の時は変えていたのだが、ある時ハンナに地の色を見られてしまった事があった。しかしハンナが綺麗だと褒めてくれたので、目の色は随分前から変えないようになっていた。
 しかし一般的にこの国では黒くない瞳は奇異であり、気味悪がられるものである。ブルーナはハンナ以外の人間と目を合わせる事は殆どしなかった。
「ハンナ、成績優秀者の一覧見た?」
「見た見た。抜かされてたね」
「テイラー君ってそんなに賢い人なの?」
 ハンナは鞄から鏡を取り出して髪の毛をセットしていたが、その手を止めて腕越しに此方を見た。
「ガリ勉らしいよー? 一年の頃から優しいインテリイケメンとか言って人気あったみたいだけど、あたしヤサ男はタイプじゃないわ」
 別にハンナの好みのタイプを聞いたつもりは無いが、ヤサ男が好みでないのは自分も同じなので相槌を打つだけに留めておいた。
(さっき顔良く見えなかったけど、賢い上に男前とか、結局長所で短所を埋めてるから差別されないんじゃ…世の中不公平)
 ブルーナは別に自分の事を美人だとは思っていなかったし、周りからもあまり言われた事が無いので、事実美人では無いのだろう。その上心臓が弱く、運動についてはさっぱりだ。人に誇れる点は頭脳しか無かった。その頭脳も生まれながらの天才では無く、人にはあまり見せないようにしているが並々ならぬ努力の結果である。
「そういやテイラー君もアルビノなんだってね。あたし見た事無いけど」
「みたいね。さっきそれっぽい人見たわ」
「へー。噂通りのイケメンだった?」
「横顔しか見てないからわかんな…」
 い、と言おうとした瞬間に教室の扉が開き、噂の人物が例のチャラい友人と共に教室に入って来た。ハンナは扉の方向に背を向けていたので、音を聞いて振り返る。フェリックスは少しだけ此方に、というかブルーナに目を留めたが、特に反応もせず黒板の座席表を確認すると、ずんずんと自分の席の方、教室の奥の後ろの方へと進んだ。
(同じクラスかよ!)
「~~~~~!」
 ブルーナが明らかに嫌そうな顔をした一方、ハンナが再び此方を向いて声にならない声を出す。
「超カッコイイじゃん! 何処がヤサ男なの!?」
「シッ! 声が大きい」
 興奮したハンナが我に返って声を落とす。
「でも今一瞬ブルーナの事見たよね。脈アリ?」
「あのねえ。今日初めて会ったばっかりなんだけど。大体初めての人は殆ど皆私の色見るじゃん」
 チチチ、とハンナが指を立てて言う。
「そんな事無いかもよー? 大体どっちもアルビノ、どっちもランキングに載る位の成績優秀者。あんたは興味無かったから今まで知らなかったのかもだけど、向こうはずっとこっちの事チェックしてたりしてー」
「冗談」
 そこまで言ったところで新しい担任が入って来て会話が途切れた。恒例の挨拶やら事務的な連絡やらがあり、始業式の為に講堂へ移動し、教室に戻って来て自己紹介タイムが始まった。
 ブルーナはこの時間が大嫌いだ。出席番号が前の方だから発表する順番が早く回ってくるし、出来る事なら周りに注目されたくない。それでも、教室中の痛い視線に耐えて椅子に座り直すと、ほっと安堵した。今年は去年の様にクラスの全員が見知らぬ人間ではないし、今年はもう一人クラスにアルビノが居るから、奇異の度合いが少し軽減されている気がした。
(なんか微妙に奴に助けてもらった気がしてムカつく…)
 思いながら、ブルーナは堂々と自己紹介する、後ろの席のフェリックスを眺めていた。