第20章:破綻

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 フェリックスは、部屋の鉢植えに咲いた花を見て、満足そうな笑みを浮かべた。
 フェリックスは三月に、ティムから貰った種を、庭ではなく、わざわざ鉢植えを準備して植えた。取引が規制されている植物を栽培している所は、あまり人に見せて良い事があるとは思えない。
 植えた八つのうち、芽を出した種は二つだけだった。そのうちの一つは、土から二葉を出してすぐに枯れてしまった。ポイゾナフラーの栽培は難しいと聞いていたが、まさか此処まで難しいとは、これまで様々な植物を育てた事のあるフェリックスでも驚いた。
(なんとかこの株だけは種の収穫まで辿り着けそうだ…)
 小さなピンク色の花を見詰める。刈り取って色々と研究したいのは山々だが、種を収穫するまではもったいなくて出来なかった。研究用に、と一つだけ残してある種も、同様の理由で使えない。
 フェリックスは種が収穫出来る様になる夏が待ち遠しかった。いつもは嫌いな季節だが、今年だけはうきうきした気分で早く来いと願っていた。

「そろそろ」
 ティムが何度目かに三人を集めて言った。場所は相変わらずヴィクトーの家だが、今日はキッチンではなくヴィクトーの自室だ。
「フェリックスに計画の事を伝えてほしい」
 ヴィクトーは誕生日プレゼントの刀を磨きながら静かにそれを聞いていた。アレックスはごくりと唾を飲み込み、ブルーナは表情を硬くして俯いた。
「二年生が終わるまで、待ってくれない?」
 駄目元でブルーナが頼んだ。計画の事を話せば、フェリックスの愛が自分から遠のく事を知っていた。例え自分がどんなにフェリックスを愛していようとも。
「トンネルの工事が間に合わない」
 当然の事ながらティムが却下した。まあまあ、とヴィクトーが宥める。
「そら、ブルーナからしてみれば言いにくいだろ」
 ティムが眉を吊り上げた。
「何の為に私がブルーナを計画の遂行者として選んだと思っている?」
 フェリックスを懐柔する為だ。最初から、そういう目的で近付くのだと割り切って仲良くなったつもりだった。それでも、ブルーナには止められなかった。時が過ぎれば過ぎる程、仲良くなればなる程に、フェリックスの事を愛おしく思う心を。
「っていうか、ティムはフェリックスが魅力的だって解ってて引き込もうとしてるんだろ? 逆にこっちが魅入られる可能性も、考慮しとくべきだったと思うぜ」
 ヴィクトーは刀を磨き終わると、丁寧に箱に仕舞って定位置に立てかけた。ヴィクトーは誕生日から、再び落ち着きを取り戻していた。
「間に合わないと思うなら自分で言いに行け」
 ヴィクトーが年上らしく厳しい一言を言った。
「どうせ夏休みまであと一月程だ。それくらい、待ってやれねーのかよ。トンネル工事だって、ティム、お前が手伝えば話が早いんじゃないのか?」
 ティムはヴィクトーの鋭い指摘に反論出来なかった。結局、フェリックスに計画の事を伝えるのは、夏休みに入る当日という事になった。

 月日の流れは早いもので、あっという間にその当日がやって来た。ブルーナは、明日から夏休みだと浮かれる同級生達の中で一人だけ、浮かない顔をして今年度最後のホームルームを過ごしていた。
「ブルーナ、帰ろう」
 今やフェリックスとブルーナの二人が付き合っている事は周知の事実で、初めは痛かった女子達の嫉妬の視線も、最近では少し和らいできた様な気がする。二人は、初めて一緒に帰った日に逃げ込んだ路地等をうろうろしながら、いつもより長い時間をかけてブルーナ・ブックスへと行った。フェリックスとしては休みの間も店に来る予定だったし、そんなに家も遠くないので、数日に一度は互いに顔を見せるだろうと思っていた。
「フェリックス」
 フェリックスが一通り新作の本をチェックし終わった頃に、ブルーナは彼を家に上げた。ブルーナは何度もフェリックスの家に行った事があったが、逆は今日が初めてだった。
 フェリックスはブルーナのいつもと違う様子には気付かすに、ブルーナのベッドに二人で座るとキスをした。
(まずいわね…)
 フェリックスはなまじ恋愛経験が多いだけに、彼のペースで進められてしまうとなかなかブルーナから流れを変えるのは難しい。特に今日は明日から長期休暇な上、初めて家に上げてもらってブルーナがより心を開いたと思っているのか、さっきから背中に置かれた手がヤル気満々である。
「フェリックスっ」
 ベッドに押し倒された時点でこれ以上の事をストップさせる。フェリックスはやり過ぎてしまったか、とショックを受けた顔になった。こうなったらもう勢いで言うしかない。
「大事な話があるのっ」
 十分後、計画の全容を聞かされたフェリックスは腹を抱えて大爆笑した。
「何かと思えば! 冗談やめてよ!」
 目に涙を浮かべて可笑しがるフェリックスに、ブルーナは少し腹が立った。
「冗談じゃないってば。何ならアレックスに訊いてみてよ」
 とは言いつつも、ブルーナ自身最初はティムの話を信じられなかったのだから、無理も無い。
 フェリックスは笑うのを止め、涙を指で拭った。そして真面目な顔をして言う。
「計画が冗談じゃないなら、ブルーナが俺を好きだって事は冗談なんだ?」
 言ってプイ、とブルーナから目を逸らす。そう思われても仕方が無かった。
「始めはそうだったけど」
 今度はブルーナの方が涙目になる。
「冗談抜きで好きよ、今は」
「どうだか」
 フェリックスは冷たく言い放つと荷物を持って立ち上がった。ブルーナは顔に手を当てて本当に泣き始めた。フェリックスはブルーナの腕を掴んで彼女の手を顔から剥がすと、最後に一度だけ、強引に口付けをして去って行った。
 残されたブルーナはただ泣くしかなかった。フェリックスを計画に引き込む事も失敗したし、恐れていた通り、二人の関係は破綻してしまった。
 それよりも、ブルーナはある事実に心打たれて涙が止まらなかった。フェリックスが、特に美人でも何でもなくて、陰でこそこそと企んでいる様な自分を、本気で愛していてくれたという事に。

 ブルーナの家を飛び出し、自分の家へと向かう途中、フェリックスは生成りのマントを着た人物が目に入った。彼は人通りの無い道沿いの建物の壁にもたれる様に立っていた。フードを被って下を向いているので顔は良く見えなかったが、少しだけ覗いた高い鼻と、少し長めの巻き毛の先が白い事にフェリックスは気が付き、立ち止まる。
 フェリックスにはそれが誰なのか、見当が付いていた。
 マントの男が壁から背中を離し、フェリックスの方を向いて顔を上げた。手紙に同封されていた写真で幾度か見た、馴染みのある顔があった。
「直々にお出まし?」
 フェリックスは緊張し、警戒しながら言った。
「そう警戒するな」
 ティムが一歩近付く。
「何も取って食ったりしない」
「どうだか」
 言ってフェリックスは一歩下がった。ティムは無理矢理笑みを作る。
(この様子だとブルーナは失敗したな…)
 ティムが恐れていた事態だった。やはり、フェリックスはこの計画に賛成してくれなかった。
「長年会いたいと望んで、今やっと会えた。貴方は城の外に生きるもう一人の私だと思っている」
 そう言ってティムは右手を差し出した。条件反射でフェリックスがその手を握り返す。
(!?)
 ティムの手を握った途端、フェリックスの中を気味の悪い衝撃が走った。まるで何かに意識を引っ張られる様な感覚。慌ててフェリックスは手を放すと、ティムを厳しい目付きで見た。
「今何かした?」
「何もしていない」
 ティム自身もフェリックスと同じ衝撃を受けて驚いていた。フェリックスの記憶や思考を覗き見ようとして握手したのは事実であるが、これまで誰かに触れた時にこの様な感覚に陥った事は無い。触れた者の記憶の内容によっては、度々精神的ショックを受けた事はあるが。
(フェリックス程の魔力を持つ者となると、敏感なのかもしれない…)
「ブルーナから話は聞いたと思う」
 フェリックスはティムの言葉にイラッとした。彼女の事をブルーナと名前で呼ぶのは、彼女の父親と、親友のハンナとボイス、そして自分だけの特権の様に思っていたからだ。
「貴方の意見を聞きたい」
 今盗み見た記憶で、フェリックスの意向は大体把握出来たが、思考を読める能力については知られたくなかったので敢えて尋ねた。
 フェリックスが何か言おうとしたが、此処で通行人がやって来る足音が聞こえたので、二人は話を中断して路地裏へと入った。陽が射さない狭い通路で再び向かい合う。
「はっきり言って反対だ」
「その理由もお聞かせ願いたい」
 フェリックスは一呼吸置いて、少し考えを纏めた。
「この計画は根本的な解決にならない。今生きてるアルビノを亡命させたところで、俺達は突然変異だ。計画の後に生まれてくる分はどうするんだ?」
 ティムは目を細めた。的確な指摘に返す言葉が無い。
「それに、亡命までする程の事か? 確かに珍しい姿をしてるさ。その分変な目で見られる事もある。でも、話せば解…」
「それは貴方だから言える事だ」
 ティムは怒ってフェリックスの言葉を遮った。
「貴方は美しい。美しい事はそれ自体が才能だ。人に愛されるという。他のアルビノや移民の実態を知っているのか? 姿を偽り、家に引きこもり、差別されて教育を受ける事も仕事をする事もままならない人々も居るんだ! それに…」
 ティムはチラ、と目だけを動かして上を見た。声が大きかったので、隣に建っていた集合住宅の上の階の住民が窓を開けて文句を言おうとし、フェリックスの白い髪を見て気味悪そうに再び窓を閉めた。
「それに、私は王になれない…」
 最後の方は声が小さ過ぎて、フェリックスの耳には届かなかった。
「だったら、周りの人の意識を変える方法は無いのか?」
 ティムは首を振った。
「差別禁止法という法律があるのを知っているか?」
 フェリックスは頷いた。中等学校の政治学の時間に少しだけ習った記憶があった。
「あれは私が生まれた日の翌日に、父上が議会も通さずに施行した法律だ。他人を生まれや見た目で差別してはいけないという」
 フェリックスは再び頷いて続きを促す。
「今はこの法律があるから大っぴらに迫害される事は無い。しかし、それ以前はアルビノは、この国の国民として認められていなかった。対外的に恥ずべき事なので父上達も若い者にはあまり教えたがらないが」
「…どういう事?」
 フェリックスはなんとなく答えの予想が付きながらも、ティムが続けるのを待った。
「アルビノは悪魔の遣いで、その血肉には滋養強壮の効果がある」
 フェリックスはぞっとする答えに身悶えしつつ、ティムの言葉を聞いていた。
「等という、根も葉も無い言い伝えが古くからこの国の近辺にはあるのだ。それこそラザフォード王国の時代からな。ラザフォード時代は黒い髪に黒い肌の人間は奴隷として扱われていたが、我等アルビノは食材の扱いだったのだ。我が先祖チャールズ・ウィリアムズが政権を奪った後も、食材は食材の扱いのままだったのだよ…」
「そんな…事が…」
 フェリックスは衝撃の事実に慄き、怒りを覚える。
「だがこれが現実だ。実際、戸籍に登録されているアルビノの中で、最年長は私だ。私より先に生まれた者は皆、生まれて直ぐに忌み子として国の外に捨てられたり、こっそり殺されたり、闇市に売られたり…。ひっそりと生き延びている者も居る様だが、ほんの僅かだ」
「なら尚更」
 フェリックスは口の中が乾いていたが、無理矢理唾で湿らせて反論した。
「この国を変える必要があるんじゃないか?」
 ティムがフェリックスを睨んだ。
「どうやって?」
「えーと…」
 今度はフェリックスが言葉を詰まらせる番だった。フェリックスは政治の事は良く解らない。
「えーと…ちゃんと話し合えば…法律を増やすとか…」
「無駄だな。我々の方が圧倒的に数が少ない。説得にも限度がある。それに、法律等で人々の意識が変えられたか? 罰則があるから一応人間の扱いはするが、老年者は未だに私達を悪魔の遣いだと信じているし、若い者もその影響を少なからず受ける」
 土地に根付いた文化を変えるのは、そう容易い事ではない。そんな理由に託けていたが、相変わらずティムの目的はただ一つであった。自由になりたい。フェリックスと共に。
「私の成人の儀まで待つ」
 ティムはそう言うと、考え込んだフェリックスの横を通り過ぎ、彼の背後に回る。
「それまでに返事をくれ。計画に協力してくれるかどうか」
 数秒後にフェリックスが振り向いた時には、既にティムの姿は無かった。フェリックスはくそっ、ゴーストめ! と怒りをぶちまけながら家路へと着いたが、その怒りはブルーナに向かっているのか、ティムに向かっているのか、はたまたこの国の言い伝えに向かっているのか、自分でも良く解らなかった。

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