Cosmos and Chaos
Eyecatch

第26章:破綻

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  • 2379字

 フェリックスは、部屋の鉢植えに咲いた花を見て、満足そうな笑みを浮かべた。
 フェリックスは三月に、ティムから貰った種を、庭ではなく、わざわざ鉢植えを準備して植えた。取引が規制されている植物を栽培している所は、あまり人に見せて良い事があるとは思えない。
 植えた八つのうち、芽を出した種は二つだけだった。そのうちの一つは、土から二葉を出してすぐに枯れてしまった。ポイゾナフラーの栽培は難しいと聞いていたが、まさか此処まで難しいとは、これまで様々な植物を育てた事のあるフェリックスでも驚いた。
(なんとかこの株だけは種の収穫まで辿り着けそうだ…)
 小さなピンク色の花を見詰める。刈り取って色々と研究したいのは山々だが、種を収穫するまではもったいなくて出来なかった。研究用に、と一つだけ残してある種も、同様の理由で使えない。
 フェリックスは種が収穫出来る様になる夏が待ち遠しかった。いつもは嫌いな季節だが、今年だけはうきうきした気分で早く来いと願っていた。

「そろそろ」
 ティムが何度目かに三人を集めて言った。場所は相変わらずヴィクトーの家だが、今日はキッチンではなくヴィクトーの自室だ。
「フェリックスに計画の事を伝えてほしい」
 ヴィクトーは誕生日プレゼントの刀を磨きながら静かにそれを聞いていた。アレックスはごくりと唾を飲み込み、ブルーナは表情を硬くして俯いた。
「二年生が終わるまで、待ってくれない?」
 駄目元でブルーナが頼んだ。計画の事を話せば、フェリックスの愛が自分から遠のく事を知っていた。例え自分がどんなにフェリックスを愛していようとも。
「トンネルの工事が間に合わない」
 当然の事ながらティムが却下した。まあまあ、とヴィクトーが宥める。
「そら、ブルーナからしてみれば言いにくいだろ」
 ティムが眉を吊り上げた。
「何の為に私がブルーナを計画の遂行者として選んだと思っている?」
 フェリックスを懐柔する為だ。最初から、そういう目的で近付いたのだ。それでも、ブルーナには止められなかった。時が過ぎれば過ぎる程、仲良くなればなる程に、フェリックスの事を愛おしく思う心を。
「っていうか、ティムはフェリックスが魅力的だって解ってて引き込もうとしてるんだろ? 逆にこっちが魅入られる可能性も、考慮しとくべきだったと思うぜ」
 ヴィクトーは刀を磨き終わると、丁寧に箱に仕舞って定位置に立てかけた。ヴィクトーは誕生日から、再び落ち着きを取り戻していた。
「間に合わないと思うなら自分で言いに行け」
 ヴィクトーが厳しい一言を言った。
「どうせ夏休みまであと一月程だ。それくらい、待ってやれねーのかよ。トンネル工事だって、ティム、お前が手伝えば話が早いんじゃないのか?」
 ティムはヴィクトーの鋭い指摘に反論出来なかった。結局、フェリックスに計画の事を伝えるのは、夏休みに入る当日という事になった。

 月日の流れは早いもので、あっという間にその当日がやって来た。ブルーナは、明日から夏休みだと浮かれる同級生達の中で一人だけ、浮かない顔をして今年度最後のホームルームを過ごしていた。
「ブルーナ、帰ろう」
 今やフェリックスとブルーナの二人が付き合っている事は周知の事実で、初めは痛かった女子達の嫉妬の視線も、最近では少し和らいできた様な気がする。二人は、初めて一緒に帰った日に逃げ込んだ路地等をうろうろしながら、いつもより長い時間をかけてブルーナ・ブックスへと行った。フェリックスとしては休みの間も店に来る予定だったし、そんなに家も遠くないので、数日に一度は互いに顔を見せるだろうと思っていた。
「フェリックス」
 フェリックスが一通り新作の本をチェックし終わった頃に、ブルーナは彼を家に上げた。ブルーナは何度もフェリックスの家に行った事があったが、逆は今日が初めてだった。
 フェリックスはブルーナのいつもと違う様子には気付かすに、ブルーナのベッドに二人で座るとキスをした。
(まずいわね…)
 フェリックスはなまじ恋愛経験が多いだけに、彼のペースで進められてしまうとなかなかブルーナから流れを変えるのは難しい。特に今日は明日から長期休暇な上、初めて家に上げてもらってブルーナがより心を開いたと思っているのか、さっきから背中に置かれた手がヤル気満々である。
「フェリックスっ」
 ベッドに押し倒された時点でこれ以上の事をストップさせる。フェリックスはやり過ぎてしまったか、とショックを受けた顔になった。こうなったらもう勢いで言うしかない。
「大事な話があるのっ」
 十分後、計画の全容を聞かされたフェリックスは腹を抱えて大爆笑した。
「何かと思えば! 冗談やめてよ!」
 目に涙を浮かべて可笑しがるフェリックスに、ブルーナは少し腹が立った。
「冗談じゃないってば。何ならアレックスに訊いてみてよ」
 フェリックスは笑うのを止め、涙を指で拭った。そして真面目な顔をして言う。
「計画が冗談じゃないなら、ブルーナが俺を好きだって事は冗談なんだ?」
 言ってプイ、とブルーナから目を逸らす。そう思われても仕方が無かった。
「始めはそうだったけど」
 今度はブルーナの方が涙目になる。
「冗談抜きで好きよ、今は」
「どうだか」
 フェリックスは冷たく言い放つと荷物を持って立ち上がった。ブルーナは顔に手を当てて本当に泣き始めた。フェリックスはブルーナの腕を掴んで彼女の手を顔から剥がすと、最後に一度だけ、強引に口付けをして去って行った。
 残されたブルーナはただ泣くしかなかった。フェリックスを計画に引き込む事も失敗したし、恐れていた通り、二人の関係は破綻してしまった。
 それよりも、ブルーナはある事実に心打たれて涙が止まらなかった。フェリックスが、特に美人でも何でもなくて、陰でこそこそと企んでいる様な自分を、本気で愛していてくれたという事に。