第52章:弟の見解

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 エドガーの護衛等の話を取り纏めると、フェリックスとエリオット、レベッカは部屋を出た。レベッカはそのまま自室に戻ったが、残る二人はロビーへと下りた。今すぐヴィクトー達が到着してもおかしくないのだ。電灯も付いていないようなホテルだが、辛うじてロビーに電話は引かれているらしい。
「国の様子を聞かせて下さい」
 フェリックスとエリオットはロビーの片隅のソファーに向かい合って腰を下ろした。
「王制は崩壊したよ」
 その言葉にフェリックスの顔が青ざめる。まさか、全員暗殺されたとか…?
「ラザルス国王が長年思い描いていた計画を実行に移されたんだ。国は民主制になって、ティモシー殿下がとりあえず首相をやっている」
 エリオットが慌てて説明した。フェリックスはホッと胸を撫で下ろす。
「それから殿下…じゃない総理は謝罪会見をして、君の冤罪は証明されたよ。私の任務が終わったら、アレックス君とヴィクトーと、四人でウィリアムズに帰ろう」
 フェリックスは苦笑した。
(帰ろう、か…なんかあっさり帰れそうだな…)
 フェリックスは複雑な気持ちだった。何だか、あまり嬉しくないのは何故だろう。
 ちらほらと宿泊客の姿が見え始めたので、エリオットはそちらの観察に力を入れ始めた。フェリックスは彼の視線を気にせずに考え事に耽る。
(…帰りたくないんだ)
 唐突に気付いた。ウィリアムズに帰ったら何か良い事があるのだろうか。国政が変わった所で文化や偏見はそう簡単にはなくならない。また仮面で顔を固めた生活が始まる。
 それに、ブルーナは? エリオットに尋ねるべきか悩んだが彼が知っているとは限らないし、もしウィリアムズに居なかったらどうしよう。第一ウィリアムズに居たとしても会わせる顔が無い。
(…怖いんだよブルーナ)
 フェリックスは手の平に汗をかきながら、拳を強く握った。
(君が本当に俺を受け入れてくれるのか)
 フェリックスには勇気が無かった。本当は皆の事が好きじゃないんだ、良い子でいるのに疲れたんだと、本当は彼女にそう気付いてもらいたかったのだ。同じ立場の彼女に甘えたかったのだ。
 だけど、結局フェリックスは彼女に嫌われたくない一心で、その本音を打ち明ける事は出来なかった。ましてや自分を愛してくれていない彼女に言った所で、また傷付くだけだ。
 自分をさらけ出してブルーナに嫌われるより、彼女への想いを断ち切って自分を受け入れてくれる人を探す方が、ずっと楽のような気がした。

「兄さんに会いたいか?」
 エドガーは部屋を出て行く三人の背中を見送りながら、オズワルドの隣で脚をブラブラさせていたが、義父に問われてギクリとした。
「んーと、まあ、ちょっと…」
 実を言えばかなり。
「ダメッ!」
「ええっ、返答はやっ」
 オズワルドが腕をクロスさせて反対したので、エドはがっかりする。
「少なくともまだ駄目だ。彼のこちらに対する害意が無くなるまでは」
 エドガーは口を尖らせたが、無闇に会って殺されるのも面白くないと思い、納得した。
「ところでお義父[とう]さん、僕はこれからロビーまで単独行動するよ」
「何しに行くんだ?」
「お客さん見に。ピエールと約束してんだ」
「良いよ」
 流石にロビーまでの僅かな距離で襲われはしないだろうと、オズワルドはエドを独りでロビーへ行かせた。この間にエドは襲われ…なかった。オズワルドの部屋はロビー横の階段を上ってすぐの場所にあるし、ロビーではエリオットが客の一人一人に目を光らせている。
「おー来たかテノール」
 つい先程来たばかりのピエールが最初に気付いて手を振った。その隣にフェリックス、向かいにエリオット。
「今回の入りも上々だ」
 ピエールがテーブルに広げた甘そうな菓子の類をつまみながら言う。エドはそれを見て口を歪めた。
「うえぇ、お前リハ前によくそんなもん食えるな。宙吊りシーンで吐くなよ」
「平気へーき」
 そしてまた飴を手に取るピエールを横目に、エドガーはエリオットの隣に座ってフェリックスを見た。しかし、彼は何やら考え事に没頭しているらしい。エドは少し迷って、客の監視に熱中しているエリオットに声をかけた。
「兄さん来ました?」
 我ながら馬鹿げた質問だが、他に切り出し方を思い付かなかったのだ。
「来てたらこんなにのんびりしてないね」
「そうですね…」
 それから会話が続かなくなってしまい、エドは困った。そこに口を出したのが、さっきまでぼうっとしていたフェリックスだった。
「結局例の事件って、仲間に命を狙われていたエドガー君を父親が助けようとして、サーカスとウィリアムズに保護を求めたって認識で良いですか」
「大体良いけど少し違う。最終的にウィリアムズに援助を求めたのはハーキマー氏だ。ネスター氏は逮捕されるのは承知でそう提案したらしい。ネスター氏は盗賊のグループの頭でありながら十分にその罪を自覚していらして、寧ろ逮捕されて血と汚い金に塗れた人生から足を洗えるのを期待されていたそうだ」
「お父さんは良い人だったんだ」
 エドも同意する。エドは両親の事を思い起こした。父親は特に信心深い人物で、誰かを殺める度に自身が信じる神様に懺悔していたっけ…。そして盗品の女を愛し、彼女は僕を産んだ。いつ殺されたり、売り飛ばされてもおかしくない状況で、いつも身を挺して自分を守ってくれた母。彼等は共に自分を賊の魔の手から逃す事をずっと考えていた。
 そしてその為に、長い間両親から顧みられなかった兄。今だから出来る推測だが、恐らく父は兄の母親を…前妻の事をあまり好きではなかったのではないだろうか。自分が生まれた時には既に居なかったから、結論は出せないけども、父は彼女の話を一切しなかったし、少し…兄に対しても苦手な風に接していたから。
 兄もその事に気付いていたに違いない。あの盗賊グループの中で疎まれていたのは自分と母だが、少なくとも家族の中で浮いていたのは兄だった。
「…兄さんもね」
「ヴィクトーはエドガー君の事を可愛がってたのか?」
 エリオットが意外そうに尋ねた。
「あんまり話した事無い。兄さんはいつもマーカス叔父さんとつるんでたし」
 しかし実際、それが兄に出来る最大限の愛情表現の様に思えた。
 ラザフォードの残酷な性格は、何も獲物やエドだけに牙を剥く訳ではない。気に入らない相手は実力を以て従わせる、それが盗賊のルールだ。これはマーカスに限った事ではないが、大人への過渡期にあり精神が何かと不安定だったマーカスには特に顕著だった。
 兄ではマーカスに逆らえなかった。兄が実際に自分を愛していたかどうかはともかく、彼はマーカスの機嫌を取り、なるべくマーカスの残虐性の標的が自分に向かない様にしてくれていた様に思える。
「兄は国でどんな感じでしたか?」
 エリオットは生き別れの兄のその後の姿を知りたいという弟の心を汲み取り、話し始める。
「引き取ってすぐはまるで手負いの獅子みたいだったよ。実際心に傷を負っていたし、家に定住する事も生まれて初めての経験だったしね。とりあえず作法と文字を教えて、辛うじて学校に行ける様にするまで半年以上かかった」
「へぇ、兄さん学校行ったんだ」
 エドが感心する。マーカスがどれだけ勧めても、兄は読み書きを覚えようとしなかったのに。
「中学の間はまだ人を殴るわ物を壊すわ大変だったな。まあそれでも段々大人しくなって、元々の頭が良いのか、高校を卒業する時には優等生の仲間入りをしてたよ」
「フィッツジェラルド?」
 フェリックスが突然何かを思い出して言った。
「もしかして、北の森中学のフィッツジェラルドですか? 北中学でも一時期有名でしたよ彼の不良っぷり」
「ああ、そうそう、随分迷惑をかけて」
 エリオットが肯定する。
(…一度だけどっかの飲み屋で喋った事あるな。すっかり忘れてた)
 フェリックスは自分の非行と照らし合わせてその時の事を思い出した。
 エリオットは此処で一度席を立ち、ロビー横の喫茶で全員分の飲み物を買ってきた。それぞれ礼を述べ、口を付けた所で話を再開する。
「学校を卒業したら俺の家を出て一人暮らしを始めた。ヴィクトーは銃器を扱わない約束でウィリアムズの永住許可を取ったから、銃器取扱免許が無くても就ける入出国管理官になった」
「兄さん、ラザフォードの事とか話す事あった?」
 エドが問う口の動きを、フェリックスとピエールは追っていた。二人は特にロビーに待機する意味は無かったが、なんとなくそのままそこに居た。何と言っても、エドやヴィクトーの生い立ちは彼等にとっては無縁の次元の話である。フェリックスもピエールも、そこそこ発展した国のそこそこ上流階級に生まれた言わばお坊ちゃんである。人の不幸を娯楽にしてはいけないと思いつつも、好奇心の方が勝ってしまっていた。
「最初は文句ばっか言ってたよ。電灯を発明したのはラザフォードだとか、奴隷がラザフォードの恩恵を勝手に利用するなとか」
「そういうのじゃなくて…」
 エドの言葉に、解っているという風にエリオットが応える。
「家族の事は一切口にしなかった。私がヴィクトーを引き取る時に家族と縁を切ったのも理由だろうが、あいつはその話題をタブー視してたみたいだ」
「…そう…」
「おーいそろそろリハーサルやるぞ」
 丁度その時、オズワルドとディミトラが荷物を手にロビーに下りて来た。エド達は急いで立ち上がり、衣装を取りに行ったりアンドリューを迎えに行ったりと、リハーサルの準備を始めた。

『創呪擦罪 骨肉相噛』がアマプラで聴ける事ご存知でした?
私は知りませんでした。