Cosmos and Chaos
Eyecatch

第61章:青馬の紋章

  • G
  • 2743字

 真昼だというのに、エリオットの後ろには長い影が伸びていた。マイルズは南中高度が低い為、ウィリアムズはまだまだ半袖シャツで過ごせる時期でも、此処ではジャケットが無ければ鳥肌が立つ。
 エリオットは衛兵隊の制服の上着を着込み、入国時に貰った地図を広げて、車にもたれて立っていた。
(ホテルってあれか…)
 ウィリアムズ元国王からの命令状を見せると、マイルズの門兵達はお上の許可も取らずに入出国情報を提供してくれた。通信技術の未発達なマイルズで情報開示をしてもらうと、通常は半日は待たされるが、ものの数十分で用事が済んでエリオットは嬉しかった。マイルズの警戒体制の杜撰さに不安を覚えるが、他所の国の事だと割り切る。
 結果、ヴィクトー達はまだこの国に来ていないが、フェリックスは例のサーカス団と共に、公演場所の近くのホテルに滞在しているであろう事が判った。マイルズには高い建物が余り無いので、遠くに見える細いホテルが国の城壁の近くからもよく見えた。
(とりあえず、フェリックス氏を保護しに行くか)

「よーし完成」
 オズワルドはシャツの両腕を捲り上げ、額にだらだらと汗をかいた姿で、今しがた組み立て終わった劇場の前に立っていた。
「悪いがピエールとレベッカはもう一回舞台装置の確認に行ってくれ」
 ディメトラが差し出した水筒を受け取り、水を飲みながら指示する。ハーキュリーズの事故があったばかりなので、いつも以上に慎重になっていた。
「おおフェリックス。御苦労」
 オズワルドと似た様な格好のフェリックスが、劇場の大きさに圧倒されながらオズワルドの方に歩いてきた。明らかに馬車に積める量よりも多い骨組みの量である。
「作業してると気付きませんでしたけど、全体だとこんなに大きいんですね。どの馬車に積んでたんですか?」
 フェリックスは設計図を見ながら、魔法でパーツや道具を運んだりしてテントの組み立てを手伝った。
「今回のテントは運んでないよ。このサーカスは此処が拠点だからね、ホテルに預かっていてもらっているんだ。何年かに一回は必ず公演しに帰ってくるから」
「なるほど」
 ハンカチで汗を拭いながら説明するオズワルドにフェリックスは相槌を打つ。
「何人くらい入れるんですか?」
「二百人くらいかな。馬車で運べる劇場は二、三十人しか収容出来ない…」
 装置点検の二人が戻り、作業に来ていた団員が全員揃ったので、彼等は皆でホテルへと戻った。
 と言ってもテントはホテルの駐車場や厩を挟んだすぐ隣にあるので、目と鼻の先である。
「リハーサルは夕方からにしよう。私は疲れた」
 オズワルドはフェリックスの父親よりも若いのに、妙に年寄り臭い動作でいそいそとホテルの門をくぐった。
「夕方になったら客が来るぜ。チケットの販売はホテルの人に任せてるけど、リハ前にちょっと様子見ない?」
 ピエールがマイケルとエドの背中を叩きながら言った。エドは自分を見に来る客がどれだけ居るだろうかと目を輝かせたが、臨時役者のマイケルは胃が痛そうな顔をした。
 皆がぞろぞろと歩く一番後ろを付いて歩いていたフェリックスは、その時ホテルの駐車場へと入って来た、グレーの背の低い車に目を留めた。
(青馬の紋章…!)
 その四輪駆動車の側面には、黒い馬のマーク、ウィリアムズ国の紋章が描かれていた。

(逃げなきゃ!)
「どうしたフェリックス!?」
 突然走ってホテルの中へと駆け込んだ彼に、その場に居た全員が呆気に取られる。
(どっちだ? 俺を再逮捕しに来たのか、保護しに来たのか)
 ティムの部下なら後者の可能性が高いが、裁判も無しに自分を有罪にした、議会の息がかかった者なら見付かり次第即時射殺も有り得る。冤罪とは言え、今の彼は脱獄死刑囚なのだ。
「お久し振りですハーキマーさん」
 フェリックスの突然の行動に驚いて立ち止まっていると、後方から誰かがオズワルドに呼び掛けた。
「覚えていらっしゃいますでしょうか。あの時は私はまだ准尉で、例の計画の打ち合わせには参加しておりませんでしたが…」
 オズワルドが振り返ると、彼同様に驚いた顔をしている団員達の向こうに、グレーのウィリアムズの軍服を来た男が立っていた。
「申し訳無いが名前までは存じませんな。しかし貴方が六年前のあの日にあそこに居た事は覚えております」
 オズワルドが答えると、エリオットは微笑んで頭を下げた。
「エリオット・フィッツジェラルドと申します。今は法律上、ヴィクトー・レナードの父親です」
 オズワルドはエリオットの言葉の続きを待たずとも、彼の用件を把握していたが、一応彼の言う事を全部聞いた。
「ヴィクトーがエドガー君を殺害しようと企て、国外に出ました。恐らくこちらに向かっている筈です」
 オズワルドは頷く。

「こんな所で立ち話も何ですから、良ければ私の部屋で詳しいお話を伺いましょう」

 フェリックスは急いで荷物を纏めると、三階の自分の部屋の窓から飛び降りる事は可能かどうか検討していた。
(何やってるの?)
 フェリックスの部屋からは厩が見える。そこに居るリリーが彼の不審な動きに気付いた。
(もっぺん逃げるの手伝って!)
 意を決して飛び降りようとした時、部屋のドアがノックされた。
「フェリックス、君を交えて話がしたい」
 オズワルドだった。フェリックスが黙っていると、彼は続ける。
「安心しなさい。彼は君を保護しに来た。私の顔見知りだ」
 そしてオズワルドの部屋に来る様に言われた。フェリックスは暫く迷った後、荷物をベッドに投げた。
(ごめんやっぱ今のナシ!)
 リリーにそう言うと、フェリックスはマントを脱ぎ捨てて部屋を出る。オズワルドを信用しよう。それでも、念の為にピストルはポケットに忍ばせておいた。
 オズワルドの部屋は他の団員の部屋よりも広い筈なのに、彼の翼と、5人もの人間が居る事で大分せせこましくなっていた。既にオズワルド、エリオット、レベッカ、エドガーは銘々に好きな場所に腰を落ち着けていた。
「貴方は!」
 フェリックスはエリオットを見てハッとした。自分が国を出る時に門を開いた衛兵ではないか。
「どうも。あの時は管理官に魔法を掛けられていまして、貴方を正しく導く事が出来なかった事をお許し頂きたい」
 エリオットが言い訳がましく頭を下げた。フェリックスは空いている場所に座ると、訳知り顔で頷いた。
「やはりそうでしたか。表情がそんな感じでしたもん」
 ははは、とエリオットが笑う。
「彼の保護観察者として情けない限りです。ですので、私の本来の任務は貴方の保護ではなくて彼の捕捉なのですよ」
 此処でエリオットがオズワルドを振り向いた。
「六年前に貴方方があの場を離れてから今までに起こった事、これから起ころうとしている事をお伝えせねばなりません」