第53章:カルチャー・ショック

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  • 2708字

「団長」
 翌日の朝食の席で、新聞の陰からニヤニヤ笑いをしながら言ったのは、アンドリューだ。
「今回の戦争はスミシーズの勝ちだ」
「戦争?」
 物騒な単語に、オズワルドと一緒に食べていたフェリックスが不安げな表情を浮かべる。オズワルドは安心させるように説明した。
「と言っても、電脳戦争だよ。エスティーズ国と、アンドリューの祖国のスミシーズ国はかれこれ五十年くらい、交互にサイバーテロを仕掛けているんだ」
「もはや伝統行事」
 アンドリューが事も無げに答える。
「国際電脳戦争はただ相手方にウィルスを流し込むだけじゃないぞ。互いにマルウェアを開発したりセキュリティソフトを開発したりして、他の関係無いハッカーが襲ってきた時の為に訓練してる訳」
「はあ」
 ウィリアムズは科学技術が発達しているものの、国民性か何なのか、それを国内で普及させようという動きは殆ど無い。郊外には幾つもの半導体工場なんかがあり、ウィリアムズ国民の実に三分の一近くがそういった工場関係の職に就いているのに、国民はコンピューターどころかテレビすら家に置こうとは考えないのだ。テレビ局とサーバーを政府がいつまで経っても準備しないからかもしれないが。
 とにかく、国民は今の微妙にアナログな生活様式でも苦労していないし、半導体部品は輸出すればかなりの儲けになる。人口に対して食料資源に乏しいウィリアムズは食品を外国から輸入せざるを得ないから、正直な所作った半導体を自分達が使う分まで回せないのかもしれなかったが、とりあえず国民は現状に満足しているのだろう。大体何か困った事があれば、近所の魔法使いを連れて来れば済む事だし。
「とりあえずスミシーズの勝ちスミシーズの勝ち」
「解った解った」
 オズワルドはポケットから財布を出すと、コインを一枚、隣のテーブルのアンドリューに投げた。
「次はどっちに賭ける?」
「エスティーズ」
 オズワルドは食事を再開させつつ答える。
「じゃ俺スミシーズ」
 アンドリューも新聞を脇に置いて椅子に座り直した。そこで今まで黙っていたエリオットがフェリックスに話しかけた。エリオットはエドの隣に椅子を増やして、フェリックスと同じくハーキマー一家のテーブルで食べていた。
「マイルズにはラジオも無いんだね…」
「そう言えばそうですね。ていうか電気自体殆ど通ってないですし」
「遅れてて悪かったわね」
 先に食べ終わったレベッカがフェリックスの後ろを通る際に嫌味を言った。少し気まずくなって沈黙が流れたが、ややあってエリオットが口を開く。
「実は俺、外国に来るの初めてでさ」
「俺もです」
「カルチャーショックというかなんというか…」
「落ち着かないのかね?」
 オズワルドが口を挟んだ。エリオットがどぎまぎして頷く。
「解るよ。私もエスティーズからマイルズに来た時はびっくりした。夜が余りに暗いものだから、慣れるまでなかなか寝付けなくて」
「そうなんですか。俺は良く眠れますよ」
 フェリックスの言葉に二人が振り向く。
「あ、俺、国に居た頃は不眠症で。でも国を出てからちゃんと寝るべき時に眠れます。疲れてるからかも…」
「まあ、まあ、それは良い事だ」
 朝食を終えると、皆は各自の部屋へ散って行った。最初の公演は午前十一時から始まる。それぞれに台本の最終チェックをしたり、衣装に着替えて化粧をしたりと忙しいのだ。
「フェリックスーにーおーよびだし!」
 さて自分も衣装を取りに部屋へ戻ろうとしたら、ピエールが歌う様にしてフェリックスに声をかけた。
「レベッカ姐さんが。髪の毛染めるから着替えたら部屋に来てって。あと銃も持って来いって」
 そういえば昨日結局衣装合わせやリハーサルでドタバタしてすっかり失念していた。
 ピエールは今度はエリオットを見る。
「フィッツジェラルドさんは、もう劇場の方へ。エドは衣装の関係上、もう舞台裏で着替えとかやってるんで」

「だから思い出した時にやってしまうのが一番なのよ言わんこっちゃない」
 レベッカはそう言いながらフェリックスをドレッサーの前に座らせ、彼の髪の毛を黒く染めていた。
「…染めると年相応に見えるわね。やっぱり白髪で老けて見えるのが大きいのね」
 確かに、顔はアレックスと同じなのに自分の方はやたら年上に見られる事が多かったが、髪が白かったからか。
「はい完成」
 言ってレベッカは手袋を外すと、鏡台に置いていた小銃を手に取る。
「時間が無いから手入れの仕方はまた後でね。撃ち方は前にも少し言ったけど、撃鉄を上げて引き金を引く。いい、その銃にはトリガーガードが無いから速撃ちには向いてるけど、逆に言えば暴発の危険があるから撃つ直前まで撃鉄上げちゃダメよ」
 彼女は舞台用の義手を着けると、衣装の裾をたくし上げて義手で押さえ、白い右太股のガーターに自分の銃を隠した。
「念の為貴方も持ってて、その服ならポケット沢山あるでしょ。あとダニエルとボスが銃を持ってるから、弾が無くなって危なくなったら私かその二人の側に逃げる事」
 フェリックスは固い表情で頷いた。
「その銃の装弾数は二発、上と下のどちらかが先に出て、どちらかが後に出るのだけど、私が手入れした時のままなら下から出る筈よ。手にかかる反動が上下で違うけど、まあ初めて使うんだったらどちらでも一緒だわ。これも前に言ったかもしれないけど、威力が弱いから過信しないように、でも油断して軽く扱わないように」
「ありがとうございます」
 劇場に行くとオズワルドが観客席でエリオットに説明していた。
「あと一時間で開場します。それまでに役者は全員準備をして舞台裏に集合、そうでない者は打ち合わせ通りの配置位置に。チケット回収は裏方が三人がかり、一応開演三十分前に開場ですが、客は大体十分前くらいにどっと来るのが多い…時々後から来る客も居るので…」
 フェリックスは緊張してきた。あと一時間で本番か…。
「緊張するな」
 説明が終わりオズワルドが去るとエリオットが言ったが、彼は舞台に緊張していた訳ではない。公演中にヴィクトーが襲って来る事が心配なのだ。暗い劇場の中で、エドガーは民衆の前に無防備な姿で現れる。劇場へはチケットが無ければ入れないが、逆に言えばチケットがあれば入れるのだ。銃で仕留めるのに格好のシチュエーションじゃないか。
「この会場、二百人入るらしい…」
 薄暗い中、それだけの人数の中に紛れ込んだ彼等を見付けられるだろうか。
「せっかく楽しみにして来たお客さん達の為にも、公演中にあいつが暴れ出さない事を祈るよ…」
 二人は舞台を見た。煌々と灯りが照らす舞台に、幕が下ろされていく。あと一時間と少しで、此処に別の世界が広がっていくのだ。

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