第11章:親愛なる王子へ

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  • 3126字

親愛なるティムへ

 俺が進級してから、手紙を書く機会が少なくなってしまった事を申し訳無く思っている。近頃は色々と君に教えたくない事もあるんだ…いや、いずれは話そうと思っている。
 そういえばこの前、またマクドネルが路地裏で喧嘩を吹っ掛けてきた。きっと君は取っ組み合いの喧嘩なんて無縁だろうから、面白いんじゃないかと思って、その時の記憶を同封のハーブの葉に封入したから見れば良い。

 ティムは先程届けられた手紙を読む手を止め、一緒に送られてきた爽やかな匂いのする葉っぱを取り出した。魔法でそれを宙に浮かし、指を鳴らして魔力の焔で燃やす。やがて焔の中から、フェリックスがマクドネル達と対峙する場面が浮かび上がってきた。
 まず見えてきたのは、リーダー格の少年…これが中学の頃からフェリックスに付き纏っているマクドネルだろう…がフェリックスにいちゃもんを付けているシーンだった。
 ハラハラしながら続きを見守ると、フェリックスが男子生徒を次々とやっつけていくので、その度に小さく歓声を上げながら、ティムは生まれて初めて見る殴り合いの喧嘩を愉しんだ。格闘技観戦とはまた違う高揚感があった。
 そしてフェリックスが最後にマクドネルに倒されるとドキッとした。壁に激突した一瞬、記憶が真っ暗になったのだ。当たり前だが、記憶にはフェリックスが見たり聞いたりした情報しか記録されていない。痛みまではこの記憶伝達方法では伝わらないが、視界が暗転する程の衝撃だ、相当痛かったに違いない。
 しかし、更にティムをドキッとさせたのは、その直後に聞こえた、聞き覚えのある声だった。
『テイラー君!』
「ブルーナ?」
 フェリックスは体制を整え、目を閉じたのか記憶が再び、しかし先程とは違って上下から徐々に真っ暗になった。音だけしか解らないが、どうやらフェリックスが勝ったらしい。
 再び場面が見えるようになり、地面に横たわる不様な男子生徒達の姿が見えた。そして視線を上げた先に怯えた様子のブルーナが一瞬写り、そこで記憶は終わっていた。ハーブが跡形も無く燃え付き、焔が消える。
 ティムは可笑しくてクックッと笑った。教えたくない事とは、ブルーナか? ブルーナに自覚が無いのかもしれないが、色仕掛け作戦は意外と上手くいっているのではないか?
(別にブルーナの事を取りはしないさ)
 フェリックスが手紙で何か教える度に、ティムは「生で見たい」だの「欲しい」だのと返事をしたので警戒しているのだろう。その願いが叶った事は殆ど無いが。
 ティムは手紙の続きを読む事にした。喧嘩と言えば、で始まり、アレックスに関する内容が綴られていた。

 喧嘩と言えば、俺の喧嘩の翌日だったかな、アレックスが初めてガールフレンドを家に連れて来た。女の子の方は俺も知っている人だったんだけど、まさかアレックスと付き合ってるだなんて思って無かった。その日の夕食では二人はそこそこ仲良さそうだったんだけど、次の日にアレックスがカンカンになって帰って来たと思ったら、喧嘩別れしたんだって。

 たった数行の内容だったが、ティムは何故か引っかかった。フェリックスは手紙の内容をいつも面白おかしく書いてくれるのに、そこだけ妙にあっさりと書かれていたからだ。筆跡も、普段優雅で美しい書き文字が、この段落だけインクを飛ばしていたり、綴りを間違えたりと、取り乱して書いた様子が見て取れた。
『俺も知っている人だったんだけど』
 ティムが知っている限りで、フェリックスとアレックスの共通の女性の知り合いと言えば、以前から時々出て来る幼馴染の隣人くらいしか知らない。あと、ブルーナと。勿論実際はそれ以外にも沢山居るだろうし、別にアレックスやフェリックスの恋愛関係、人間関係を報告する義務はアレックスやブルーナには課していないのだから、この件についてはフェリックスが自ら続報を書いてくるまで置いておく事にした。

 それから、最近アレックスが怪我をして帰って来る事が多い。学校での練習で出来た怪我じゃなくて、多分、誰かに襲われたりしているんだと思う。理由はおそらく俺だろうから、兄として、何とも情けない。

 そこまで読んだ所で、誰かが部屋のドアをノックした。
[わたくし]です」
 お目付役の爺の声が扉の向こう側から聞こえた。
「入れ」
 爺が扉を開けると、廊下の明かりが差し込んで床に一筋の線を作った。
「王子、文を読まれる時くらい明かりをお付けになったらどうですか?」
 すらりと背が高く、洒落た片眼鏡をかけたスーツ姿の老人がきびきびと部屋に入って来た。
「明かりなど無くても読めるから構わん」
 窓のカーテンすら締め切った室内は、爺が扉を開けるまで全くの暗闇に包まれていた。しかしティムには昔から、明かりが無くても物が見えたり、聴こえる筈が無い程遠くに居ても声が聞こえたりする能力があった。ティムの両親にも、ティム自身にも、なぜこのような事が出来るのかは解らなかった。どの魔法の本にも載っていない不思議な力だった。
「それでもどうか付けて下さいませ。爺はどちらに王子が居らっしゃるのか判りません」
 扉が閉まって部屋が再び真っ暗になる。非力な爺の為に魔法の明かりを灯してやると、その明かりを頼りに爺が王子の所までやって来た。
「何の用だ」
 楽しみにしている手紙を読むのを邪魔され、面白く無さそうにティムが尋ねる。爺が懐から書簡を取り出して机に置いた。声を低くしてそっと伝える。
「ドロシー・コリンズ女王からのお返事にございます」
「ありがとう」
 ティムは軽く手を振ると、その書簡を見えなくした。爺には空を掴むようにしか見えなかったが、ティムは見えなくなった書簡を手にとって寝台の枕の下に隠す。
「後でじっくり読む」
 用は済んだが、爺は部屋から出て行こうとしなかった。爺が居るので何となく手紙の続きを読む気になれず、ティムがイライラして言う。
「言いたい事があるなら言え」
「では殿下、正直に言わせて頂きます」
 この爺は現国王、つまりティムの父親の幼少期のお目付役でもあった。ティムの祖父が任命した、ベテランの王室付き家庭教師の一人である。王子ごときに恐れを成して意見を言えぬ様なひ弱な男では無かった。
「本気でございますか王子? 爺には殿下のやっている事は、子供のままごとの規模を大きくして質を悪くしたものにしか見えませぬぞ」
「政治家でない者が政治に口を出すな」
 ティムはもう何度言ったか解らない命令を繰り返した。命令する度に爺は文句を言うのを止めたが、翌日にはまた同じやり取りをする羽目になるのだ。しかし、文句を言いつつも、爺はティムの計画に協力してくれる数少ない人物だった。
「爺は国王がそんなに酷いお方だとは考えられませぬ」
 爺は胸ポケットからハンカチを取り出し、滲む涙を拭った。
「でも私は聞いたんだ。父上が大臣に私を王にするつもりは無いと…」
「では何故殿下に帝王学を熱心にお教えになったのか! 城の中で大切に殿下をお守りし、お育て申し上げてこられたのに!」
「だから私も納得がいかないのだ!」
 ティムがバン、と机を叩いたので、爺が一瞬怯んだ。ティムもやり過ぎたと思って爺に詫びる。
「すまない。だが、十七年間、ずっと俗世から切り離されて生活して来た私の身にもなってくれ。この十七年間を無駄に過ごした私の…」
 爺が首を振って続きを遮った。
「いえ、きっと国王には何かお考えがおありなのでしょう」
「どんな? 父上は私がアルビノだから国民の目に見せたくないんだ! そのうち若い妾を取って別の跡継ぎを産ませるに決まってる!」
 そう言うとティムはマントをひっつかみ、爺が止める隙も与えずに魔法でその場から姿を消した。

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