第27章:決意

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 それはもう何年、いや、何百年前の事だろう。
「あの森か? シャイニー」
 私は見渡す限り一面砂に覆われた場所に立っていた。目に砂が入らない様に手で風を除けながら、たった一つだけ、どの方向を見ても代わり映えのしない景色の中に混じる異質な空間を眺めていた。
「確かにどう見ても怪しいな。こんな灼熱・乾燥地獄にあんな鬱蒼とした森があるなんて」
「ターコイズもそう思うだろう? 『黄金比の書物』ももうちょっと頭良ければねえ」
 芯の太い女性の声が、私の斜め後ろから肯定した。
「あれじゃ、『此処に居るから壊してくれ』って、愚者に言ってる様なもんだ」
 その昔。それこそ何千年前だったか何万年前だったか忘れたが、私とシャイニーは「黄金比の書物」にそれぞれの生まれた世界で「賢者」として選ばれた…。選ばれ、書物に導かれるまま、暫くは賢者として世界の法則を司る役目を担ってきた。その報酬として、また役割を遂行する為に必要な事として、書物の定める法則を破る特権を行使しながら。
「………」
 私が黙って森を見詰め、昔の事を思い出していると、シャイニーが肩を叩いて慰めてくれた。
「今度こそ、一緒に年老いて土に還りたいな」
 私もシャイニーも既に何千年という時間を過ごしてきたが、私の肩に置かれたシャイニーの手には皺も染みも一つも無かった。賢者は生死の法則をも破る権利を有していた…逆に言えばそれに則って生き、老い、然るべき年齢で死ぬという事すら許されなかった。
「そうだな」
 シャイニーが空いている方の手を自分の腹に乗せた。
 …そのお腹の中には私との子供が、日の光を見る事を夢見て眠っていた。私とシャイニーはある時偶然出会い、恋に落ち、シャイニーは子供を宿した。賢者の子供が再び賢者に選ばれるとは限らない。私達は自分達の子供が先に老いて死ぬ所など見たくなかった。シャイニーと老いて死にたかった。そして、「書物」を破壊しようとする者、「愚者」になる事を決意したのだった。
「…なんか来たね」
「…そうだな」
 二人して感傷に浸っていると、周囲から殺気を感じるようになった。
「盗賊が出るらしいよ」
「まあ不毛な土地だしな。農業じゃ食べていけまい」
「北と南の国同士が貿易してるらしいけど、この砂漠大きすぎて迂回するより突っ切った方が楽なんだって。だからその商人狙いで…って!」
 シャイニーが喋り終わるのを待たずに、砂丘に隠れていた賊達が一斉に襲いかかってきた。
「身重なんだから無理するな」
 シャイニーに向かって矢を放ってきた賊に矢を撃ち返しながら、シャイニーを庇う様に立ち回る。
「なんのこれしき! あんたよりは喧嘩強いわよ!」
 言いながらシャイニーは得意の長剣を振り回し、次々と盗賊を薙ぎ倒していく。
 数分後、周囲は見るも無残な光景と化していた。
「ねえねえ、こういう物にさ、力を蓄えて『書物』の前でドカーン! てさせるってのはどう?」
 盗賊の死体の横でその荷物を漁っていたシャイニーが、綺麗な王冠を鞄の中から見付けて言った。私は砂の上に座り込んで、呆れた顔で肘を突いて顎を支えている。
「その頭の悪そうな喋り方、どうにかならんのか」
「ムキー! どうせターコイズみたいに威厳ある喋り方なんて出来ませんよーだ!」
 王冠を自分の頭に乗せ、これまた盗賊が持っていた鏡を見ながら満更でも無い顔をしていたシャイニーが頬を膨らませる。その様子を見て私は笑った。
「…アイデアとしては良い。おそらく、賢者一人二人が瞬間的に出せる力では『書物』は破壊出来ないだろう。他の愚者と合流できれば良いが、『書物』の事だ、同じ世界に入り込まない様に調整しているに決まっている」
 勿論この会話も筒抜けかもしれない事は解っている。なんせ、「書物」は世界の全てを司っているのだ。だが、問題は無い。何故なら賢者は「『書物』が定める法則に則る事は出来ない」…つまり、直接「書物」がその行動を制限する事は出来ないのだ。私を含め愚者達は、その事を逆手に取って「書物」を破壊しようとしていた。
 「書物」が愚者の行動を阻止したければ、賢者ではない者達の行動を調整し、先程の様に襲わせる等する必要があるが、いくら「書物」と言えども調整出来る限度がある。「書物」自身も、自身が定めた法則に従って物事を進めなければならない。
 結局、愚者から逃げるのが「書物」が取る事の出来る最善の行動であった。

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