Cosmos and Chaos
Eyecatch

第47章:旅立ち

  • G
  • 2805字

「俺、先輩が引っ越したって知らなかった」
 アレックスはヴィクトーのアパートのベッドの上に寝転がり、古びた天井を見上げていた。北門に勤める者が借りられる住宅は、借りる側のニーズに合わせて色々な部屋タイプがあるが、ヴィクトーは一人暮らしなので、寝室とキッチン、シャワールームのみという簡素な一室を借りていた。
「ドタバタしてて言うの忘れてた」
 ヴィクトーが荷物を背負い、アレックスを部屋から追い出す。部屋の鍵を閉めると、大家にそれを預けて、アパートの前に停めてあったトラックに乗り込んだ。
「どっちにしろまたすぐに出て行く予定だったのに、どうして引っ越したの?」
 アレックスがハンドルを握り、レバーを引いて車を発進させる。この国では銃の所持には免許が要るのに、車の運転には必要無いのである。アレックスは今は南の方で隠居している祖父から、昔仕入れに使っていたトラックを貸してもらったのだった。母の代になってから、生地等は業者が店まで運んでくれるようになったので、用無しになって祖父の家の倉庫に眠っていたトラックは、古いものの燃料を入れたら走らせる事が出来た。
「なんとなく」
 ヴィクトーは計画が成功しようがしまいが、学校を卒業したらエリオットの家を出て行くと決めていたのだ。それがどんなに短い期間であろうと、出来るだけ早く。
「おわちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃ」
 助手席に座っていたヴィクトーは、アレックスの運転のド下手っぷりに閉口するしかなかった。因みに、今のはアレックスが勝手にハンドル操作を間違えて勝手に民家に突っ込みそうになって勝手にどうにか回避した時にアレックスが上げた無意識の奇声である。
「俺運転しようか?」
 ヴィクトーが大きい目を細めて、保護者になった気分で尋ねる。
「出来るんすか先輩!?」
「昔盗んだ車とかで遊んでたしー」
 そう言って二人は場所を換わる。アレックスはさっきまで、自分の決して安全とは言えない運転に冷や汗をかいていたが、今は別の重要な事実を思い出して冷や汗をかいていた。
 ヴィクトーは元盗賊であるという事。
 アレックスはヴィクトーが良い人である事を知っていた。自分に害意が無い事も知っていた。だから、生まれ育ちがどうであれ、嫌ったり、怖がったりしたくはなかった。それでも、時々恐怖を感じる事は否めなかった。今も絶えないラザフォード一族の暗躍、ヴィクトーが時々見せる獰猛で狡猾な表情。思い出すとぞっとした。
「アレックス」
 ヴィクトーの呼び掛けにアレックスが左を見ると、ヴィクトーが苦しそうな顔をしながら言葉を必死で絞り出そうとしていた。
「先輩…!」
 大丈夫か、と尋ねる前にヴィクトーが片手をハンドルから離して制止する。
「…俺が冬に言った事、覚えてるな…?」
 アレックスは忘れる筈が無いヴィクトーの頼みを思い起こした。
『もし俺がお前等を傷つける様な事があれば…迷わず俺を殺せ』
「…うん」
 アレックスが覚悟を新たに返事をすると、ヴィクトーが少しだけ微笑んだ。
 その後は北門に着くまでどちらも話さなかった。到着する頃にはヴィクトーの顔色もいつもの健康的な白に戻っていた。逆に、アレックスがプレッシャーに押し潰されそうになっていた。果たして、ヴィクトーが己に刃を向けた時に、自分は彼を斬る事が出来るのだろうか?

「っていうか見送りエリオットだけかよ」
「えー俺も居ますよー」
 管理所で出国記録用紙に必要事項を書き込みながら、ヴィクトーが言った。ヴィクトーの代わりに管理官を務める事になった眼鏡の若い男が、その様子を眺めながら応える。彼もティムの協力者らしかった。
「まあ、皆学校があるし、ティムは色々忙しいし、仕方無いよ」
「お前の親は?」
「ママは仕事が忙しいし、パパは心配する様な質じゃないし」
 そう言うアレックスが書き終えた書類を、ヴィクトーがチェックする。代理の男はヴィクトーの物をだ。ヴィクトーも管理官であるのだから、二枚とも代理の彼に任せるよりも効率が良い。
「お前、ミドルネームナイジェルって言うのか。かっこいいな」
「そう? 兄貴と対にされただけだよ、兄貴はロイ。それにファーストももっと短い方が絶対テストとかで有利だって…」
 それを聞いてヴィクトーは苦笑する。
「まあ、それはあるな。俺も結構名字長いし。ロイ[]ナイジェル[]か…目の色?」
「ずばりそれ。先輩のミドルネームは?」
「レナード」
 代理の管理官がヴィクトーの代わりに答え、口笛を吹いた。
「ヴィクトー・レナードなんて名前、立派すぎて自分の子供には付けられねーな。それに、レナードは昔の悪い王様の名前だからな。この国ではあんまり人気無いのよ」
「知ってるー」
 ヴィクトーはアレックスの紙も代理の男に渡すと、門の前に立っているエリオットの元に歩いて行った。アレックスは管理官に礼をすると、その後を追う。
「バイバイエリオット」
 ヴィクトーはそう言うと、子供の様にエリオットに抱きついた。エリオットは何も言わずにヴィクトーを抱き返す。腕を回す時に、ヴィクトーが腰に下げた三日月形の双刀に当たり、高い金属音が響いた。
 エリオットが何も言わなかったのは、歌の魔力の所為だろうか、それとも自分のやろうとしている事がお見通しだからか、ヴィクトーには判断出来なかった。とにかく確かなのは、これが最後の別れである事、そうでなくても、次に会う時に永遠の別れが来る、という事だった。自分が彼に歌った内容は鮮明に記憶していた。後は、その魔力が切れるまでに、自分がラザフォードに殺されるか、アレックスに殺されるか、エリオットに殺されに戻って来るかのいずれかだ。
(死ぬって判ってるのに抗えないのも、魔法の効果なのかな…)
 そう思いながらトラックに乗り込み、笑顔で手を振りながらヴィクトー達は国を後にした。
 ヴィクトーのなすべき事は一つだけだった。自分が弟の居る場所へと吸い寄せられていく…というか、自分で向かって行くのは、魔法の効果だから仕方が無い。ここ数日、歌が聞こえる頻度が少なかったので、今はまだ理性が少し物事を冷静に判断出来るが、また聞こえ出したらフェリックスそっちのけでエドガーを探し始めるだろう。フェリックスも元はと言えば国の外に出る為だけに敷いた布石なのだし。しかし、アレックスまで着いて来るのは想定外だった。しかし、あの場であれ以上反対出来る筈が無かった。下手に抗議すれば自分自身が国から出られなくなってしまう可能性もあったからだ。
(アレックスだけはもう一回国に返してやらねえとな…)
 ついでに兄貴も、と建前上は考えたが、数回顔を見ただけのフェリックスと、一年間一緒に計画を進めたり、学校で絡んでいたアレックスへの思い入れの深さの違いは無視出来なかった。例え、始めは自分の私利私欲の為にアレックスに声を掛けたのだとしても、今では大切な友人である事に変わり無いのだ。