第5章:砂漠の薔薇

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 そういう訳で四人で貸し馬車屋へと向かう道すがら、ボクは先導して歩くローズと、その横でムスッとしているオニキスの後ろから、彼の様子を観察した。
 ローズを誘拐しようとしているとかそういう訳でもないらしい。誘拐犯にしては、何と言うか、そう、オニキスは子供っぽい。歳は三つか四つは上に見えるのだが、ローズが何か喋っている間、真一文字に結んで「何で知らないんだよ」と無言で訴える口元等、特に。
 次にボクは彼の服装をチェックした。身なりはかなり綺麗だ。全体的に黒で統一されていて、先程喫茶店で見た時、マントの下には鎧とは言わないまでも金属製の肩当てや胸当て等を着けていた。まあ、それはボクもだけど。
「僕達の正体、気になる?」
 隣を歩いていたサージェナイトが囁いた。僕も小声で返す。
「当たり前でしょ」
「もう少し良く観察したら判ると思うよ」
 言われてボクは目を凝らす。
「腰の辺りとか」
 オニキスは腰に提げた剣の鞘を握っていた。その剣の石突きには、瑪瑙が埋まっている。
瑪瑙[カルセドニー]…」
 もしかして、こいつがローズの許婚?
 サージェナイトを振り返ると、優しげな笑みが浮いていた。
「元カルセドニー王家の…」
「正解。ローズちゃんに会いに来たのも、そちらと同じ理由さ」
 なるほど、それなら確かにボク達がカルセドニーに向かうのは無駄足になる所だった。
「ローズちゃんには内緒にしててね、バラしたくないんだって」
 そう言ってボクにもウインクを投げる。うーむ…気障[キザ]だなあ…。
「もうっいい加減教えて下さっても良いでしょ!?」
「だから! まだ教えられないっつってるだろ!」
 いくら何でも閑静な住宅街をくっついて歩いていたら、小声であろうが前の二人に会話が筒抜けの筈だと思ったかもしれないが、当の二人はまだこの件で言い争っていた。故に、真後ろで重要な情報を交換しても一切二人は気付いていない。まあこの様子からボクはオニキスが子供っぽいと言ったのだった。ローズも然り。
「そんな事より、馬車乗るよ」
 半時間程歩いて漸く見付けた貸し馬車屋で、無事馬車を入手する事が出来た。
「御者は要る?」
 馬車主の中年を越えた辺りの男性がサージェナイトに尋ねた。
「付けないで自分で走らせる事も出来るんですか?」
「その場合は身分証明書を写させてもらうけどね」
 サージェナイトは勿論断って御者を付ける事にした。
「うちは日帰りで行ける距離しか扱ってないんだ。悪いけど、コランダムまでで勘弁してくれ」
 馬車主は前払いの料金をサージェナイトとボクから半分ずつ受け取ると、店を閉めて自らが御者台に上った。
 ボク達も馬車に乗り込んで一息吐く。
「ここまで逃げ切れたのは初めてよ。警察は一体何をしてるのかしら」
 窓のカーテンを少しめくって外を覗き見つつ、ローズが誰に向かってという事もなく言った。
「俺が上手い事言って撤退させたんだよ」
 オニキスがその隣から答えた。ローズの向かいから見る限り、うん、中々お似合いなんじゃないか、この二人。見た目は。
「どうしてそんな事出来るのよ?」
「まあ権力というやつだ。安心しろ、俺達は身内だ」
 今までに何回言ったか判らない程繰り返した言葉をオニキスはまた口にした。そうだ、身内だ。ボクは脱走した本来の目的を果たす為、ローズにあの手紙を出す様に言った。
「何よ、身元がはっきりするまで信用しないんじゃなかったの?」
「気が変わった。その、シャイニーの伝説と宝剣だったっけ、それに関係がありそうな予感がする」
 渋々ローズは手紙と産着の切れ端を取り出すと、ボクにした説明と同じものを二人に繰り返した。
「その手紙と産着、見せてくれる?」
 サージェナイトがローズから品を受け取り、二つを、特に産着を精査した。皺を伸ばし、刺繍を眺め、手触りを確かめる。
「本物か?」
「恐らく」
 サージェナイトが濃い青色の瞳に真剣な光を宿してオニキスの問いに答えた。
「なら、ベリルに行くのは『砂漠の薔薇』の罠にまんまと嵌まりに行く様なもんだぞ、どうする」
「これは、二人に事情を…本当の事を話して決めるべきだ」
 これまで控えめな話し方だったサージェナイトが強く主張した。
「引き返すのも安全とは判断出来ないね。レーザー王も操られている可能性が出て来た。どちらにせよこの手紙をローズちゃんまで届けた内の者が居るんだし…」
 笑みを引っ込めてガラッと印象の変わったサージェナイトに、ローズは言葉が出ないのか、黙って彼の言う事を聴いている。
「話せるなら教えて」
 そっとボクがローズの代弁をした。オニキスを見ていたサージェナイトがボクを振り返ると、ボクはその藍色の瞳に射抜かれた気がした。
「…しょうがねえな、俺達の正体は伏せて話せる所までだ」
 オニキスは唇を噛んでいたが、事態は深刻らしい。ややあってそう言った。
「勿論さ。それがレーザー王の御意向ならね」
「どういう事?」
 ローズがサージェナイトに尋ねた。答えたのはオニキスだった。
「俺やサージェや、パライバみたいに、子供の時から色々なものを背負わせたくなかったんだろ、あんたらに」
 ボク達と目を合わせない様、窓の外を見ているオニキスの瞳には、他の誰かが映っている様だった。

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